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三年生夏(7)

「ヘイヘイヘーイ!!見たか!!俺の実力を!!!」


「これで焼肉ゲットだぜー!!!」そう叫んだ木兎の手に握られているのは、返却されたばかりの答案用紙達だ。赤いペンで付けられた丸とペケマーク。どの答案も明らかに丸の方が少ないけれど、赤ペンで書かれた点数は確かに赤点をギリギリ超えている。ヘイヘイヘーイ!!と両手を突き上げる木兎に、生暖かい視線を向ける男バレの仲間たち。ぱちぱちと疎らに送られる拍手でも、木兎は十分満足そうだ。

一学期末試験を終えたのは約一週間前。それが返却された始めたのが今週に入ってからだ。試験対策のため午後が部活休みとなった休日二日と、プラスで平日の部活前後にも木兎の勉強を見ることとなった私だったけれど、途中木兎が挫けそうになる度に焼肉をチラつかせ、なんとか試験までモチベーションを保ち続けることに成功した。
試験を全て終了させた木兎は「多分大丈夫!多分!!」と自信があるのかないのかよく分からない台詞を吐いていたけれど、どうやら無事に赤点を逃れることが出来たらしい。一安心である。
そんな木兎の答案披露のため、昼休みにバレー部の部室に招かれた私。他にもかおりや雪絵はもちろん、三年生のレギュラー陣や赤葦くんまでもが集められている。赤点回避が相当嬉しかったのか、木兎は終始ご機嫌で「いつもああなら良いのに」とぼそっと雪絵が漏らしていた。嬉しそうに報告してくる木兎に「よかったね」と返していると、お弁当を食べ進めていた猿杙がふと手を止め、そう言えばと口を開き始めた。


「苗字は?木兎の面倒見させちゃったけど、大丈夫だった??」

「そういやそうだな……。結局、木兎の勉強はほとんど苗字に任せちまってたもんな」

『あ、私も大丈夫だったと思う。むしろ、根気よく木兎に教えたおかげか、細かい所の暗記もしっかり出来て、いつもより手応えあったって感じ』

「それなら良かった」


ほっと安堵する猿杙たち。どうやらかなり気にさせていたらしい。これで私の成績が落ちていたら、皆に罪悪感を感じさせるところだ。順位はまだ出てないけれど、点数だけ見れば、これまでで一番の総得点である。成績が落ちることは恐らくないだろう。
点数アップの理由の一つは、今言った通り木兎の勉強に付き合ったことで、きちんと復習が出来たこと。もう一つは、苦手な理系科目の勉強に付き合ってくれた黒尾くんのおかげである。土曜日に訪れた勉強場所で偶然出会った音駒のみんな。日曜も木兎の勉強を見るため、同じ場所に木兎や木葉、かおり、雪絵と一緒に行くと、何故かそこにはまた黒尾くんの姿があった。「俺も勉強するために来たんだよ。偶然だ偶然」と黒尾くんは笑っていたけれど、木葉曰く「ぜってえ狙ってただろ」とのことらしい。
土曜に喧嘩する二人を見ていたため、日曜も二人が同じ空間にいるのは、正直ハラハラした。けれど、予想に反して穏やかに接する二人(黒尾くんが木葉を揶揄う場面はあったけれど)に気を付けると言った言葉に嘘はないらしい。
階段で胸倉を掴む木葉と、そんな木葉に怯むことなく腕を掴み返した黒尾くん。二人の姿を思い出してちょっぴり箸を進めるスピードを遅くしていると、「そういや今週の合宿、一校増えるんだろ?」と小見くんの声が聞こえ、内容に思わず顔を上げる。


『合宿??今週??』

「そー。今週末は一泊二日で梟谷グループの合宿があるのー」

「場所はうち高校。参加するのは、前に話した音駒と神奈川の生川、埼玉の森然。それに今回は音駒の紹介で宮城から烏野って所も来るみたい」

『宮城から!すごいね……!』


他の高校は関東圏内であるのに対し、烏野という高校だけはわざわざ東北から来るなんて。「なんでも音駒と因縁があるらしいよ」と言う猿杙の言葉に、そういえばGWに黒尾くん達は宮城に遠征に行ってたなと思い出す。もしかしたらその時も、その因縁の相手と試合するために行っていたのかもしれない。


「俺らはインターハイまでの調整込みの合宿。残りの奴らはインターハイ予選の課題を春高に向けて見直し、みたいな感じだな」

『なるほど……。合宿ってことは、学校に泊まるの??』

「おー。教室に布団敷いて雑魚寝だな」


ちょっと楽しそうだ。木葉の声にわいわい騒ぎながら寝る皆を想像して内心小さく笑っていると、「名前は土日も学習室?」と二つパンを食べ終えた雪絵が三つ目のパンに手を伸ばしながら尋ねてくる。相変わらずすごい食欲だ。
「そのつもり、」と頷き返して食べ終えたお弁当を片付け始めると、「なら、いつもみたいに休憩中とか見に来れば?」と同じく空っぽの弁当箱を片そうとしたかおりが提案してくれる。


『え、いいの??』

「当たり前じゃん。むしろなんでダメだと思うわけ?」

『他校の人達も沢山来るみたいだし、迷惑かなって』

「全然平気だよー。というか、そんだけ人いるなら、名前が一人増えたところで何も問題ないし」

「そーそー」


そういうものなのか。雪絵とかおり、二人の言葉に小さく目を丸くして感心していると、「保護者とか結構来るしな」「確かに」と木葉と小見くんが付け加えるように続ける。それなら確かに私が一人見に行った所で、邪魔になるとかそう言うのはなさそうだ。
「土日のどっちかは必ず見に行くね」と笑って約束すると、おう、木葉達は頷いてくれ、かおりと雪絵と嬉しそうに笑って返してくれる。土日の見学を楽しみに、勉強頑張ろう。そう一人意気込んで弁当箱を保冷バッグの中に入れ込むと、いつの間にか三つ目のパンを食べ終えた雪絵が購買に行くというので、一緒について行くことにした。






            * * *






「成績の順位五十位以内は、明日には張り出されてるからな。それ以外の奴は今配った順位表で確認すること」


「解散」と一言告げ、チャイムより早くホームルームを終えてしまった林田先生。相変わらず淡々とした人である。先生が居なくなった教室では順位表の結果に騒ぐ生徒達のみが残され、もちろん私の手元にも、先生から渡された二つ折りにされた紙切れが握られている。
隣の席の木葉と前の席に座るかおりは赤点を逃れたことで特に順位にこだわりはないらしく、「ま、こんなもんか」「だな」とあっさりした様子で順位表をさっさと鞄に入れ込んでいる。私も二人くらい気にせずに見れたらいいのになあ。とまだ中身の確認していない順位表に小さくため息を零した。

先生曰く、推薦の話は、今回の試験結果が関わってくるのだとか。

ちゃんと勉強したし、木兎のおかげで復習もバッチリだ。答案に書かれていた点数だけで言えば、今までで一番いい結果と言える。けれど、点数が上がったからと言って順位まで上がるとは決まったわけじゃない。周りの子の結果次第ではむしろ落ちてる可能性さえある。だから少し尻込みして、未だに順位が確認出来ないのだ。
じーっと成績表を睨む私に気づいたのか、「何やってんだ?」と木葉が不思議そうに尋ねてくる。その声にかおりも振り返り、手のひらに乗った順位表を見ると「もしかしてまだ見てないの?」と目を見開かれた。


『う、うん……ちょっと怖くて……』

「?昼間に全体的に点数上がったって言ってたじゃねえか?」

『それはそうなんだけど、それと順位は関係ないし……』

「あー……まあそれもそうか……。けど、得点アップしてるのは本当だし、一気にガクッと下がるとはないと思うよ??」

『そ、そうだよね、』


そうなのだけれど。
うっ、と眉根を寄せた私に木葉とかおりが顔を見合わせる。推薦の話は家族以外に他言無用だ。話す許可が出るのは、推薦の願書を出すことが決定してから。そのため二人はもちろん、トモちゃんや雪絵にだって話していないし、今回の成績が推薦に響くと知っているのは私と私の家族。それに先生たちくらいである。
手元の順位票に視線を落とす。もし私が適当に勉強して、そのうえで成績が落ちていたならそれは仕方ないことだし、ここまで渋ることもないだろう。ちゃんと頑張って勉強したからこそ、少し期待して緊張だってしてしまうのだ。
こうなったら勢いだ。そう、勢い。勢いで見ちゃおう。
そう決めて順位表を机の真ん中におく。何をする気かと首を捻る二人に「かおり、木葉、」と声をかけると、順位表を指で指しながら二人に向かってゆっくりと口を動かした。


『……一緒に見てくれない??』

「「……はあ??」」

『もう勢いに任せて見ちゃおうと思うんだけど、一人だとなかなか……!だから、二人に“せーの”って言って貰って開けようかなって!』

「どんだけ見るの怖えんだよ……」

「ていうか、私らも見ちゃっていいの??」

『全然いい。だからお願い!どうかご協力を……!』


手を合わせて懇願する私に二人が仕方なさそうに息を吐く。「しゃあねえなあ」と零した木葉は机の左側に立ってくれ、苦く笑ったかおりは正面へ。三方を三人で囲った後、お願い!と言うように二人を見上げると、頷き合った二人は「「せーの、」」と息を合わせて口を動かした。
その声に合わせて順位表を捲る。机の上に鎮座するそれは酷く薄っぺらく思えてなんだか頼りない。各教科の点数や、教科ごとの順位を流し見し、最後に総合順位が書かれた右下に目線を移すと、そこには、


『……へ……』

「ちょ……マジか苗字……!」

「す、すごいよ名前!!あんたこれ、今までで最高順位じゃない!?!?」


少し興奮した声をあげるかおりに肩を揺すられる。
かおりと木葉と三人で確認した数字は、今までに見たことがない一桁の数字だったのだ。見間違いじゃないかと今度は順位表を手に取ってじっくりと印字された数字を見つめる。


『ほ、ほんと……?本当にこれ私の順位……?何かの間違いじゃ、』

「何言ってんのよバカ」

「ちゃんとお前の順位表だろうが」


苦く笑う二人と順位表を見比べる。
本当に。本当に私の成績なんだ。今までで一番勉強してきたつもりだった。試験期間だけでなく、それより前から学校に残って勉強していたし、今までなら出来なくても仕方ないって諦めてた問題にも取り組むようになった。だけど、こうして数字になってきちんと成果が目に現れると、努力って無駄じゃないんだなって、今、改めて感じることが出来た。
目的を持って、それに向けて自分なりに努力し、その過程やゴールで得られたものが成果になってくれる。勉強だけの話じゃない。木葉たちが頑張っているバレーも、恋愛だってきっと同じだ。
順位表から顔を上げ、木葉とかおりに目を向ける。視線に気づいた二人は「苗字?」「名前?」と小首を傾げてきて、そんな二人に向かってゆっくりと口を動かした。


『ありがとう、』

「……は??」

「え、なに??なんで私らがお礼言われてんの??」

「知るかよ。つか、むしろ言うべきは俺らだろ??お前のおかげで木兎は赤点免れたんだし」

『ううん、そうじゃなくて。勉強した結果が、こうして形になって現れたら……なんか、改めて思っちゃって。何かに向けて頑張ることがどんなに大事か。それを教えてくれたのは、赤葦くんはもちろん、バレー部の皆だから。それで、その……ありがとうって、言いたくなったというか、』


言ってて自分で恥ずかしくなってきた。
頬を掻きながら誤魔化すようにへらりと笑う。ぽかんと呆けた顔で見つめてくる二人に途端に居心地が悪くなる。その時、タイミングよくチャイムの音が響く。注がれる視線から逃げるために慌てて身支度を整えると、「じゃ、じゃあ、部活頑張ってね!」と言い残し、そそくさと教室をした後にした。


「あいつ、マジでタチ悪い……」

「今日ばかりは同意してあげる……」
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