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それは本人に言え

 ブレイブアサギ号・食堂。
 マードックの不注意で甲板に広がったバケツの水を清掃し終えた後、音を聞きつけたモリーとオリオが甲板に集まった流れでアステルを紹介することとなった。
 一堂に会した中であまり人目に恐れを抱いてなさそうな凛とした目で「改めまして」とアステルは告げる。

「アステルです。見た様子だと顔だけは知ってる感じだと私は受け取ってますけど、パルデア支部の天気キャスターをしてます。よろしく」
「なぁアステル、みんなテレビを見てお前を知ってるんだし、そう堅く挨拶しなくってもいいぞ」

 もっと気楽でいいと言わんとすることは誰でもわかるが、そんなフリードを「あなたがそれを言うの?」とでも言いたげに、アステルはじっとりとした目で見つめた。
 テレビで見る常時にこやかな顔より、少し神経質そうな風貌が本来なのだと知るのは雰囲気で容易に読み取れた。モリーを初めとしたオリオ、マードックの三者は心の中で「いいぞいいぞ」とアステルに加勢する。
 三日前の朝、フリードがアステルからの出資を黙っていた件についての延長試合になろうとしていた。

「気楽に振る舞えるのは あ な た が、ちゃんと言うところを言ってからの話よ。いきなり誰も知らないATMの女が気楽に喋ってくるとか私がただのヤバい人になるじゃない」

 自らをATMと言ってしまう自虐に驚いたが、都合が良い女になってる危機感を持ち合わせていることにいちいち外野は安堵してしまった。

「……これと同じようなことを前にリコが来た時にも言った気がする」

 オリオの小さい独り言に、フリードとアステル以外の一同は頷いた。フリード一人が報連相を怠っただけで簡単にヤバい人が出来上がってしまう。今に始まったことではないけれど、そういう才能があるのかもしれない。

「というか前に私があなたへお金を出した時、お仲間にはなんて説明したの? あしながおじさんからの寄付とでも言ったわけ? 変なところで口は固いのに、お財布の紐がゆるゆるのは相変わらず?」

 聞き漏らす方が難しい本職の口調で隙の見当たらない文句を言い放つと、フリードは少したじろいだ。

「資金難もお見通しか……」
「見通すも何も、そんなのわかりきってる。あなたが前もって何かを伝える時があるとすれば……ううん、そんな時はないわね」

 わざとらしいくらいの憂いた目で言い切った。

「なんだよ、そうとも言い切れないだろ?」
「ないわ。あなたのアイデンティティが崩壊するもの」
「一応聞くが……崩壊したらどうなるんだ」

 とことん付き合ってやる気概を見せようと、フリードが話に乗っかり出した。

「フリードが報連相をしようものなら偽物扱いされて、疑いが晴れるまでこの船の先頭に磔にされて、鳥ポケモン避けにされるんじゃない? 声が大きいから、きっと効果はてきめんよ。そのうちそれで食べてきたって顔つきになるわ。それか結婚」
「結婚」
「そう。結婚」

 冗談なのか本気なのかわからない温度感の会話のドッジボールに当人達以外は神妙な面持ちで見守っていた。反対に、二人はリラックスした雰囲気だから余計温度差が際立つ。

「よくもまああんなにポンポン言葉が出てくるなあ、頭と口で大運動会でもしてるのか」

 関心しながら言うマードックの言葉を聞いて、ふっとアステルが小さく微笑んだ。

「なぁんて、怒ってないわ。わかりきったことで怒ったってしょうがないじゃない? それを込みで協力するって決めたから」

 来た時よりだいぶすっきりした物言いに「じゃあ今のは?」と言葉の集中砲火にあったフリードが問う。

「八つ当たり。連絡不精なあなたのせい。テレビで醜態晒しちゃったんだもの」
「そりゃ悪かった、もういいのか?」
「ええ。晴々した」

 フリードの目論み通り、面と向かって好きなだけ言わせる効果があった。声音は優しいものになっていてすっかり毒っ気は抜けている。

「ねぇ、その前に出資したってのはいつのこと?」

 モリーが切り込む。「だいぶ前に船の故障があったと思うけど」とアステルが言うが、「船の故障なんていつものことだからなぁ……」とオリオ。記憶を辿っても、思い当たるものが多すぎて見当がつかない。

「結構前に機関部やらいろんな部分が一斉に調子悪くなった時あったろ?」

 フリードの口ぶりでは最近の出来事ではない。一斉にという部分に反応したオリオが「あれか!」と手を叩いた。

「あったあった! オーバーホールした時のやつね、思い出した!」

 オリオがきっかけで全員の認知が行き渡る。

「にっちもさっちも行かないって時にいきなりフリードが工面したって言ってきて……私も私で嬉しさが勝っちゃって、忙しいわでなんやかんやで出所が有耶無耶になってたけど……そっかあの時の。遅くなっちゃったけど、ありがとう」

 オイルが染みて黒ずんだグローブを脱いで右手を差し出した。表裏のなさそうな笑顔でアステルを見ている。

「オリオって言うの。メカニックをしてる。よろしくアステル」
「ええ、よろしく」

 握手を交わすと、モリー、マードックと続いた。フリードの気質的に、さっぱりとした人が集まっている。

「……あ、そうだ。他にも船員さんいたわね?」
「あれ、なんで知ってるんだ?」
「実は三日前にここへ来てたの。誰もいないから引き返そうかなって思ったら先頭におじいさんがいたから少し話したんだけど」
「あー、ランドウのじっちゃんか」
「そう、ランドウさん。最近子どもが二人新しく入ったって聞いて。あって困らないと思って消耗品をここ宛に発注してたから。多分、今晩届くと思う」
「本当か? 何から何まですまない。助かる」
「気にしないわ。二人増えるのは結構でかいだろうから」

 三日前というと、フリードはリコ達と、モリーとオリオとマードックはそれぞれが買い出しに出た日だった。朝の収録直後に飛んで向かったものの見事に入れ違いとなったアステルはランドウをパルデアにはいないジジーロンと誤解した末に、謝罪と挨拶をした後に内情を聞き、少しの時間ランドウの話し相手になり、その日は大人しく帰った。

「何を頼んだんだ?」
「水、小麦、米、ポケモンフード……あと塩と砂糖と日持ちするドライフルーツとか缶詰ね。とりあえず食料は多めにしたの」
「まじか!」

 以前底をつく寸前まで大量に消費したマードックが勢いよく立ち上がった。

「あとよく使いそうな衛生用品、工具はごめんなさい。よくわからなくて」
「いいよ。気にしてくれただけでもありがたい」
「だから配管の補修材を頼んだの」
「神じゃん!」

 オリオがアステルの手を両手で握った。感謝の大きさを表すように握った手を上下にブンブン振っている。そして、フリードに背を向ける形になり肩をくっつけた。
 気にかけてくれることも、支援もありがたい。フリードの悪癖は理解した上で、それでも頼れるいい奴だと思っている。けれど至極自然な疑問の正体を知りたくてオリオは囁いた。

「仕事優先して船に乗らないのはなんとなくわかるけど、なんで別れたの?」

 問われて、アステルは静止した。少し思いとどまり「……色々理由はあるけど」と。

「死にそうなくらいムカつくことがあったの。この支援は未練と意地のハッピーセットだから、笑っていいわ。好きなの。まだ、ずっと」

 声のトーンをオリオに合わせながら、赤面を隠そうともせずに言い切った。
 まさか馬鹿正直に言うとはオリオは思ってなかった。辿々しくもあまりの意志の強い実直さにアステルの背中を着付けのように「頑張れ」と一回叩いた。ついでに、堪えきれずアステルが想定していたよりもだいぶ豪快に笑い飛ばした。


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