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三年生春(16)

コーヒー店と銘を打ちつつ、色々な味やカスタムが楽しめる大手コーヒーショップ。若者にも人気の高い店ではあるものの、近くに高校や大学のある場所ではないせいか、店内には学生とスーツの会社員が半々ずつくらい居て、席も疎らに空いている。所謂穴場店舗というやつだ。
頼んだ飲み物を片手に空いている席に座る。荷物を置いて向かいの席に座った黒尾くんを見ると、彼の手には一番オーソドックスなカフェラテが。今日はブラックコーヒーじゃないんだ。テーブルに置かれた冷たいカフェラテを見つめていると、「飲みてえの?」とストローを差し向けられ、え!?と慌てて首を振ることに。


『ち、違うよ!?ただ、今日はブラックコーヒーじゃないんだなあって』

「ああ、そういやファミレス行った時はそっち飲んでたっけ」


「気分にもよるけど、ミルク入れて飲むこともあるよ」と早速一口カフェラテを口にした黒尾くん。倣うように自分も甘いフラペチーノドリンクをストローで吸い込むと、途端に口の中に広がった甘さに思わず頬が緩んでしまう。うん、やっぱり美味しい。更に甘さを堪能しようと更に一口飲もうとすれば、そんな私を微笑ましそうに頬杖をついて眺めている黒尾くんに気づいて、慌ててストローから口を離した。


「好きなの?それ、」

『えっ、…………う、うん……好きなんです……』

「なんで敬語?」


からりと楽しそうに笑う黒尾くんに肩を縮める。なんか黒尾くん、すっごく普通。ちょっと意識してる私がなんだか馬鹿みたい。そう思った途端に肩の力が抜け、小さく息をつく。すると、そんな私に気づいた黒尾くんがふっと笑みを漏らし、「緊張解けた?」と小首を傾げてくる。


『え、』

「二人になった途端にガチガチになってたから、緊張してんのかなって」

『……だ、大正解……』

「はは、やっぱり?ま、俺からすると、意識してくれてるっつーことで有難くはあるんだけど……せっかく二人で話す機会貰ってんのに、気兼ねなく話せないのは勿体ねえじゃん」

『あ…………』


そっか。そんな風に考えていたから、普通に接してくれてたんだ。「……ありがとう、」と口にした私に、「俺のワガママで来てもらってんのよ?」と苦く笑う黒尾くん。そんな彼にそれは違うと首を振ると、黒尾くんは不思議そうに瞬きをした。


『来るって言ったのは私自身。……黒尾くんに、自分のことをもっと知って欲しいって言われた時、頷いたのも私。なのに私、全部受け身でいるつもりだった。黒尾くんのこと知るって約束したのに、自分からは、動かないつもりだった』

「別にそれでいいんだって。あれも俺が一方的に提案したことなわけで、」

『でもっ、今日こうして黒尾くんに会って、さっきみたいに考えてくれてるって知ったら、やっぱりそれは良くないんだって思ったの……!』


は、と呆けた顔を見せる黒尾くん。こういう顔を見るのも初めてかも、と思いながらも言葉の勢いは止まらず、更に言葉を続けていく。


『一度頷いたくせに……やっぱり思わせぶりかなとか、会うのが気まずいなとか、そんなことばっかり考えてたけど……もし自分が黒尾くんの立場になった時、そんなふうに思われてたら嫌だから…………だからっ、次から気をつけるねっ……!』


少しだけ声が大きくなったのは、言葉の勢いのせいだろうか。
彼が今までどんな“恋愛”をしてきたのかは聞いている。聞いているけれど、それでも黒尾くんは、今、私に対しては、真っ直ぐ向き合おうとしてくれてる。そんな人に対して、私はなんて酷いことを考えていたんだろう。周りに意見を求めて、自分の答えを出そうとすることさえせず、黒尾くんから何かしてくるのを待とうとしていた。そのうえ、いざ黒尾くんから連絡が来れば、二人で会うことが気まずくて遠回しに断ろうとしたり。

赤葦くんは、そんなことしなかったのに。

私が気持ちを伝えた後も、赤葦くんはいつも通り接してくれた。気まずい気持ちもあっただろうに、友達のままでいて欲しいと頼んだ私に、良かったって。これからも友達として話そうって。そう言ってくれた。
なのに。それなのに。赤葦くんを好きになった気持ちを大事にしたいと言っておきながら、赤葦くんと真逆のことをしようとして、どうするんだ、私。
ぎゅっと強く握り締めた手でスカートの裾を握る。勢いに任せて動かしていた口を漸く閉じると、驚いたように見開かれていた黒尾くんの瞳が徐々に細まり、愛おしそうに口元が和らいだ。


「……赤葦はほんっと、勿体ねえやつだな」

『っ、え??』

「名前ちゃんのことフっちまうなんて、ほんと……勿体ねえなって」

『…………そっ、……そういうことを言われるとっ、また緊張して来ちゃうんだけど…………』


聞こえなくなったはずの心臓の音が、また鼓膜を揺らし始める。うう、と赤くなりそうな顔を誤魔化すように飲み物に手を伸ばすと、ごめんごめんと黒尾くんが穏やかに笑う。
基本的には優しくフレンドリーに接してくれる黒尾くんだけれど、時折見せる表情や吐かれる言葉の端々に彼の想いが込められている。冗談にせよ本気にせよ、口にするだけでも躊躇しそうなセリフをあっさり言えてしまうのは、彼の恋愛経験値が高いおかげだろうか。


『……黒尾くんって、今まで付き合ってた子達にもそんな感じだったの??』

「あ、やっぱ気になる?もしかして、雀田や白福にもなんか聞いた?」

『かおりや雪絵から聞いた話も、だいたい黒尾くんが話してくれた通りだったけど……その……来るもの拒まず、去るもの追わず……みたいな、』

「はは、まあ間違ってねえな」


随分あっさりと答えてくれる黒尾くんにちょっとホッとする。どうやら聞いてはいけない話ではないらしい。「部活を優先しすぎてフラれたって言うのも?」と更に尋ねれば、「マネージャー情報怖えな」と黒尾くんは冗談交じりに返した。


「それもまあ当たりだな」

『だとしたら……ちょっと不思議なんだけど……』

「?なにが?」

『黒尾くんて、結構その……こっちが恥ずかしくなるような事を言えちゃったりするし……それに、わざわざお土産買ってきてくれたり、さっきも話しやすいように緊張をほぐしてくれようとしてたでしょ?だから……こんな風に接してくれる人なのに、どうしてフラれちゃったのかなって…………』

「あー…………なるほど、そういう、」


苦く笑いつつ納得したように頷いた黒尾くん。んー、と少し口籠もった様子の彼に、「答えたくないなら答えなくていいからね……!」と慌てて付け足す。けれど黒尾くんは、大丈夫だと言うように小さく笑うと、まだ半分も飲んでいないカフェオレを一口飲んだのち、少しだけ重たそうに口を動かした。


「……それは、今まで付き合った子達に“そういう風”に接しようとしなかったからかな」

『……え……っと…………彼女……だったんだよね?』

「彼女だったよ。でも、ちゃんと好きだったかって言われると……曖昧な子ばっかかな」


「こんな話、また名前ちゃんを怒らせそうだけど、」と前置きのように口にした黒尾くん。たぶん、自分から話したい話ではないのだろう。ずっと饒舌だった彼の言葉が、どこか気まずそうに聞こえる気がする。それでもその先を話そうとしてくれてるのは、黒尾くんが私に、それだけ誠実であろうとしてくれているということ。「大丈夫、多分怒らないから」と笑ってみせると、「……多分なんだ」と黒尾くんは少しだけ表情を緩めた。


「最初に告白されて付き合った子がさ、所謂その、タイプだったってやつで。彼女って響きへの憧れとかもあって、とりあえずOKしてみたんだ」


話し始めた黒尾くんの視線が、テーブルの上のカフェラテに落ちる。そうっと細められた瞳が微かに揺れていて、まるで、何かを怖がっているように見えるのは気の所為だろうか。


「けど、俺の中の優先順位は部活が一番で、んで、部活を邪魔しない程度には勉強もする必要がある。そうなると、彼女に割ける時間なんて限られていって……そのうち携帯でのやり取りも少なくなって、結果、フラれちゃったって感じ」

『……それが、最初の彼女との話?』

「そ。高校入って最初の彼女だったんだけど……その時にさ、“彼女がいるってこんなもんなのか”とか思ったりしちゃったりして……別にわざわざ自分から作ろうとしなくてもいいかなって思ってた。だから、その後告白してくれた子には、部活を優先したいからって断ってたんだ。でも……そのうち、部活優先で構わないから付き合ってみて欲しいって子が現れた。そんなに言うんならって付き合ってみたんだけど……結局、もう少しかまって欲しかったってフラれて。
そんな感じのこと何回か繰り返してるうちに、梟谷グループのマネちゃんズの中で、来るもの拒まず、去るもの追わずな男になっちまったわけ」


「最低だろ?」と肩を竦めた黒尾くんに言葉を噤む。無言は肯定だと分かっていても、そんなことないよと言うことは出来なかった。
黒尾くんをフった女の子達は、どんな気持ちで別れを告げたのだろうか。彼のことが好きで告白して、部活優先でもいいからと、彼女になろうとした。彼女になれば、恋人として付き合えば、今までとは違う少しでも特別な関係になれるとそう願って。でも実際は、“彼女”という名前だけを与えられただけで、望むような関係にはなれなかった。
きっと、黒尾くんももう分かってる。そんな風に付き合うことが正しくないことだと、黒尾くん自身も知っている。だから話すことを躊躇していた。話して、また、“軽い”とか“最低だ”とかそういう風に思われるのが怖くて。
もし私が赤葦くんに告白した時、同じ“好き”じゃないのに付き合えたたとしたら、嬉しかっただろうか。想像しか出来ないけど、でも多分、嬉しかったと思う。だって、彼女って響きを得られただけで、特別になれるような気がするから。だから、“もっと”って思っちゃう。もっと相手のことが知りたい。もっと一緒にいたい。もっと。もっと。


私のことを見て欲しい。


そんなふうに望んでしまったと思う。だけど。


『黒尾くんに告白してきた女の子の気持ち。私……分かる気がする。だって、私も好きだから。バレーボールを大事にしている赤葦くんが、好きだから』


切っ掛けは、バレーボールなんて関係なかった。関係なかったのに、気づくと、赤葦くんとバレーは切り離せないものなのだと思うようになっていた。赤葦くんのことを知ろうとすると、赤葦くんが大事にしているものが何なのか分かっていって、バレーボールは赤葦くんにとって、すごく、すごく大切なものなんだって、なくてはならないものなんだって、そう思い知った。
だから、赤葦くんとバレーを切り離して考えるなんて出来なくなった。むしろ、バレーをしている赤葦くんを見るのが大好きになって。そのおかげで、バレーボールの面白さを知れた。赤葦くんだけじゃなくて、木兎や木葉がどんなにバレーを頑張っているのか、知ることができた。


『誰かを好きになると、欲張りになっちゃう。もっと知りたい、とか。もっと話したい、とか。……付き合うってなったら、それ以上を望んじゃないかな?一緒にいたいとか、かまって欲しいとか』

「……今なら分かるよ、その気持ち。けど、今までの俺は分かってなかったから、だから……すげえ後悔してる。俺は自分のことを好きだって言ってくれた子達を傷つけてたんだなって」


今日初めて、黒尾くんの顔が俯いた。
きっと、顔を見られたくないのだろう。


『……確かに傷ついたと思う。赤葦くんに同じことをされたら、私も悲しい。……でもね、もし、もしも赤葦くんが私と付き合って、バレーを優先出来なくなってしまったらって考えたら、それは…………すごく嫌だなって思うの』

「え…………」

『……私が好きになったのは、冷静で大人っぽく見えて、でもちょっぴり天然で、人の気持ちを気遣えるのに好意には気づきにくくて……それに、すごく、すごくバレーを頑張ってる赤葦くんだから。……だからきっと、黒尾くんに告白して来た子達の中には、そう考える人もいたと思う。バレーを頑張ってる黒尾くんごと、好きになった子もいると思う』


考えが上手くまとまらない。けれど黒尾くんは黙って聞いてくれている。俯いていた顔を上げて、ちゃんと私の言葉を聞こうとしてくれてる。


『だから、なんて言うか……黒尾くんがその子達にしたことを肯定することは出来ないけど、その…………その子たちに悪いと思っているなら、これからもバレーを頑張って欲しいっ……!』

「は、」

『黒尾くんがバレーを頑張るって言うのは、その子たちに対して嘘をついたことにはならないからっ。そ、それに、バレーボールを頑張ってる黒尾くんを好きになった女の子も、きっと……そう願ってると思うから………だから………』


あれ、結局私、何が言いたかったんだっけ。
だから、その、えっと、と歯切れが悪くなり始めた私。そんな私に目を丸くして驚いていた黒尾くんが、次の瞬間、ふっと頬を緩めて穏やかな表情に変わった。


「さんきゅーな、名前ちゃん。もう変に隠したりしたくなくて話したのに……慰められちまったな」

『な、慰めるなんてそんな……!そうじゃないかなって思ったから色々言っちゃっただけで、』

「……もしそうなら、大丈夫」



「少なくても春高に行くまでは、何があってもバレーは頑張るから」



にっと歯を見せて笑ってくれた黒尾くん。落ち着いていて、大人っぽくて、ブラックコーヒーが似合うような人だと思っていた彼だけど、こんな風に笑うと、なんだか少し可愛らしい。「そうだよね、」と目尻を下げて笑い返し、甘いフラペチーノに手を伸ばす。同じようにカフェラテを飲もうとしていた黒尾くんだったけれど、ふと何かに気づいたように手を止めて、「あのさ、」と声を掛けられる。


『?なに??』

「今話したのはあくまで今までの俺の事で、名前ちゃんに対してはそんな風に思ってねえから」

『へ、』


ストローを咥えようとしていた口の動きがとまる。間抜けな声をあげて固まる私に、黒尾くんは更に続ける。


「今までは部活を……バレーを優先しなくちゃ成り立たないって思ってた。でも、多分それって、バレーと同じくらい大事にしたいと思えるもんがなかったからだよな。……けど、名前ちゃんと向き合うことは、大事にしたいって思ってる」

『っ、え…………えっ……と…………』

「バレー第一なのは流石に変わんねえけど。……それでも、今の俺の最大限を持って名前ちゃんには向き合うつもりだからさ、




そこんとこ、覚悟しといてね」


そう言って不敵に笑った黒尾くんに、真っ赤になった顔を少しでも隠そうと、甘い甘いフラペチーノを口の中に流し込んだ。
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