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三年生春(17)

「今年が最後の体育祭!!ぜーーーーったい!優勝するよ!!!!!」


やる気満々の体育委員の声に乗せられ、おー!!!とクラスメイトと共に返事をする。軽く突き上げた拳がなんだかちょっと可笑しくて小さく笑っていると、「スゲェやる気だな」と隣の席で木葉も笑う。

もうすぐ、体育祭がやってくる。

高校最後の体育祭。皆のやる気は一二年の時とは比にならないくらい燃え上がっている。ホームルームの時間を使って、出場種目を決めることになったのだけれど、進行する体育委員の二人はかなり熱が入っていて、出場種目を黒板に書くのにさえ気合いを入れている。
徒競走。リレー。100メートル走。綱引き。順番に並べられていく各種目を確認しつつ、自分が出られそうな無難な種目を探す。全員参加の徒競走はともかくとして、梟谷の体育祭は、必ず一人二種目以上出るようにしなければならないのだ。私のように特に運動が得意でない人間は、徒競走プラス目立ちにくい団体競技に出るのが定石である。
まず先に配点の高いクラス別対抗リレーと100メートル走の出場者が、50メートル走のタイム順に決まっていく。木葉はリレー、かおりは100メートル走への出場が決まり、黒板には既に二人の名前がある。続いて綱引きの選手を決めることになり、これだ!と手を挙げて立候補したのだけれど、希望者が多くジャンケンをした結果、あえなく敗退。
「ドンマイ」と苦く笑うかおりに肩を落としていると、続いて配点の高い二人三脚の選手を選ぶことに。男女でペアを組んで走る二人三脚。これはちょっとなあ、とそのままスルーしようとしていたのだけれど、「じゃあこれは……苗字ちゃん、いける?」と体育委員の矢野ちゃんの口からなぜか自分の名前が。


『…………へ??』

「だーかーらー!二人三脚!!出てくんない??」

『え!?わ、わたし!?!?』


ギョッと目を見開いて声を張ると、クラスメイト達の視線が集まってくる。「な、なんで私??」と思ったことを素直に尋ねれば、だって、と矢野ちゃんは教卓の上にある50メートルのタイム表に目を落とした。


「今二種目出てない子でタイム速いの、苗字ちゃんなんだよね」

『で、でも、私走るのはちょっと…………』

「そう言わずに!!ね??少しでも勝率あげようよ!!」

「そーそー!苗字さん別に遅くはないし、二人三脚なんだから練習すればどうとでもなるって!!」


そ、そうかなあ?教壇から降りて目の前までやって来た体育委員の二人に思わず席を立つ。「いや、でも、」と渋る私に、お願い!!と手を合わせて懇願してくる二人。クラスメイト達は黙ってことの成行を見守るようで、木葉とかおりも苦く笑っているだけだ。うう、誰か一人くらい助け舟を出してくれてもいいのに。
視線を右へ左へさ迷わせてみたけれど、目の前の二人が手を下ろす気配はない。これはあれか。うん、って言うまで動かないぞってことなのか。仕方なく肩を落として、諦めたように大きく息を吐く。「……分かったよ……」と渋々、本当に渋々頷けば、ぱっと顔を上げた二人にありがとう!!と手を握られた。


「んじゃ次は、苗字ちゃんのペアなんだけど、」

「あ、それ。俺が走ってもいい?」

「…………は、」


ぐるりと教室内を見回した矢野ちゃんの声に、廊下側の一番前の席に座っていた男の子、境田くんが手をあげる。
「お、境田やる気じゃん!」「いいねいいね!立候補万々歳!」と体育委員ペアが喜ぶ中、木葉だけが間の抜けた変な声を出している。
木葉の反応を不思議に思いつつ席に座り直すと、境田くんと私の名前を書くために矢野ちゃん達は黒板の方へ。そんな二人と入れ違うようにこちらへやって来た境田くん。きょとりと彼を見上げると、にっこりと爽やかな微笑みが返された。


「二人三脚、よろしくな」

『こ、こちらこそ、』

「俺、苗字と話してみたかったから、いい機会貰えて良かったよ」

『……え、私と?』

「そ、苗字と。……今日から練習してもいいみたいだし、早速放課後ちょっとやんない?」

『私は全然いいけど……境田くん、サッカー部だよね?部活は大丈夫なの??』

「部活前にちょこっとだけなら大丈夫だよ」


「また後でな」と軽く手を振って自分の席に戻った境田くん。そんな彼とのやり取りを見ていた木葉は何故か境田くんを睨みように見つめていて、かおりからは「名前、境田と仲良かったっけ?」と小首を傾げられる。


『ううん、別に。三年で初めて同じクラスになったし』

「だよねえ。………こりゃまた新たなライバルの登場か……?」

『?ごめん、なんて言った??ちょっと聞き取れなくて……』

「いーのいーの。気にしないでっ!」


「ね、こーのはー」と何故か木葉を見るかおり。話を振られた木葉は、ぐっと強く眉根を寄せて、かおりや私から顔を背けるように反対側を向いてしまう。不機嫌そうな木葉の様子に眉を下げていると、ホームルームの終わりを告げるチャイム音がし、体育祭の種目決めは一先ず終えることに。
放課後になった途端に廊下から聞こえてくる生徒の声。「部活だー!!ヘイヘイヘーイ!!」とよく響く声は間違いなく木兎のものだ。木兎の声に思わず笑っていると、エナメルバッグを背負った境田くんがいつの間にか目の前へ。


「じゃあ苗字。俺は部室で着替えるから、その後グラウンド集合でいいか?」

『うん、分かった。私も着替えてから行くね』


頷きを確認した境田くんは、「雀田と木葉もじゃあな、」とまだ席に残る二人にも声をかけてから教室を後にする。私も行かなくちゃ。慌てて帰り支度を済ませていると、「……おい、」と木葉に話しかけられ、顔だけそちらを振り返る。


『?なに??』

「……境田のやつに変なことされたら言えよ」

『はい??変なことって……体育祭の練習するだけだよ?』

「け、けどっ…………に、二人三脚の練習すんだろうが……」

『そうだけど…………あ、もしかして、肩組んだりするから心配してくれてるの??』

「っ、そ、そうだよ!!普通気にするだろうが!!」


そうなのだろうか。正直あまり気にしてなかった。
相手か赤葦くんだとしたらまた違うのだろうけれど、ただ体育祭の二人三脚で走るために肩を組むだと考えれば、特に意識する必要もない気がする。「大丈夫だよ」と軽く笑って鞄を持つ。早くしなければ、境田くんを待たせてしまう。また明日ね!とかおりと木葉に手を振って少し足早に教室を出ると、「……ドンマイ木葉」と慰めるようかかおりの声が聞こえた気がした。

その後。更衣室で着替えてグラウンドに向かうと、既に境田くんの姿が。慌てて駆け寄り「待たせてごめんね!」と謝ると、「気にしなくていいって」とからりと笑われる。爽やかだなあ、と変な感心をしていると「早速練習するか」と言われ、まずは足を揃える所から始めることに。
肩を組み、いち、に。いち、に。と二人で声を出しながら足を動かしていく。周りには他にも体育祭の練習をしている人達がいるせいか、あまり目立っている様子はない。時折声をかけてくるのは、境田くんの友達くらいだ。
暫く練習したのち、少し休憩を挟むために二人でグラウンドの隅に座る。こんな風にグラウンドを見ることってあんまりなかったな、と体育祭の練習や部活の準備をしている様を眺めていると、「あのさ、」と境田くんに話しかけられ、視線を彼へと移す。


「……さっき、苗字と話してみたかったって言ったろ?」

『あ、……う、うん、言ってたよね?あれってどういう意味だったの??何か聞きたいことがあったとか?』

「………………実は俺…………その………………」

『???』

「………………す………………雀田のことが…………気になってるんだ…………」

『えっ!!!』


思いもよらぬ発言に、これでもかと目を見開く。気になってるって、つまり、“そういう意味”でってことだよね??
きゃー!!と舞い上がる心をそのまま、「いつから?え、いつからなのっ??」とつい境田くんに詰め寄ってしまうと、ほんのり頬っぺたを赤くした境田くんは照れ臭そう頬をかいて、懐かしむように目を細めた。


「……二年の時、うちのグラウンドで練習試合してさ。そん時俺、めちゃくちゃ調子に乗ってて……最低限のパスしか出さず、ゴールしか見えてなかった。そのせいで監督から一旦頭冷やせって外されて、むしゃくしゃしながら部室に戻ろうとしたんだ。そんとき、偶然バレー部の部室から雀田が出てきたんだ」

「一年の時同じクラスだったけど、まともに話したことなんてなくて。けど雀田は、そんな元クラスメイトの俺に“なんかあったの?”って声掛けてくれた」

「イライラしながら練習試合から外されたこと雀田に愚痴ったら、物凄いどうでも良さそうな顔でふーんて言われて。聞いといてそんな反応かよって雀田にもムカついてたら、グラウンドの方を向いた雀田が“サッカーって11人制だっけ?”って聞いてきた」


“そうだけど……それがなに?”

“……バレーはさ、6人制で一人が連続してボールに触ることは出来ないの。だから、絶対に一人じゃ勝てない。どんなに上手くても、どんなに強くても、たった6人の仲間とボールを繋がなきゃ勝つことは出来ないの”

“っ、だからっ、それがなんだって、

“11人もコートにいるのに、どうして一人で勝てるなんて思えるわけ?”


「ガツン!て、殴られたみたいな感じだったよ」

『……ふふ。なんか、かおりらしいかも。……その日から、かおりのこと?』

「……うん。いつの間にか目で追うようになってた。二年の時はクラス違って話しかけるチャンスも中々なかったけど、今年また同じクラスになれただろ?……このチャンスを逃したくないって思って、それで……卑怯かもしれないけど、まずは雀田と仲がいい苗字に話聞いて貰えたらなって」


なるほど。それであんな事言ってたのか。
「やっぱ卑怯だって思うか?」と不安そうに眉を下げる境田くん。そんなことないと首を振って見せれば、境田くんは少し以外そうな顔をした。


『境田くんの気持ち、分からなくないよ。好きな人と仲良くなりたくても、いざ話そうって思うと緊張しちゃったりして上手くいかないよね』

「……苗字も、そういう経験あるってこと?」

『……あるよ。でも、私の場合はもう終わっちゃった恋だから。……でもね、その時私も好きな人と仲良くなるのに結構手伝ってもらったりしてたの。だから、もし境田くんが卑怯なら、私も卑怯者だから………一緒だね』


へらりと笑って見せた私に、境田くんが小さく目を剥く。けれど、境田くんは私の終わった恋についてはそれ以上触れてくることはなくて、「頑張るよ、俺」と一言だけ言ってゆっくりと立ち上がった。
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