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三年生夏(8)

※烏野初参加の合宿地は、原作で都内郊外某所となっていたため梟谷高校と予想して書いてしまいました。しかし、アニメ版では音駒高校となっており、確認不足による矛盾が生じております。どうかご了承下さい。









土日に登校する生徒は決して少なくない。
部活のために登校する生徒もいれば、私のように学習室を利用するために来ている生徒もいる。そのうえ今日は、梟谷グループの合同合宿が行われている。

土日二日間を使って行われているという梟谷グループの合同合宿。私が学校へ着いた時には、既に体育館からは夏の暑さを吹き飛ばすような活気ある声が聞こえていた。一体何時から始めているのだろうか。気になりつつも先ずは勉強する為に学習室へ。昨日は家で大人しく勉強していたのだけれど、今日は午後から練習試合の見学をするため、午前中は学校の学習室で勉強することにしたのだ。
小休憩を挟みつつ、勉強すること数時間。そろそろお昼の時間だ。食べ終えたら楽しみにしていた合宿見学に行こう。そう決めて、荷物を持って席を立つ。コンビニでお昼用のパンは買って来たけれど、飲み物は勉強中に飲み干してしまったため新しい物を買うために自販機へ。けれど中庭の自販機にはお目当ての紅茶はなく、他のものを買おうか迷ったものの、体育館裏にある自販機を思い出し、久しぶりにそちらへ行ってみることに。
勉強道具が入ったトートバッグを掛け直す。流石に休みの日まで学生鞄を持ち歩くつもりはない。日差しの眩しさに少しだけ目を細めながら、漸く目的の自販機に辿り着くと、その前に立っている人物に気づき小さく目を見開いた。


『……黒尾くん……?』

「あれ?名前ちゃん……?」


自販機の前に佇んでいたのは首にタオルをかけた黒尾くんだった。黒いTシャツに赤い短パンを着た彼は見慣れない練習着姿だ。昼休憩中だろうか。体育館の中からは今朝聞いたようなバレー部員たちの声は聞こえてこない。
「お昼の休憩中?」「ああ、うん。今さっき昼休憩入ったとこ」「そっか。お疲れ様」他愛のない会話をしながら黒尾くんの方へ歩み寄ると、自販機の取り出し口からスポーツドリンクを取り出した黒尾くんは「何買うの?」と尋ねてきた。


『え、あ、こ、紅茶を、買いたくて、』

「紅茶ね。りょーかい」

『え、』


止める間もなく紅茶を購入してしまった黒尾くん。ほい、と差し出されたペットボトルと黒尾くんの顔を数回見比べたのち、「あ、ありがとう、」とお礼を言いつつ受け取ることに。こういう所がこなれ感あるよなあ。なんて感心していると、「名前ちゃんは見学?」と黒尾くんの視線は体育館の方へ。


「タイミング悪かったね」

『あ、ううん。見学は午後から来るつもりだったから。今はただ飲み物買いに来ただけ』

「ああ、そういう」

『黒尾くんも飲み物買いに来たの?……あれ、でも……バレー部って食堂でお昼食べるんじゃ……?』


あそこなら飲み物置いてあるよね?と内心首を傾げていると、疑問が顔に出ていたのか、「ここのスポドリが欲しくてさ」と買った飲み物を掲げ見せられた。


『ここの??』

「そ、ここの」


とんっと目の前の自販機を指で突いた黒尾くん。わざと強調するような言い方に目を瞬かせる。
ここのと言うことは、黒尾くんが買ったスポーツドリンクはここの自販機にしかないという意味だろうか。右手に持たれたよく見る青いラベルのペットボトルを見つめていると、自販機から指を離した黒尾くんに「なんか勘違いしてね?」とからりと笑われてしまう。


「正確には、ここの自販機でしか見つかんないもんがあったんだよね」

『?その飲み物の話じゃなくて??』

「飲み物の話じゃなくて。……まあ本当は、もう見つかってるから、この自販機にわざわざ来る理由もなくなったんだけどね」


自販機に向けられていた瞳がゆるりとこちらに向けられる。柔らかく目尻を下げた黒尾くんが見つめる先にいるのは、間違いなく私だ。分かった?と問うようにじっと向けられる視線。黒尾くんがこの自販機で探していたもの。もう見つけたと言うそれは、多分、おそらく、きっと、私のことだ。
答えの代わりに熱くなっていく頬っぺた。気恥しさに視線をさ迷わせていると、くすりと笑った黒尾くんが一歩前へ。縮まった距離に小さく肩を揺らす。彷徨かせていた瞳を目の前の彼へ向けると、柔らかく微笑む黒尾くんと目が合って、ますます顔が熱くなる。
黒尾くんのこういう所、ほんと慣れない。彼にとっては“アピール”の一貫なのだろうけれど、出来ればもう少し手加減して欲しい。そんな私の心情など知る筈もなく、「すげえ顔真っ赤」と黒尾くんは顔を覗き込んできた。


『く、黒尾くんのせいだと思うんですが、』

「だろうな。……けど、そういう反応は逆効果だぜ?」

『っえ??』

「言ったろ?“俺の事意識してくれんなら、横槍だって入れるし、つけ入る隙はガンガン攻めてく”って」

『い………いってた、けど、』

「アピールも。攻めの手も。全部緩める気ねえから。下手な遠慮や気遣いで、チャンスを逃すのはごめんだからさ」


「もちろん、名前ちゃんを傷付けない程度にだけど」と付け足して不敵に笑う黒尾くん。ストレート過ぎる言葉に答えを詰まらせてしまう。
あ、とか。う、とか。よく分からない声で吃る私に、黒尾くんが楽しそうに目を細める。上下左右に視線を動かし、黒尾くんと目が合わないようにしていると、くすりと一つ笑みを零した黒尾くんは、ゆっくりと顔を離してくれた。


「名前ちゃんのそういうとこ、ほんと可愛いのな」

『!?!?!?か、かわっ……へ!?!?!?』


不意打ちな台詞に、ボッ!と火がつきそうな勢いで更に顔が赤くなる。気恥しさを隠すように両手で頬を覆い隠すと、緩やかな笑みを浮かべた黒尾くんは、ひらりと片手を振って歩き出した。


「そろそろ食堂戻るわ。午後は見学来るんだよな?」

『え、う、うん。そ、そう、です、』

「なら、かっこ悪いとこ見せないように頑張るわ」


「また後でね、名前ちゃん」とからりと笑って歩いていく黒尾くんを真っ赤な顔で見送る。男の子に直接“可愛い”なんて言われたの初めてかも。見えなくなった背中に小さく息を吐き出す。貰った紅茶を握り直して教室に戻ろうとした時、ドンッ!と体育館から聞こえてきた音に肩が大きく跳ねる。


「日向、本当にどこ置いたか覚えてないの??」

「うーん……?体育館に置き忘れたと思ったんだけど……?」

「早く戻って飯食わねえと、大地さんに怒られるぞ」


中から聞こえてきた三人分の声に首を捻る。聞き覚えがないため、梟谷と音駒以外の生徒の声だろう。ちょっと気になって、体育館裏から出入り口がある方へと移動する。開け放たれた扉からひょっこり中を覗き込むと、体育館の中にいたのは、白いTシャツに黒い短パンを着た三人の男の子たちだった。
やっぱり見覚えがない。どこの生徒さんだろう。瞬きをしながら、体育館内をきょろきょろ見回す男の子たちを見つめる。何か探しているのかな?と小首を傾げていると、そのうち一番小柄な子とぱちりと目が合い、あっ、と小さく声を上げたその子は勢いよく頭を下げてきた。


「ちわーっす!!!」

『え!?あ、こ、こんにちは……?』


体育会系宜しく元気な挨拶をしてくれた男の子。軽く頭を下げて返すと、なんだなんだ?と他の二人の視線もこちらへ。目が合うなり、「じょ、じょしっ……!こんちわーっす!!!!」「ち、ちわっす!」と挨拶してくれた二人。その子達にも頭を下げてみせると、パッと顔を上げた一番小柄な彼が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。


「梟谷の生徒さんですか!!」

『あ、はい。梟谷の生徒さんです、』

「おおー……!!東京の学校に通ってるんだ……!かっけえ!!!」

『……えーっと……君は……?』

「オレ!烏野バレー部一年の、日向翔陽って言います!」

『からすの……?』


どこかで聞いた名前に少し思考を巡らせる。
からすの。烏野。あ、そうか。この前かおり達から聞いた、今回から参加しているという宮城の学校の名前だ。
「山口忠です、一年です」「に、に、二年の!た、た、た、たなかっ!田中龍之介と申します!!!ど、どうぞお見知りおきを!!」と日向くんに続いて名前を教えてくれた山口くんと田中くん。三人の自己紹介に応える形で、「苗字名前です。三年です」と伝えると、三年生!と三人の背筋がピシッと伸ばされた。


『今お昼の休憩中だって聞いたけど……?』

「あ!オレが忘れ物して、山口と田中さんが一緒に探しに来てくれたんです!」

『あ、そうなんだ。何探してたの?』

「タオルです!……でも見当たらなくて……」


しょんぼり肩を落とす日向くんに自分も眉を下げる。
「他の学校の人が持って行ってくれたんじゃない?」と励ますように肩を叩いた山口くんに、うん……、と日向くんは心配そうに顔を俯かせた。
もしかすると、凄く大事なタオルなのかもしれない。誰かに貰ったとか、何かの限定品とか。とにかく彼にとって大事なものなのだろう。
靴を脱いで体育館に上がる。へ?と不思議そうに目を丸くさせた三人に、ゆるりと優しく笑い掛けた。


『探すの手伝うよ』

「え!?!?!」

「い、いや、でも、誰かが持って行ってここにない可能性もありますし、オレ、どこに置いたかちゃんと覚えてなくて、」

『じゃあ一通り見てみようよ。それで見つからなければ、誰かが持っていってるかもしれないし』

「そ、それならっ!俺ら三人でやるんで!!苗字先輩にっ、お手を煩わせるわけにはっ……!」

『煩われせるだなんて全然。困った時はお互い様って言うし』


「一緒に探そう」ともう一度笑いかけると、顔を見合せた三人が、はい!と大きく頷いてくれる。
それから四人で行った捜索活動だったけれど、意外にもあっさりと見つかった日向くんのタオルは、舞台袖の幕下に隠れるように置いてあった。見つけたそれを日向くんに渡すと、「ありがとうございます!」と嬉しそうに笑ってくれた日向くん。「よかったね日向」「おう!」「もう失くすなよ」「はい!」と三人の会話に目尻を下げていると、改めて私に向き直った日向くんが「本当にありがとうございました!」と大きなお礼の声をあげた。


『いえいえ、そんな、』

「これ、烏野のバレー部に入部した時、ばあちゃんが買ってくれたヤツで……見つかってスゲェ嬉しいです!」


なるほど。それであんな顔してたのか。
「見つかって私も嬉しい」と穏やかな声を返すと、日向くん達も笑い返してくれる。そんなやり取りをした直後、はっ!と時計を見た山口くんが、慌てた様子で出入り口を指し示した。


「た、田中さん!日向!そろそろ戻らないと!」

「あ!」

「や、やべえ……!大地さんに叱られる……!!」

「す、すみません!苗字さん!俺たちそろそろ!」

『あ、うん。じゃあまたね、日向くん、山口くん、田中くん』

「はい!また!!!」


バタバタと慌ただしく出ていく三人に相好を崩す。随分慌ただしく出ていったけれど、“大地さん”と言う人に怒られないといいが。
靴を履いて外に出る。彼らはどんなバレーボールをするのだろう。期待に胸を膨らませつつ、校舎に向かって歩き出す。早く見たいなあ、と見上げた空は、いつもよりも少し晴れ渡って見えた。
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