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これは本意じゃない

※9〜10話あたり


 パルデアに着いて早くも三日になった。
 リコの父の導きでリコとロイの二人がボウルタウンのコルサの元に向かってる間、係留された飛行船の中で大人は各々で過ごすこととなっている。

「おいフリード、足」
「ん? ああ」
「ああじゃなくて掃除ができねえ!」
「悪い悪い、今どくって」

 らしくない様子に見かねたマードックは、甲板の掃除を一時中断してデッキブラシをバケツに差し込んだ。

「リコ達と行かなくてよかったのか?」
「いいさ。あいつらだけで行ってみるのも大事だろ?」

 それに、空飛ぶタクシー使ってるしな。
 そう言ってはしきりに空へ目を向けるフリードに、マードックは「そうか」と甲板の掃除を再開した。何かが飛行船の上空を飛び回ってるわけでもないし、スピリチュアルなものとフリードは無縁だ。変なものが見えてるわけじゃないなら、頭の中を占有する何かがいる。フリードが退いた場所をブラシで擦った。

「そういやこの前の……アステルだっけか? 昨日も朝のテレビで見たけど、なんか変だったぞ。天気予報はちゃんとしてたのに指示棒を逆に持ってた」
「変……? なにかあったのか」

 ようやくフリードが空からマードックの方を見た。「ドンピシャだな」と笑うと、「真面目に聞いてんだ」と不本意な態度を取られた。

「俺が知るわけねえだろ。お前がリコを追って行ってる間に見たんだよ。でも今日は違う人が天気予報に出てたな」
「そうか」
「気になるなら連絡の一つでもしたらどうだ?」

 ライジングボルテッカーズのリーダーと船員として大体いつも対等な目線で話をする仲ではあるが、今日のフリードを見ていて老婆心からくるものがあった。

「……いや、大丈夫だ」
「お前なあ、そういうところが……」
「違うんだよ。さっきマードックも言ったろ? 今日は朝のテレビにいなかったって」
「そうだけど」
「ならいいんだよ。多分、もうすぐここに来る」
「ここに? こんな目印もないような窪地にか? まさか」
「アステルのことだ。言いたいことは電話より面と向かって言いたいだろうからな」

 容赦のない信頼があるのは結構だけれど、それでも言葉が足りないことが理由で振られているのはどうなんだ。
 こういう自己完結なところは苦労をさせられる。それが船員としてではなく、もっと近い存在ともなればきっと苦労もひとしおだろう。
 元彼女と言っていたが、アステルの話をする時のフリードはどことなく楽しそうな雰囲気があるから、そんな酷い別れ方をしたのではないのだと勝手にマードックは想像をしていた。

「きっと目を釣り上げてこう言うぞ。全くもって──」


「解せないわ!」


 頭上からよく通る声が響いた瞬間、大きな影が色を濃くしながら二人に重なった。見上げると、カイリューが翼を上下させながら甲板にゆっくりと降下して着地をした。
 フリードの言った通り、テレビに映っていたアステルという女は目を釣り上げて甲板に降り立つ。「本当に来た……」と呆然とするマードックをよそに、フリードが歩み寄った。

「さすが早いな」
「フリード、来るなら来るって前もって言ってって、私言ったはずよ」

 先程マードックからも言われたような文句を、随分ときつい口調で言い放つアステルの肩を後ろのカイリューが「まあまあ」と言いたげにぽんぽんと優しく叩いて宥めた。
 トレーナーとポケモンで、こうも真反対の顔をするのかと心の中で独りごちる。マードックから見て、なんとなく、そのカイリューのにこやかさがテレビの中の彼女の笑い方と重なった。

「ああ。悪かったよアステル、忘れてたんだ」

 あまりにも気兼ねない謝罪に気分を害して怒号が飛んでくるのを覚悟したのに、飛んでこない。ふとアステルの方を見て、不要とわかった覚悟を捨てた。

(こりゃ重症だ)

 二人の間に挟まるものに何があったかは知らないけれど、見えない隔たりがあるアステルに向けたフリードの笑って見ている目には恋愛感情や友情などが込み入った紛れもない愛がある。
 あれだけ口酸っぱく言われても連絡不精が全く直らない、どうにかする兆しもないのは、これが一因かとすぐに判明できるほど、アステルはわかりやすかった。

 朝のテレビで不意打ちをくらったあの顔がそこにある。絆されまいとする顔は惚れてしまった悔しさと再会の嬉しさが混ぜこぜになって、白黒はっきりつけられない。別れたことが不本意であったことが露わになってしまっていた。

「なんだか自分がこの場にいるのもな」と思ったマードックはゆっくりとその場から離れようとする。気を利かせてやるから、今度なんか頼むと心の中で去り際の言葉を吐いた途端、足元のバケツを盛大に転がして場をリセットしてしまったのだった。


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