迷いなく書き埋められていく答案を横目に、その文字が手元の解答と相違ないかを確認していく。
先までぐだぐだと関係のない話を持ち出したり、疲れただのと抜かしていたのが嘘のようにその指先は答えを知っていた。

補習なんて必要ないくらいだ。

相澤は半ば呆れながら静かな溜息を吐くと、教卓に散らばった教材や書類を重ね纏める。
一瞬目を離しただけだというのに、また彼女の手が止まっているのを見つけて相澤はその横顔を睨め付ける。
しかしその瞳は夕日が山向こうへと沈んでいくのをじっと眺めていた。

「あと1問だけだろうが」

その空欄が埋まれば解放されるというのに、みょうじはシャープペンシルを指先でくるくると回している。
それから相澤を瞳に映すと筆記用具を手放した。

「あーあ。私も見たかったなぁ、花火」

言いながら頭の後ろで手を組む、その態度はまるで先までと同じだ。
どうせあと1問で終わるのなら少しくらい付き合ってやろうかと思えて、相澤はパイプ椅子に腰掛けながら机ひとつ挟んで話し相手になってやる。

「今からでも間に合うんじゃないか」
「そうですかね」

自分の担当クラスの生徒達が本日の花火大会に行くらしいことは知っていた。
補習を早く終えれば合流出来るのに、みょうじが敢えてそうしなかったことも。

手放したシャープペンシルをもう一度握り直して、けれど視線は答案用紙の上にはない。
トントン、と紙の端に幾つも点を打ち付けて、それからようやく最後の空欄に照準を合わせる。
そうこうしているうちに、もう夕闇が迫っていた。
段々と暗くなっていく補習室で、一度は正しい位置に定められた筈の鋭利な先端が相澤を狙う。

「どうして今日なんです?」
「……前から決まってたろ」

渇いた瞳は窓の外を向く。
秒針はもう二度と来ない某日18時59分に別れを告げようとしていた。

遠方で濃紺を駆け登る煙が上がって、大きな火花を散らす。
破裂音すら聴こえない補習室でただふたり、次々弾けては溶けていく光を眺めていた。

「…ここで見たかったんです」
「非合理だな」
「駄目ですか?」

明かりの灯されない教室で、火花を宿した瞳だけが彼を照らす。
喉の奥をじりじりと炙られるような心地がしたが、不思議と嫌ではなかった。

「合理的じゃないってだけだ」

秒針ー相澤消太

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