昨日少しばかり回復した食欲は、しかし朝になればまた不振気味になってあまり食事が喉を通らなかった。

体格の大きい豊満には普通サイズのたこ焼きが物足りなく感じられるからと、デスクに設置した特大サイズのたこ焼き器は、この数日全く日の目を浴びていない。

今日は天喰も来ないし、みょうじも週明けに来ると言っていた。
事件が起こらないというのは良いことであるが、今の豊満には少々手持ち無沙汰であった。
さてどうしたものかと頬杖をついていた所にノックの音。どうぞー、と気の抜けた返事を返せば、ゆっくりと扉が開く。
ブラインダーの隙間から細々と西日が射し込む事務所内に驚嘆の声が響いた。

「うわっファット!?」
「なまえ…?」
「痩せたというかやつれたというか…大丈夫?」

来週来ると言っていた筈のみょうじは制服姿ではなく、Tシャツにスキニーパンツというシンプルな格好であったがかえってそれが普段よりも大人びて見えた。その手には買い物袋を携えている。
彼女に聞きたいことが次々頭の中に湧いては消えて行くが、最後に残った疑問は彼を急襲する胸騒ぎの理由のみであった。

「ヴィラン退治で燃焼したわけじゃ、ない…んだよね」

みょうじの言葉に明確な返答を出来ず未だ呆然と彼女の顔を見つめている豊満に、彼女は「あぁそうか」と零すとにこりと笑った。

「なんか昨日元気なさそうだったから」

言いながらビニール袋から取り出したのは、小麦粉と卵と青葱、それから蛸だった。お決まりの具材にピンとくると、急に空腹が忍び寄って来る。
その感覚は昨日と全く同じだった。

事務所内に常備してある調味料たちを取り出してテーブルに並べると、みょうじは手際よく分量を量って具材を混ぜ合わせて行く。
あまりに手馴れたその所作に呆気にとられていた豊満であったが、みょうじが自分の世話を焼いていることへの違和感にはたと気づいた。

「ちょっと待って、俺作るし。てかなまえは親御さん心配するやろ、帰った方がええて…」

慌ててみょうじの手からボウルを抜き取ろうとしたが、くるりと簡単に躱されてしまった。
不満有り気な目に見つめられて、柄にもなく及び腰になってしまう豊満を咎めるように言う。

「何言ってるの。ファットに食べてもらわないとみんな元気出ないんだから」

みんな、その言葉に違和感を覚えた豊満であったが、みょうじの道中商店街を通って来たのだという説明に納得した。

「あとわたしが、勝手に心配してる」

だから休んでなよ。
生地をかき混ぜるみょうじの視線はボウルの中で、同じようにその手元を見ていた豊満は目が回ってしまいそうな気がした。

言葉に甘えて椅子に腰掛けると、包丁がまな板を叩いて小気味好く等間隔な音を奏でるのに耳を傾けた。
昨日はあんなに落ち着かなかったというのに、不思議とこの空間が自宅よりも居心地の良いものになっていることに豊満は気付いて居ない。
今しがた切り終えた青葱をボウルに移していくみょうじの姿を眺めながら、もう何年も自分の為に料理を作ってくれる存在が居なかったことを思い出す。
その所為だろうか。
今まで交際してきた女たちの誰一人とも想像し得なかった未来が、交際してもいない彼女とならすんなりと思い描けてしまえた。

結婚したらこんな感じなんやろか。

働かない頭の中でぽつりと呟いた言葉の意味を数秒考えて、急に血の気が引いていくのを感じながら冷めていく頭を抱える。

鉄板あたためるよ、みょうじの言葉に空返事で答えつつ鉄板を覆っている蓋の上に置いた手を退けようとしない豊満に、みょうじはその目を覗き込んだ。
急に視界を独占した彼女の瞳に映り込む、間抜けな顔を貼り付けた自分と目があって、彼の瞳が揺れた。

揺揺

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