からん、からん。
下駄の音が聴こえてくると、階段の最上段、鳥居の前で腰掛けていたみょうじは視線を落とした。

「みょうじくん」
「飯田くん」

手を振りながら、下から階段を上がってくる彼が浴衣を着ていることに驚いて思わずまじまじと見つめてしまう。
みょうじと同じ高さまで上がってきた彼がその視線に気がついて、少しはにかんだ。

「…似合わない、だろうか」
「ううん、そんなことないよ。すごくかっこいい」
「そう言うきみは浴衣じゃないんだな」

少し残念そうな顔を浮かべた飯田に、彼女は気付いていない。
そして、彼女が浴衣を着る時間を惜しんでまで一番乗りで待ち合わせ場所にやってきた理由もまた、彼の知る由のないことだった。

まだ時刻は午後4時48分で、待ち合わせ時刻の6時まで一時間も早い到着だ。

こじんまりとした神社には、他に誰も居ない。
上から見下ろすと街の景色がよく見えた。
両端にずらっと出店が並んでいる公道はもう既に人で溢れている。
あの様子では、出店で何か買うのはなかなか大変だと彼女は思う。

「まだ時間があるし何か買って来よう」

そう言って来た道をまた引き戻して行こうとする飯田の浴衣の袖を、彼女が引き止める。

「みょうじくん?」

一緒に行きたいか、見当違いなことを尋ねる飯田にみょうじは首を横に振る。
もう少し、二人きりで居たいのだ。
学校ではあまり話す機会がない。だから彼女はこうして着飾ることも投げ捨てて来たのだから。

じっと飯田の顔を見つめる彼女に、思わず熱が顔に集中してしまいそうになりながら彼は視線を逸らす。
それから何も言わずその隣に腰掛けて、しばらく二人で祭囃子や人々の喧騒に耳を傾けた。

「…みんな、いつ来るかなぁ」
「……このまま誰も来なければいいのにな」

隣からぽつりと発された言葉に、思わず本音が溢れ出る。
咄嗟に彼女の顔を見ると林檎のように頬を真っ赤に染めていて、薄く涙を張った瞳が階段を見つめた。
それから、耳を澄ませなければ聴こえないくらい小さな音が鼓膜を擽って。

「ふたりでどこか行っちゃう…?」

陽炎が揺らめいた。

陽炎ー飯田天哉

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