「轟くん、火ちょうだい」

そう言って慣れない下駄でちょこちょこと轟の隣に駆けてくるのは、クラスメイトのみょうじだ。
手には花火を一本持っている。
その足元がどこか危なっかしくて見て居られない、そう思いながら一歩彼女のほうへ足を踏み出すと、案の定石畳に爪先を引っ掛けた彼女が轟目掛けて倒れ込んできた。

「わ、ごめん!」
「大丈夫か」

抱きとめる形で支えると、即座に身体を引き離すみょうじの体温が少し惜しくて、ばれないよう一瞬だけ腕の力を強めてから手を離す。
簪で纏め上げられた彼女の頸から伸びる後れ毛が色っぽく、甘い香りが鼻腔を掠めて轟は密かに胸を高鳴らせた。
そんなことも知らずにあどけない表情で礼を言うみょうじは、魔法の杖のように掲げた手持ち花火を彼の前に突き出した。

「お願いしますっ」
「…ああ、」

左手に微かに帯びた炎がその先を撫でると、忽ち着火した花火が煙を上げる。
それと共に現れた火花が彼女の顔を照らして、赤のような緑のような、何色とも表現できない色に彼女が染まる。
ばちばちと煩い花火の音を掻き消すみたいに、耳に心地よいあの娘のはしゃぐ声だけが今は聴こえて、その瞬間は確かに世界にたった二人だけだった。

灯りが消えると、残念そうな声を溢した彼女がからんと下駄を鳴らす音が聴こえて、轟は半ば反射的にその手を掴む。
丸い大きな瞳が見開いて、向こうの喧騒から飛び散る火花が綺麗な瞳をばちばちと照らす。

一瞬。
周りの花火がその一瞬だけ燃え尽きて灯りを失った刹那。

押し付けられた温もりに、彼女は気付いただろうか。
ほんの瞬間だけ交わった唇が今になって熱を持ち始めじんわりとその存在を主張して、自分でしておきながら顔が熱くなる。
轟がちらと横目に見た彼女は、やはり目を丸くしていて、それから彼の視線から逃れるようにクラスメイト達の輪の中に混じって行った。

刹那ー轟焦凍

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