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三年生春(15)

四月が終わり、迎えた五月。
ゴールデンウィーク前半は受験生らしく勉強に費やし、後半のうち三日目は男バレの練習試合の見学へ。そして四日目は高校生活最後のゴールデンウィークを楽しむべく友達とわいわい賑やかに過ごさせてもらった。
四日間の連休が明けた登校日初日。朝から晩までバレー漬けだったらしいバレー部も今日ばかりはオフ日らしく、来て早々「身体重え……」と机に突っ伏した木葉にかおりが呆れたように息を吐いた。


『……だ、大丈夫なの、これ……?』

「毎年のことだし平気平気」

「……朝から晩まで練習試合で、最終日の夜は鬼の筋トレ祭りだぞ……?筋肉痛にならねえ方が可笑しいわ……」

『お、お疲れ様です……』


ゴンッと額を机に打ち付けた木葉に苦く笑う。
そう言えば、去年のゴールデンウィーク明けもこんな風になってたっけ。重たい身体をゆっくりと起こした木葉に、あっ、と思い出したような声を上げる。なんだよ?と怪訝そうにする木葉を尻目に、ポケットの中に入れていた飴を一粒取り出すと「どうぞ、」とレモン味のそれをそっと木葉の机に乗せた。


『お見舞いの品、みたいな』

「……そりゃどーも」


置かれた飴を受け取った木葉はそのままそれをポケットに仕舞う。「かおりも食べる?」と今度はいちご味の飴を取り出すと「大阪のおばちゃんみたい」と笑われたので、「そんなことないですー」とわざと唇を尖らせた。
その後すぐ朝のホームルームが始まり、一限と二限の授業を受け終える。休み時間になりスマホを起動させると、メッセージアプリを開き、未読のものがないかチェックする。たまに母からお使いの連絡が入ってたりするのだけれど、今日は母からの連絡はないようだ。安心して電源を切ろうとした時、ピコンっとメッセージマークが表示される。誰だろ?とそのままメッセージを開くと、送り主は黒尾くんで思わず隣の木葉を気にしてしまう。


「?なんだよ?」

『な、なんでもない、』


視線に気づいた木葉が声を掛けてきたけれど、首を振って誤魔化し、また視線をスマホの画面に戻す。


“お土産渡したいんだけど、今日の放課後時間ある?”


お土産。おそらくゴールデンウィーク中に行っていた宮城遠征の時のものだ。わざわざ買ってきてくれたのか。
既読にしたため、返信を打とうとしたのだけれど、何と返すべきか迷ってしまう。せっかく買ってきたものを受け取らないと言うのはあまりに失礼ではないだろうか。でも、ここで行ったら思わせぶりな態度になってしまうかもしれないし。
迷った末、「今度うちで練習試合する時に受け取ってもいいかな?」と返すと、「食べ物だから出来るだけ早く渡したい」とのこと。やっぱり貰うべきかなあ、と考えていると、返事を打つ前にまた一つメッセージが。


“てか、普通に名前ちゃんに会いたいだけなんだけど”


『………………』


スマホを持ったままピシリと固まる。
なんて言うか、すごい。こんな打つだけでも恥ずかしそうな台詞をあっさり送ってくるなんて。彼女がいた経歴は伊達じゃない。
尚更返事に困るメッセージに手が止まる。どうしよう、と思案していると、スマホが震え、三四通目のメッセージがぽんぽんと表示される。


“期待させるとか、そういうの考えなくていいから”

“俺のこと知る機会の一つだと思ってさ”


全部見透かされてる。というか、ここまで言わせておいて断るなんて選択肢さすがにない。
了承の旨を伝え、音駒まで自分が取りに行くことも付け加える。それなら中間地点で待ち合わせしようと黒尾くんが提案してくれたので、了解ですとスタンプを送る。待ち合わせ場所が送られて来たと同時にチャイムの音がし、慌てて携帯をカバンへ戻したのだった。






            * * *






電車を乗り継いで約30分。待ち合わせの駅に着くとまだ黒尾くんは来ていないようで、一先ず改札を出て直ぐの場所にあるベンチに座るって待つことに。
待ち時間を潰すためスマホを開いてみたものの、特に返すべきメッセージはなく、広告メールを一、二件開いた後またポケット戻してしまう。手持ち無沙汰になってしまい、仕方なく飴でも食べようとスマホを入れている方とは逆のポケットに手を入れると、取り出した飴がレモン味だったせいで、今朝この飴を渡した木葉のことを思い出してしまった。

結局、木葉にもかおりにも、黒尾くんに会うことは告げずに来てしまった。

伝えた方がいいかなと思わなくもなかったけれど、黒尾くんに関して何かと心配してくれている二人だ。会うことを伝えればきっと付き添いを申し出てくれたに違いない。折角のオフ日に付き合わせるのは申し訳なくて、結果何も言わずに来ることを決めた。
怒られるかなあ、と空を仰ぐ。手に取った飴は食べる気になれず、手のひらに乗ったそれに小さく息を吐いた時、「あ!いた!!!」と辺りに響いたやけに大きな声。何事かと慌ててそちらに視線を向けると、見覚えのある長身の男の子がブンブン手を振りながら駆け寄ってきて、ポカンと固まる私を他所に、目の前まで来たその子は「ちわっす!!!」と満面の笑みで挨拶してきた。


『え??こ、こんにちは……??』

「苗字さんっすよね!練習試合観に来てた!!」

『は、はい、苗字ですけど…………えっと…………確か、音駒の、』

「灰羽リエーフ一年です!音駒バレー部のエースになる男です!!」


ぐいっ!と顔を寄せてきた灰羽くん。距離の近さに身体を逸らすと、「おいこらリエーフ!」と叱るような声とともに灰羽くんの身体が離れていく。ホッとして前を見ると、灰羽くんの後ろには彼の首根っこを掴む黒尾くんがいて、その後ろには興味深そうな顔をして並ぶ音駒バレー部の人達が。
あれ、もしかして黒尾くん、バレー部の人達と帰る約束してたとか??ポカンとした顔で音駒バレー部の人達を見つめていると、「ちわ、苗字さんだよね?俺らのこと覚えてる?」とリベロをしていた男の子に話しかけられる。


『お、覚えてます。音駒の……リベロさんですよね?』

「そうそう。リベロの夜久衛輔ね。ちなみに三年」

「俺は犬岡走です!一年生です!」

「や、や、やまっ、っ、やまもっ、やまもっと……」

「こいつは山本猛虎。二年な」


「同い年だし、敬語はいいから」と気さくに笑う夜久くん。分かったという意味を込めて頷き返すと、黒尾くんの手から逃れたらしい灰羽くんが「夜久さんずりい!」と不満の声をあげる。


「俺だって黒尾さんの彼女さんと話したいのに!!」

『!?か、彼女!?』


思わぬ単語につい声を大きくしてしまう。慌てて否定しようとしていると、「彼女じゃねえって言ってんだろ」と呆れた声を漏らした黒尾くんが、ポカっと灰羽くんの頭を拳で軽く小突いた。
「でもお土産買ってきてたじゃないですかー!」「俺が勝手に買ってきただけだっつーの」「俺には買ってきてくれなかったのに!?」「居残り組にも菓子は用意してただろうが」というやり取りに、仲がいいんだなと少し感心する。黒尾くんは三年生で灰羽くんは一年生だ。部活の先輩なら物怖じされることもあるだろうに、今のやり取りを見る限りその様子はない。
「ほらみろ!!違ったろ!!」「違いましたね」と何故か安心している山本くんと、残念そうな犬岡くん。この二人も二年生と一年生だと言っていたけれど、オフ日でも一緒に帰っているくらいだ。三年生のことを慕っているのだろう。
微笑ましさに目を細めていると、あのさ、と潜めた声を掛けられる。声を掛けて来たのは夜久くんで、なにかな?と首を傾げると、チラリと一瞬黒尾くんたちを確認した夜久くんは、目元をそっと和らげた。


「ありがとね、黒尾のこと」

『え?』

「一年の時のやつ。黒尾に聞いたんだ」


パチパチと瞬きを返す。
一年の時。あ、もしかして、体育館裏での話か。


『あれはたまたま話しかけただけって言うか……そんなお礼を言われることじゃ、』

「けど黒尾が言ってたんだよ。あの時苗字さんが話しかけてくれたから、溜め込んでたものを吐き出せたんだって」

『そ、そうなのかな…………』

「そうなんだって。だから、一応チームメイトとしてはさ、うちのバカ主将救ってもらったお礼が言いたかったわけ」


にっ、と歯を見せて笑う夜久くんに自然と顔が綻ぶ。
どこのチームもきっと同じだ。梟谷の皆と同じように、音駒の彼らも仲間同士で支え合っているのだろう。
「おいそこ、何二人で話してんだよ」と拗ねたような声に夜久くんが振り返る。「嫉妬か?」と揶揄う彼に、黒尾くんは大きく息を吐いた。


「そうだよ。わりいかよ?」

「珍しく素直じゃん」

「うっせえわ。……ほら、用が済んだならアイツら連れてさっさと帰れ!」

「へいへい」


しっしっ!と追い払うような仕草をする黒尾くんに夜久くんがけらけらと愉しそうに笑う。「苗字さんまたね」と軽く手を振ってくれる夜久くんに小さく頭を下げると、帰るぞー!と後輩くん達に声を掛けた彼は、えー!と不満げな顔ををした灰羽くんの襟ぐりを掴んで歩いていく。そんな二人の後を他の後輩くん達が追い掛けて行ったのを見送ると、「わりいね、騒がしくて」とため息混じりの黒尾くんの声が。


『ううん、全然。むしろ、私の方こそ申し訳ないと言うか……』

「え?なにが??」

『黒尾くん、バレー部の皆と帰る約束してたんじゃないの?それでここまで一緒に……』

「違う違う。俺が名前ちゃんに会うって知って野次馬に付いてきただけだから」


や、野次馬って。苦く笑う私を他所に、くるりと辺りを見回した黒尾くん。すると、何かを見つけたように、お。と小さく声を上げた彼に「名前ちゃん、」と名前を呼ばれ、自然と黒尾くんを見上げ返す。


「折角だし、ちょっとお茶してかね?」


そう言って黒尾くんが指し示したのは、どこにでもあるチェーン店のコーヒーショップだった。
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