どこにでもある授業風景。それがこの雄英高校ヒーロー科でも執り行われていることにみょうじは妙な違和感を感じていた。
多少の空腹を感じた彼女が教壇側の壁上方に掛けられた時計へと視線を傾けると、時刻は正午を少し過ぎた頃を指している。
教壇に立つのはボイスヒーロー プレゼント・マイク。多少テンションが高いくらいで授業内容は至って普通であるが、それだけに内容がすんなり頭に入ってこない。つい欠伸を噛み殺すと、みょうじは黒板に記された問題を解くべく机に向かい直した。
眼前に座る女生徒が積極的に挙手をする度そのポニーテールが右に左に揺れるのを眺めながら、優等生だ、などとぼんやり考えていると今度はマイクがみょうじの名を呼んだ。
どうやら先の黒板に記載されていた問いに対する答えを求めているらしい。彼女が自らの解答を発表するのと同時に授業終了の合図が鳴った。



午後はヒーロー基礎学。入学してから初となる実技試験への期待と共に渦巻くのは、平和の象徴が教師として目の前に立っていることへの非現実感だ。ヒーロー志望なら誰しも憧れる、誰もが認めるNo.1ヒーロー、オールマイト。
そんな彼が監修する本日の授業はヒーローチームとヴィランチームに分かれた2対2の戦闘訓練。核に見立てたオブジェをヒーローが回収出来れば勝利、ヒーローを全員捕らえてしまえばヴィランの勝利というものだ。
例によって一人余ったみょうじは芦戸、青山と同じチームで臨むことになり、その対戦相手は切島と瀬呂のヴィランチームであった。

オールマイトの合図と共に訓練は開始したが、まずは闇雲に動かず味方チームの個性を把握して作戦を立てる。
芦戸の個性は酸、青山の個性がネビルレーザーであることを確認すると、みょうじは自らの個性について説明を始めた。

「私の個性は"形成"。質量…つまり体重を基に姿を自由に変えることが出来るけど…一回使うと12時まで戻れないの。あとこれは応用みたいなもので、子供の姿なら筋力が倍増するよ」
「じゃあ、…瀬呂か切島に変身して奇襲とかどう!?」

芦戸の提案はみょうじによって即座に却下された。他人の姿を模す為には、対象人物の姿形をしっかりと目に焼き付ける必要があるからだ。
入学して間もない、まして会話を交わしたこともないクラスメイトになりきるには無理があった。

「2対3で向こうは数的に不利だから…最初は様子見で少なくとも先攻してくることはないんじゃないかな」

あくまで客観的な立場から推測を述べるみょうじに、二人は分かっているのかいないのか首を傾げたり顔を見合わせている。
個性把握テストで見た瀬呂の個性はテープのようであったし、中学が同じだった芦戸の証言から切島の個性が硬化だと把握した。

作戦会議の結果青山は後方支援を務め、みょうじが切島の足を止めているうちに芦戸の酸と機動力で瀬呂を攻略、核を確保という流れにまとまった。
スピードが鍵となる作戦に、まずは機動力の高い芦戸が先頭を行く。上階へ進んで行くもやはり人の気配はなく、最上階の手前、次の階段を上がって行けば二人が待ち構えているであろうという所で、突然青山が短い悲鳴を上げた。
まさか背後をとられたかと振り返れば、彼はひとり自らのマントを握りしめて震えている。

「おニューのマントが…!」
「ごめーん」

なんと芦戸の酸が青山のマントに穴を開けてしまったらしい。立ち直れずにいる青山を見兼ねた芦戸が一度足を止め、両手のひらを合わせて軽く頭を下げる。
真相を知り気が抜けたみょうじがなんだそんなことかと息を吐きかけた時、芦戸の焦った声が彼女に警告を報せた。

「みょうじ後ろ!!」
「よそ見厳禁だろ!」

瀬呂の声と共に、彼の肘からテープが飛んでくる。恐らく青山の悲鳴を聞きつけて隙を嗅ぎ取った彼らは攻めに転じたのだろう。
瀬呂の影から現れた切島が合わせて攻撃を仕掛けてくる。
ヴィランチームの二人にとって個性の実態がいまいち判然としないみょうじを先に捕獲しようとしたのだ。
二人の素早い畳み掛けを瞬時に避けきれないと判断するとみょうじは個性を発動した。瀬呂のテープが捕らえたのは彼女の着ていたパーカーのみで、動きを封じるべく放った切島の拳は空を切った。
即座に二人の攻撃を避けきったみょうじは滑り込んできた芦戸によって救出され、体勢を持ち直す。

「男の子にもなれちゃうんだね」
「あ、間違えた…」

攻撃を躱すので手一杯な彼女は相当動揺していたらしい。普段は少女の姿になるのが咄嗟のことで少年の姿に変化してしまっていた。

核のある最上階から近い順に瀬呂、みょうじ、芦戸、切島、青山と一列に並んでいる。
瀬呂と切島に挟み込まれるような状況ではあるが、当初の作戦通り瀬呂を芦戸に任せみょうじは切島を食い止めることにした。
うまく行けば核に触れるリスクを回避して勝利することが出来る。

「子供っておめぇ…やりづれぇっての!」
「青山くん行って!」

切島はみょうじの連打に防戦一方になっている為、芦戸の応援に向かう青山を食い止めることが出来ない。
子供の姿であることが幸いしてか、それは切島には攻撃しづらいものであったらしい。ヒーロー志望者からすれば当然かもしれないが、第1戦目で人間に向かって放つような代物でない技を緑谷目掛けて放っていた爆豪はその限りでない。
見た目にそぐわず意外に重たいみょうじの一撃一撃に、硬化で防ぐ切島の体力も着々と削がれていく。それと同時に、みょうじの拳にも血が滲んでいた。

一方、芦戸に追われた瀬呂はすぐさま核がある上階へと避難した。部屋中に張り巡らされたテープを手当たり次第溶かしてゆくことで芦戸が簡単に捕らえられることはなかったが、彼女の個性上瀬呂を相手にするより核の確保に専念するほうが効率的である。
訓練開始直後にみょうじが立てた計画通り彼女は核を狙う。もう少しで確保できるというところまで迫ったと思えば、いとも容易く瀬呂に核を引き寄せられ阻止されてしまう。
とはいえ合流した青山の支援もあり依然有利ではあったが、瀬呂は常に核との距離を一定に保ち、器用にも敢えて狙える隙を見せながら身の危険を感じると核を盾にしようとするのだ。
不用意に酸やレーザーを打てない二人にしばらく瀬呂の攻勢が続いた。絶え間なく飛来してくるテープを酸やレーザーで対応するが青山の脱落は早く、ものの数秒で腹を抱えて動けなくなってしまう。

「お腹が……っ」
「もう青山〜!」

テープには酸で応戦できるものの、体力を消耗している芦戸の足がバランスを崩した一瞬の隙を突いて瀬呂は確保テープを巻きつけた。

「もーらい!」
「やばっ…!」

片隅で腹を抱えて蹲っている青山も難なく確保し、瀬呂はすぐに階下の切島へと合流する。
そこでは未だみょうじと切島が対峙していたが、切島の拳を避けて後退したみょうじは背後に迫る瀬呂の存在に気が付き焦りを露わにした。

「もう二人とも捕まえたの!?」

瀬呂が得意げに歯を見せる、その表情は余裕だ。一方で体力が削れているとはいえ打撃の効いている気がしない切島。
個性の性質上、短期決戦向けのみょうじと切島では相性が悪すぎたのだ。
二人に挟み撃ちにされては勝機がないと踏んだみょうじは一か八か瀬呂を追い抜いて上階へ向かおうとしたが、切島との打ち合いで体力を消耗した彼女目掛けて飛んできた瀬呂のテープは容易くその身体を搦め捕った。

オールマイトの声でアナウンスが響き渡り、訓練は切島、瀬呂のヴィランチームが勝利したことを告げる。
床に腰を落としながら、みょうじの疲れ果てた体に巻き付けられたテープを解いていく切島と目が合って、それから彼の目が申し訳なさそうに俯く。

「…悪ぃな、手」

そう言われて自らの手を見てみれば、拳は皮がめくれ血が流れていた。
大丈夫だとひらひら手を振って見せるが、今は一回りも二回りも大きい切島の手にそれを制されてしまった。
講評を聞いた後、みょうじはオールマイトから保健室利用届けと記載された用紙を受け取る。

「保健室行ってきな、みょうじ少女」

歯を見せたまま顎に手を添え首を傾けながら「…少年かな?」と言い直すオールマイトに、みょうじは少女で合ってますと苦笑して保健室へ向かった。
初めて訪れる保健室の扉を開けると、そこには先客が居た。といっても白いカーテンで仕切られたベッドの向こうにだが。

「緑谷くん、大丈夫ですか?」

先の訓練で手酷い怪我を負った緑谷が寝ているのであろうカーテンに閉ざされた寝台を眺めながら、彼女はデスクで書類に目を通している担当教諭に声をかける。
みょうじの問い掛けでその存在に気が付いたリカバリーガールは、震える指から伝って血の染みてしまった用紙を受け取った。

「人のこと心配してる場合かい。治癒するから座んな」

彼女に指されたスツールチェアにひとたび腰掛けてしまうと、先程からズキズキと痛みの走っていた両手が更に際立ったような気がして顔をしかめた。
リカバリーガールに触れられるとそれだけで刺すような刺激を感じてみょうじは反射的に手を引っ込める。

「これヒビ入ってるね…相当無茶したんだろう」

咎めるようにそう口にしながら、リカバリーガールは治癒をみょうじに施した。すっと引いていく痛みと初めから何事もなかったかのように綺麗に傷口が塞がってゆく光景につい感動を覚えてしまう。
が、それも束の間。代わりにどっと押し寄せる疲労感と酷い目眩に、途端に身体が怠く眠くなってきた。

「個性発動状態で治癒したら普通より何倍も疲れるもんさね」

ちょいと休んで行きな。そう言ってリカバリーガールは緑谷が横たわっているのであろうベッドの隣を開ける。
みょうじは半ば倒れこむように寝台に転がると意識を手放した。



次に目を覚ましたのはその約30分後で、たった短な睡眠でも動ける程度には回復していた。試しに握って開いてみた手の痛みももう全く感じられない。
時計を見ればちょうどヒーロー基礎学の授業が終わろうとしている所だ。隣の緑谷はまだ起きる気配がないらしく、心配ではあったがリカバリーガールに言われ先に戻ることにした。

「あっみょうじ大丈夫ー?」

みょうじが演習場へ合流したのはちょうど解散した直後で、そそくさと去っていくオールマイトの背中がちらと見えた。彼女に気が付いた芦戸が手を振り駆け寄ってくる。
先ほど闘った切島や瀬呂を始めとした面々が労いの言葉を掛けてくるのに混じって、みょうじの目線より低い位置から声が飛んできた。

「ていうかよぉ…お前もしかして女子更衣室で着替えんのか?」

声の主は、みょうじより二つ前の席に位置する峰田であった。
言われてみればそれもそうだ。咄嗟に個性を発動させたものの、少年の姿で女子更衣室に入るのも些か抵抗があった。痴漢に間違えられてしまうかもしれない。

「皆が気になるだろうから…私は別で着替えるよ」

遠慮してはみたものの、近くに多目的トイレがあるわけでもなかったので一度相澤に相談しなければならないのは手間だが。
そんなみょうじの心情を察してか、麗日は快活に言い放つ。

「私はぜんぜん気にしないよ!男の子って言っても小さいし、中身なまえちゃんだし!」

その言葉には他の女子5人も満場一致で同意を示すが、まるでその言葉を待ってましたと言わんばかりに峰田は欲望を剥き出しにする。

「ってことはよー…みょうじよりちっさいオイラだって女子更衣室で着替えてもいいよなぁ…いいよなぁ!?」
「いや峰田は完全アウトでしょ」

気持ちが良いほどすっぱりと耳郎に切り捨てられ悔しそうに唇を噛み締める峰田を横目に、でも、とみょうじは続けた。

「やっぱり今後は分からないし…」
「そう、ですわね…」
「男の人になるかもしれないってこと?」

もし仮にそうなったとして今回とはまた状況が違ってしまうだろうし、その時にまた彼女らに気を遣わせてしまうのも得策ではない。やはり担任に相談するのが一番であろう。
一度女子更衣室へ立ち寄り置いてあった制服を麗日から受け取ると、相澤に指示を求める為職員室へ向かう。

「更衣室?…あぁ、お前の個性は時間制だったか…」

彼の個性を使えば元には戻せるが、訓練の度に個性を使ってやるのも合理的ではないと判断して、担任は数多くある空き教室の一室を使用する許可を出したのだった。

たたかう

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