月曜日、授業を終えた天喰はいつも通りファットガム事務所へ向かっていた。乗り込んだ新幹線を今しがた降りた所だ。
そういえば今日からはまた、期末試験を終えたみょうじが来るのだったことを思い出して、先週見た豊満の顔が頭に浮かぶ。
あの瞳は一体、なんだったのだろうか。

事務所へ辿り着いた天喰は、まず始めに扉を開けて閉口した。

「おう環。お疲れさん」
「環くん久しぶりー」

豊満とみょうじが出迎えてくれた。
士傑高校では雄英高校と丁度一週間ずれて期末試験が行われていたため、みょうじと顔を合わせるのは二週間ぶりである。
つい二日前まで元気のなかった豊満がこの間よりも膨らんでいるのを目にして、天喰はやはり、と静かに確信を得たのだ。
なまえは凄いな。その言葉と共に天喰は至近距離で壁と見つめ合い始めた。

「ファットの元気がなかったのは俺のせいだったんだ…。俺がいると周りまで暗くさせてしまう……」
「まァ暗いっちゅうか弱いっちゅうか」
「環くんのソレ見るとなんか落ち着く」
「そうやって二人は俺を蔑むんだ…」

いじける天喰をしっかりしいと慰めつつ、"なまえは凄い"。その言葉には豊満も同感であった。彼女の顔を見ただけで鬱屈とした気持ちが吹き飛び、食欲が湧いてくるのだから。
持て余した退屈が、彼女が居るだけで急に充足感に満ちたものになる。
お陰で昨日から着々と体型を戻しつつあることは、きっとみょうじの手柄に違いなかった。

事実、昨日みょうじが作ってくれたたこ焼きはとても美味でぺろりと平らげてしまえたのだ。
彼女はただ豊満が食べるのを眺めていただけだったが、その瞳と視線がぶつかる度に上機嫌な笑顔で「おいしい?」と聞く姿に、彼は背中がむず痒くなる感覚に襲われた。

がしかし不可解だ。以前からみょうじは周りの空気を変えてしまえるような雰囲気を纏っていただろうか。豊満にはどうしても思い出せそうになかった。

「環着替えたらパトロールしてき」

豊満の指示に頷くと更衣室へ向かう天喰と、パソコンのキーボードを打ち込みながら間延びした返事をするみょうじ。
二人は行動を共にすることが多い。情報を共有し、連携を取れることはプロになっても必須のスキルになってくるからだ。
ほぼ同時期にインターン生としてやって来たばかりの二人にそんな説明をして聞かせた。

がしかし、指示を出した当の豊満の内心は今やそう穏やかなものではなかった。
なにがそんなに自分の胸をざわつかせるのか、彼には未だその犯人の輪郭をつかめていない。

「行ってくる」
「いってきまーす」

背中を並べて歩く二人の向かう道がやけに眩しく見え、かたや自分は寒く湿気った、ひどく暗い場所に立っているように思えて仕方がなかった。

「ええなぁ…」

未来ある若者を見ていると時折、こんな気持ちが溢れてくる。
いつか行きつけの居酒屋の親父に同じことを言えば、あんたもまだまだこれからじゃないかと言われた事があった。
そうだけれど、そうではなくて。

高校生というのは特別輝いて見えるものなのかもしれない。自分の高校時代は、どんなだったろうか。
考えこそすれ、鮮明に思い出せる記憶といえばヒーロー活動に関するものだけであった。
少なくとも淡い恋愛のような甘酸っぱい思い出はなかった、ように思う。
覚えていないだけで実際にはあったのかもしれないが、豊満には取るに足らないことであった。

過去の恋愛を遡ろうにも、どれもこれといって特別なものでは無い。
付き合う時も別れる時も相手からで、寂しいだとか退屈だとか一緒にいる理由が分からなくなったとか、そんなことを言われたような気はする。
今まであったものがなくなったことで多少の喪失感はあったが、けれど、それだけだ。

いつだって三日もすれば慣れたし、思えばちっとも好きなんかではなかった。
ただでさえ人々からの期待がのし掛かるヒーローという職に、更にプライベートでまで期待されるのは重たくて仕方がない。
むしろ開放感のほうが強かったのだから。
歳を経るごとに仕事以外のいろいろなことが面倒臭くなる。

だから気の弱い天喰とそれを引っ張るみょうじの初々しさを見ていると、ついお似合いだと思わずにはいられなかった。
高校生の頃の自分と比べて、豊満の胸には羨ましさが募る。
けれど彼の感情は、決してあの頃をやり直したいという悔恨などではなかった。

暗暗

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