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三年生秋(11)

※視点変更有 夢主→境田


九月らしい秋晴れの空が広がる中、「おはようございます」と校門前にいた生徒指導の先生に挨拶をする。おはよう、と簡易的な挨拶をした先生は、はっ!と何かに気づいた様子で、「おいそこ!携帯を見ながら歩くな!!」と一人の男性生徒の元へ向かって行った。

九月も下旬に差し掛かった今日この頃。

合宿から少し気まずさを感じていた木葉との会話は、今ではすっかりいつも通りとなった。資料を運ぶのを手伝ってくれた際、木葉が言っていたベクトルどうのこうのについては分からないままだけど、余計な詮索をしてまた気まずくなるのは嫌なので、深く考えるのは止めておくことに。けれどまだ、考えなくてはならない問題が一つ。


『(……黒尾くんへの返事、どうしよう……)』


靴棚の前で零した小さな溜息が、生徒達の声にかき消されていく。合宿最終日。デートしよう、と誘ってくれた黒尾くん。真摯な態度で向き合う彼に、早く返事をしなければと思ってはいる。思ってはいるのだけれど、“デート”というたった三文字の単語に、尻込みせずにはいられないのだ。
だってデートって。デートって普通、恋人同士がするものじゃないの。友達同士で出掛けることもデートっていうの。というかそもそも、デートとただ遊びに行くことの違いって何なんだろ。なんで黒尾くんは、わざわざ“デートに行こう”なんて言い方をしたのだろう。
悶々とする脳内に、段々深くなって行く眉間の皺。スニーカーを持ったまま、二度目のため息を吐こうとしたとき、「おはよ、苗字」と聞こえきた爽やかな声。え、と声の方を見遣れば隣には境田くんの姿があって、珍しい時間の登校にぱちりと目を瞬かせた。


『おはよう、境田くん。あの……朝練は?』

「今日は一日オフ日なんだ」

『あ、それで』


「この時間に会うの珍しいもんね」と眉を下げて笑った私に、少し間を取った境田くんは、「大丈夫か?」と首を傾げてきた。


『っ、え?な、なにが??』

「さっき、眉間にすごい皺が寄せてたから、」


は、と目を丸くしたのち、慌てて額に手を当てる。皺を伸ばすために、指先でグリグリ眉間を押していると、「なんかあったの?」と苦笑い気味に尋ねてきた境田くんに、う、と言葉を詰まらせてしまう。


『……なにかあったわけじゃないんだけど……ちょっと、その……か、考え事をしてて……』

「考え事?どんな??」

『ど、どんなって、』


逃げるように逸らした目線に、ぱちりと目を瞬かせた境田くん。
こういう話って、誰かに相談していいのだろうか。デートに行くか悩んでいるのは間違いないのだけれど、誘われたのは私なわけだし、行くか行かないか選ぶのも私だ。それを、全く無関係な境田くんに話した所で困らせるだけなのでは。いやでも、無関係だからこそ聞いて欲しい気持ちもある。かおりや雪絵はもちろん、木葉にも話していないデートの件。やたら黒尾くんを警戒している三人に、デートに誘われた、なんて話したら、良い顔されないのは目に見えている。
ちらりと一瞬盗み見た境田くんの顔。自分で決めなきゃいけないのは百も承知だけれど、でも、やっぱり、せめて話を聞いて貰うくらいは誰かにして欲しい。
「あの、境田くんっ、」と少し大きくなった声。ぱちぱちと瞬きを繰り返す境田くんに、更に言葉を続け紡いだ。


『その……ちょっとだけ、相談とかしても、いいですか?』


突然のお願いに、はた、と目を丸くした境田くん。けれど直ぐ人好きのする笑顔を見せた境田くんは、「いいぜ、」と大きく頷いてみせた。
上履きに履き替えた私たちが向かったのは、教室ではなく屋上前の踊り場だった。以前、木葉と喧嘩した時に逃げ込んだ場所だったけれど、人気がないため内緒話には持って来いである。屋上に続く扉前の小さな段差に並んで腰掛けると、荷物を脇に置いたところで先ずは謝罪から入ることに。


『急にごめんね、境田くん……。その……どうしても誰かに聞いて欲しくて、つい……』

「別にいいって。俺も苗字には貸しがあるし」


「雀田と仲良くなるチャンスくれたろ?」と朗らかに笑う境田くんに、申し訳なさがちょっとだけ軽減する。境田くんはいい人だよ、かおり。朝練に参加しているであろう友人の顔を思い浮かべたとき、それで?と続きを促す声に少しの間の後漸く本題へ。


『実は、その……第三者の目線から、意見を聞かせて欲しくて……』

「俺の意見でいいならお安い御用だけど……何に対して意見が欲しいの?」

『……………つ、』

「つ?」


『……付き合ってない男の子と、デートに行くか…………迷って、いまして……』


「………………え???」


デート?と繰り返された単語の気まずさに目線が下へ落ちる。小さく小さく、本当に小さく頷き返した私に、境田くんはぽかんとした顔で固まってしまった。


『その人とは、友達……ではあるんだけど、一応その、なんて言うか…………ずっと好意を、伝えてくれてて。……その気持ちに対して、答えを出さなきゃいけないんだけど、それすらも出来てない状態で、その……』

「デートに誘われた、と、」

『そ、その通りです……』


膝を抱える手に力を込めて更に身体を小さくする。自分からお願いしたとはいえ、改めて話すのはやっぱり凄く気恥ずかしい。踊り場に流れた何とも言えない微妙な空気に、やっぱり聞かなかったことにして貰おうかと迷い始めたとき、


「苗字はさ、なんで答えが出せずにいるの?」

『っ、え…………?』

「今言っただろ?そいつの好意に対して答えを出さなきゃいけないって。でも、その答えが出さずにいるんだろ?なんで??」

『なんでって、それは……』


投げ掛けられた質問に答えようとした唇の動きが止まる。
初めて黒尾くんに好意を伝えられた時、あの時はまだ彼のことをよく知らなかった。そもそも黒尾くんの気持ち自体を疑ってしまっていたし、向けられた好意に答えを出す出さない以前の話だった。でも今は、今はもう違う。黒尾くんがどんなに私を、真摯に、誠実に、心から好いてくれているのか。彼の気持ちがどれだけ真剣か。彼の気持ちを疑っていた事が馬鹿らしく思えるくらい、私はもう、知っている。
だからこそ答えを出すべきだとも思ってる。黒尾くんの想いを知れば知るほど、宙ぶらりんにしたままじゃいけないと思ってる。けれど、そう思っているのに。答えを出したいと思っているのに、それが出来ないのは。


『……分からなくて、』

「?分からない?」

『うん、その…………分からないの。付き合うって、どういう事なんだろうって、』


床に向かって吐き出した言葉が、踊り場の空気に解けるように消えていった。


『自分が誰かを好きになった時は、そんなこと考えもしなかった。その人に振り向いて欲しいってことしか頭になくて……付き合うっていうのがどういう事かなんて、考えたりしなかった。……でも今、伝えられた好意に答えを出さなきゃいけないって思うと、なんか、考えちゃって……。そもそも付き合うってどういう事なのかな、とか。付き合ってみたら、何が変わるのかな、とか……』

「……なるほどなあ」


頷き返してくれた境田くんは、何かを考えるように天井を仰ぎ見る。今更だけど、付き合う事がどういうことか分からないなんて、高校生にもなって幼稚過ぎる質問なのでは。居た堪れなさに目を伏せたとき、「いいんじゃない」と隣から届いた穏やかな声。伏せた瞳を恐る恐る持ち上げると、柔和な表情を浮かべた境田くんと視線が重なった。


『えっと……いい、とは……?』

「デートだよ。俺は行ってみてもいいと思うけど」


爽やかな笑顔と共に向けられた助言。あっさりとした物言いについ目を見開いてしまう。
「すごく中途半端な状態だけど……」と不安から眉を下げた私に、目尻を下げた境田くんは、「だからいいんじゃん」と更に言葉を続けていく。


「付き合うって事がどんなもんか分からなくて答えが出せないないんだよな?それなら、一回デートした見たら、どんな感じか少しは想像出来るかもよ。友達として遊びに行くわじゃなくて、相手の好意を知った上で出掛けたら、何が違うのかも分かるかもしれない」

『…………た……確かに…………』

「それにさ、行きたくないなら“行きません”って答えれば済む話じゃん。それをこうして迷ってるってことは……少なくとも苗字の中に、行った方がいいって気持ちがあるからじゃねえの?」


その通りかもしれない。
説得力のある境田くんの言葉に、頭の中が一気にスッキリする。行きたくないなら断る。断りたくないのなら行く。分かりやすく単純な話の筈が、それを複雑にしていたのは、“デート”というワードに勝手に尻込みしていた私だ。
重かった肩が不意に軽くなる。空いた胸に取り込んだ息をゆっくりと吐き出すと、「決まった??」と笑いかけて来た境田くんに、うん、と一つ頷いてみせた。


『ありがとう、境田くん。おかげでちゃんと返事が出来そうだよ』

「役に立てたなら何よりだよ」

『かおりにちゃんと伝えておくね。境田くんは凄くいい人だよって』

「それはマジで有難い」


真面目な顔で頷く境田くんに、ついつい零した小さな笑み。踊り場に響いた笑い声に目元を和らげた境田くんは、「そもそろ教室行くか、」とゆっくりとその場に立ち上がった。


「…………にしても木葉のやつ、いつの間にそんな積極的になったんだか………」

『っ、え?』

「ああ、いや、その……俺も雀田をデートに誘ってみよっかなって」


「断られそうだけど」と苦笑い気味に付け足した境田くんは、床に置いていた荷物を持って階段の方へ。行こうぜ、と掛けられた声に、「電話したいから先に行ってて」と伝えれば、了解とばかりに片手を挙げた境田くんはそのまま階段を下り始める。
境田くんの背中が見えなくなったところで、スカートのポケットから取り出したスマホ。音駒の朝練は、まだ終わっていないだろうか。着信だけ残す気持ちで掛けた一本の電話。三回目の呼び出し音中に繋がった電話口からは、「っもしもし??」と少し焦った黒尾くんの声が聞こえてきた。






            * * *






踊り場から教室へ戻ると、騒がしい室内には殆どのクラスメイトが集まっていた。中には雀田と木葉の姿もあって、どうやら今日の朝練は少し早めに切り上げたらしい。荷物を席に置いて、ここ最近の日課となっている雀田への挨拶に向かう。「おはよう雀田。ついでに木葉もな」と二人に声を掛けると、空席となっている苗字の席を囲んでいた二人は、ほぼ同時に此方を振り返った。


「……おい、人をオマケ扱いすんな」

「メインは雀田への挨拶なんだから、木葉は紛れもなくオマケだろ?」

「てめえ…………」


頬を引き攣らせる木葉を、どうどうと宥める雀田。やっぱ仲良いよなあ、と面白くない気持ちで二人を眺めていると、「そうだ境田、名前知らない?」と雀田の視線が再びこちらへ。
「苗字なら直ぐ来ると思うよ」「直ぐ来るって……」「鞄ねえけど、来てんのか?」「来てるよ。つか木葉、お前俺に感謝しろよ」「は?感謝????」
意味が分からないと言うように顔を顰めた木葉。「惚んなよ」と木葉の肩に腕を回すと、瞬きを繰り返した雀田が不思議そうに首を傾げた。


「無事苗字とデート出来たあかつきには、学食で飯奢って貰うからな」

「はあ????」

「ちょ、で、デートってなに!?何の話!?ちょっと木葉!どういうことよ!!」

「俺が聞きてえんだけど、」


どうも話の噛み合わない木葉に、あれ?と俺まで首を傾げてしまう。


「い、いやいやいや、隠すなって!苗字のこと、デートに誘ったんだろ?」

「……誰が?」

「誰がって、木葉がだよ!さっき苗字に相談されて、」

「………………誘ってねえけど?」

「………………………え?」


「デートなんて、誘ってねえけど?」


不機嫌さ全開の声で返された言葉に、ぽかんと開いた自分の口。ちょっと待て。じゃあ、苗字が言ってたデートに誘ってきた相手って一体。いや、そんなことよりも、先ずは、


「……わ、悪い木葉、俺……めちゃくちゃ余計なアドバイスしたかもしれない」

「はあ????」


訳が分からないとばかりに顔を顰める木葉に、引き攣った頬を指で掻いて誤魔化した。
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