この感情をなんと言うのだったか。
いつか味わったことがあるような、しかし嗅いだことのないような、青の匂い。
焦燥、虚無、期待、退屈、高揚、安心。
そんなちぐはぐな気持ちが絶妙に少しずつ配合され、溶け合うこともせず只ひたすらぐるぐると鍋の中を掻き回されるような感覚に、もはや何を食せずとも胃がもたれていた。

満たされない自らの身体に、一体どんなことが起きているというのだろうか。
彼にはまだ検討もつかなかった。



「ファット、食べないのか?」

市中パトロールを終えた天喰の手にはファットガムと食べろと渡された大量の食物が抱えられていたが、当の本人はつまらなそうに其れらを一瞥すると眉根を寄せた。

「なんか見とるだけで胃もたれんねん。環ぜんぶ食ってええで」

ここ最近のファットはおかしい。
天喰がそう思うのも無理はなかった。商店街の店主達が恵んでくれるカロリーの高そうな惣菜達はおろか、大好物のたこ焼きにすら目もくれない。
それどころか、何か食物を摂取している姿をめっきり見かけなくなったのと同時に、ぼんやりすることが多くなった。

そんな生活が続く中で当然、普段の風船のような姿は見る影もなく日毎に痩せて行く豊満を天喰は気に掛けていた。
最初は何か事情があってダイエットでもしているのだろうかと考えていたが、事態は思っていたよりも深刻らしい。
ヒーローとしての職務はしっかりこなすが、暇を見つけては窓の外を眺め、ゆっくりと流れて行く雲を見つめている。

まさか心の病だろうか。
いつも見せていた綺麗に整列する白い歯は、今やへの字に閉ざされた唇の向こうに影を潜めていた。

そんな豊満の様子を眺めながら、たこ焼きが八つ並んだフードパックを渋々開封したその時、天喰のポケットに入れていたスマートホンが規則的に振動して電話が来たことを告げる。
ディスプレイに表示された名前も見ずに、画面に指を滑らせて通話を繋げた。

「…もしもし」
『環くん今事務所?』
「あぁ」

発信元は、同じくファットガム事務所のインターン生であるみょうじである。
彼女は士傑高校の三年生で、天喰とは仮免試験で初めて面識を持った。
代わってくれと言うみょうじに、それなら本人に直接電話すれば良いと思った天喰であったが、言われた通り豊満に声を掛けた。

「ファット、なまえから電話が」

先程まで微動だにしなかった後頭部がくるりとこちらを向いた。
その名を耳にした途端、豊満の瞳が煌めいたような気がして、天喰は一瞬面食らう。携帯端末を手渡す時にもう一度表情を伺ってみても、先程と大差ないように見えて自分の思い違いであったことを確認した。

なまえ、試験終わったのか?おう、お疲れさん。…ん?

電話口の向こうの相手と二言、三言交わすと、豊満はズボンのポケットから自分のスマートホンを取り出し、そしてくつくつ笑いながら一言。

「あぁすまん、充電切れとった」

わざわざみょうじが自分を介して電話を掛けてきた理由に合点がいった天喰は内心豊満に対し、普通充電忘れるか、などと疑問を抱いていた。

「了解。ほなな、待ってんでー」

心なしか先よりも声音に明るさを取り戻したように思える豊満の瞳が、また煌めいて見えて天喰は何度か瞬く。
端末を手渡すのと同時に、豊満が口を開いた。その表情はやはり晴れ晴れとしていた。

「急に腹減って来よった。やっぱ俺も食うわ」

煌煌

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