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花を持つ俺の手を握るルノアの手はとても温かい。見つめてくる瞳は僅かに潤んでいて、湛える表情は嬉しさと悲しさを混ぜ合わせたようにも見えた。

君が初めて出会ったときの事を謝ろうとするのを遮ったのは、俺が謝ってほしいと思わないからだ。彼女の怒りはもっともで、恨みを抱くのも必然だった。そしてあの場所に居た人間の中でそれを止められるのも絶対に止めたいと思ったのも自分しか居なかっただろう。

俺を信じてくれたからこそ繋ぐことの出来た未来。共に過ごす時間の中で信じてくれる彼女を裏切ることなく過ごしてきたからこそ、今度は相手が今を繋いでくれる。

悔やむ言葉ではなくありがとうの言葉を選び取り、それを俺に言ってくれたことを本当に良かったと思いながら、俺は彼女から気持ちの籠もった美しい一輪の花を受けとったのだった。


その後。
サマサを後にした俺達は、全員で今度の目的地をジドールにすることを話し合いで決定した。理由としては人々の往来も多い大きな街ならば、他の仲間が立ち寄る可能性もあるはずだからだ。

俺と一緒に部屋に居たルノアは窓の外から街を見た瞬間、見てみたいと言って早々に出て行こうとする。
少し待ってくれと言葉で鎮めながらセッツァーとセリスをパーティーに加えて、一番大きな屋敷であるアウザー邸へと情報を聞きに向かった。

ジドールの街を歩いている時に気付いたのだが、他の場所とは違い被害が少ないように見える。気位の高い者達が多いここなら修繕をするくらい難しいことではないのだろう。ジドール特有の環境に目を向けなら階段を登り最奥にある邸宅へと到達した俺達は家の中に入っていく。

すると部屋の中は一切の明かりも点いておらず人の気配も無かった。
不思議に思いながら二階に続く階段を上がっていくのだが、突然聞こえた声と共に体が押し戻されたのだ。

一階に居たセリスが声を上げたことに気付き駆け寄ってみると、突然机の上に一冊の本が出てきたと言うのだ。見間違いじゃないのかと茶化すセッツァーに怒るセリスを尻目に、ルノアが普通にそれを読み出した。

「アウザーという人の日記みたい」

一通り中身を読んだルノアが要約してくれた内容は、大きな絵を買ったことや画家を雇ったことなどが書かれているそうだ。ここ最近のものとしては自分の体調が優れない理由は絵を描かせているせいだと言っているらしい。

「地下室の方から変な音が聞こえるような気がする…。そんな事が最後のページに書いてある」

「へ、、、変な声って何なの!?」

「オバケだな」

「いい加減にしてセッツァー!」

またも悶着し始めるを2人を差し置きルノアが階段にある電源を入れた。その瞬間、パチンという音と共に目が眩むほどの明かりによって部屋全体が一気に明るくなった。

見通しも良くなり、そのまま全員で二階にある絵画を見て回ると、描かれているものが全部本物に見えるほど出来の良いものばかりが飾られていた。
だが、その中に異質ともとれる絵が目に留まり、否が応でも足が止まってしまう。

「ガストラ皇帝じゃないか・・・」

因縁のある人物の肖像画だけに、あまり長々と見れるものじゃないなと思いながら、過去の事だと通り過ぎるようにして別の場所へと歩いていった。

それから全員で二階をくまなく探してみたが、家の主であるアウザーの姿は一向に見つけられない。ここに居ないとなると日記に書いてあった内容どおり何処かに地下へと続く場所があるという事なのだろうか。

「――…ッくそ!!敵が出てきやがった!!」

セッツァーの声に慌てて集合すれば、そこに居たのはまるで女性の姿をしているモンスターだった。そのモンスターが絵から出てきたなどと絵空事の様な話をするセッツァーに今度はセリスが文句を言っている。
騒がしいまま戦闘に突入し速攻で敵を片付けた後、絵が納まっていた筈の額縁がいつの間にか木製のドアに変化していたのだ。奇怪な現象に頭を悩ませながらも、出現した扉を開けて奥へと進んでいけば真っ暗な部屋に地下へと続く階段が用意されていた。

その後も絵の中に取り込まれたり、勝手に開閉を続ける扉が道を塞がれる。空中に浮かぶ宝箱に襲われるなどの不可解な出来事を潜り抜けた俺達は、もはや何が起きても驚きはしないようになっていた。

最後の扉を潜り抜けると、階段を上がった先に電気も付けずに長椅子に座っているアウザーの姿があった。話を聞くため近寄った途端、相手はいきなり縋るようにして俺の腕を掴んできたのだ。

「た、たのむ……あの絵を助けてくれ……」

「あの絵…!?」

絵を助けるとは一体何を示しているのか分からずにいる俺達に、アウザーは大事な女神の絵に魔物が取り付いたと話す。魔物が絵に取り憑くなど…と考えたが、ここまでの間に起こった現象を考えればそれを否定するのは難しい事かもしれない。

「こいつが絵の中に隠れてなかなか姿をあらわさない…」

アウザーが話した瞬間、後方で女性が驚く声が聞こえてくる。部屋が暗くて分からなかったが、誰かが絵を描き続けているのが分かった。

「リルム!女神の絵に攻撃しちゃいかん。とんでもない事になるぞ!」

絵描きの正体がリルムだと知って姿を確認しようと近寄よろうとするのだが、絵の内側から敵が突然蠢くように襲ってくる。美しく描かれた女性の後ろに潜む悪霊は女性を隠れ蓑になかなか姿を現そうとはしなかった。

アウザーが言っていた女神の絵に攻撃するなという言葉が引っかかり手出し出来ずにいると、稲光が起きたのをキッカケに女神の姿が徐々に変化していく。

黒い装束を纏い茨のような蔦を巻きつけた悪霊が姿を現したのを見て、今が攻撃の機会と判断し全員で仕掛けていく。
しかし時間が経てば悪霊は絵の中に戻り、反対に女神が姿を現した。攻撃を止め、悪霊が姿を現すタイミングを狙いながら戦闘を続けていくと、力を失った悪霊は黒い煙のようになって消えていったのだった。

ようやくの思いで敵を倒すと、リルムがアウザーに魔物を倒したことを報告する。安堵の溜息を漏らすアウザーは女神の絵を自分の命よりも大事なものだとリルムに話していた。

魔物が取り憑いた経緯を聞いてみると競売所で買った石を見てラクシュミの絵が欲しくなり、それを描く画家としてリルムが選ばれたようだ。
絵を描いている途中で魔物が取り憑いたのは石の魔性に引き寄せられたのかもしれないと話すアウザー。念のためその石を見せてもらえば、緑色に輝くラクシュミの魔石だった。

酷い目に遭うのはこりごりだと、自分の行動に懲りたアウザーにそれを持っていってくれと頼まれた俺は、手渡された魔石を隣に居たルノアに手渡した。

無事に元凶を取り除き、今後のことも兼ねてリルムに声を掛ければ彼女は俺達と共に行くことを決めたようだ。去り際に振り返ったリルムは最後にラクシュミの絵を完成させる為に必ずここに戻ってくるとアウザーと約束を交わしてから屋敷を後にした。


リルムを仲間に加え、アウザー邸から戻ってきたのは夕刻を過ぎた辺りだろうか。飛空艇へ向かおうと街の中を歩いていたのだが、ニケアの中央通りを走り去るマッシュの姿が遠巻きに見えた。
船に1人で戻る姿を目で追いながら、何かあったのかと直感的に感じてしまうのは弟の隣にユカの存在がないからかもしれない。

すると俺の隣を歩いていたルノアが、何を思ったのか唐突に先に戻ると伝えてきたのだ。

「どうかしたのか?」

「あの人と…ではなくてマッシュに話があるから」

「それは今か??」

「そう」

「うーん…今か……。時間を改めたらどうだ?」

「一人の時の方が話ができる。それじゃあね」

早々にマッシュを追いかけて飛空艇へと入っていくルノアを見て、話が現状よりも拡大しない事を願うしかなさそうだと思いながら俺も船内へと入っていった。

それから程なくして廊下で鉢合わせたのはユカだった。見るからに気持ちを沈ませているのが分かり、マッシュとの間に問題が起きたのはほぼ確定とみていいだろう。

憶測を巡らせる俺の前で俯いたままの彼女は何故かマッシュではなくルノアの居場所を聞いてきた。
今は弟と話をしている事を伝えると、ユカは手にしていた2つの魔石を俺に差し出し、それを俺からルノアに渡して欲しいと頼んでくる。

自分からではなく逃げるように頼む様子に自分で渡した方がいいと伝えれば、言葉を詰まらせる彼女。ジドールと魔石の出所に関係性がある事を先程のアウザー邸で認知していたせいもあり、原因はそこにあるのかもしれないと思えた俺はユカに声を掛けていた。

「君は他人に聡くても自分には相当疎いようだね。…少し話をしようか」

ひと気のない場所まで移動してユカと向き合えば、彼女は俺が何も言わずとも今日起きた出来事を話してくれる。
普段なら悩みをあまり口にしない性格なのに、こうして誰かに話すということは心が苦しくて仕方がないんだろう。相手の言葉に耳を傾け、発端が何なのかを探っていけば、それはあまりにも悲しいものだった。

競売所で魔石を買おうとしたユカ。
欲しかった理由はルノアが魔石を探していたから。
幻獣と関わってきた俺達なら魔石の大切さは重々承知している。
けれど、それを手に入れようとした手段が間違っていたんだ。

「皆が別々なように、人それぞれ大事なものは違う。君にとって一番大事なことは魔石を手に入れることなのかい?」
「………でも」
「でもじゃない。君は君自身と魔石を天秤にかけ魔石を選ぼうとしたんだ」

たとえそれがマッシュじゃなくてもきっと彼女を咎めただろう。
けれど、マッシュだからこそ余計にそれを感じたはずだ。

自分を犠牲に魔石を手に入れたいだなんて、どうしてそんな事を言ってしまったのか。なぜそこまで自分を軽視するのか。そしてそれを何で誰にも相談しなかったのかと相手に聞けば、彼女は手をぎゅっと握り締めながら答える。

「何かをしたかったんです…。力になりたかったから…」

みんなの力になりたいと思う気持ちを持つのは理解できる。
けれど、彼女にはそれよりも大きい思いがあるのは分かりきっていた。

「違う筈だ。皆以上に特別なものが君にはある」

心を隠す必要などないのに、必死になって見せまいとする彼女の姿。そうしているのはユカだけではなく、弟であるマッシュにも言えることだった。
本心を語る機会を持てないなら、今を利用して作ってやるべきだろうと考えた俺は、ユカの後ろ背に見えた人物に目配せをした。

俺の言葉に背中を押されるように、彼女は奥底にしまい込んでいた胸の内を語っていく。苦しそうな表情の中に在る確かな想いも言葉となって相手にもしっかりと届いている事だろう。

「だったらどうすれば許してくれるのか、本人に直接聞いてみるといい」

「―――………え…?」

俺が目線を別の場所に移せば、それにつられる様にして後ろを振り返る彼女。そこに居たのは今のユカと同じように切ない表情を湛えるマッシュだった。

向き合う2人の様子に、俺は自分の役目を終えてその場所から離れていく。そしてもう1人の立役者であるルノアと一緒に宿屋へと向かって歩いていった。

「偶然だったか?」

「多分。でも変だと思ったから探していた」

「起こるべくして起きたのなら必然かもしれないな」

「エドガーとしては当然の事だった?」

「きっと君が今から道具屋に行こうとしているのと同じくらいだ」

「ッ…それは…ただ必然的にそうなっただけで!」

「オペラ座についての本があるぞ」

「オペラ?それは何??」

「本を買う前に話してもいいのか?」

言葉の掛け合いで相手を茶化せば当然のように相手がムキになるから必然的に俺は置いていかれる。相手と言葉を通してやり取りする時間が楽しくて仕方がない俺は、後を追うように道具屋へと入っていったのだった。

「また会ったな」

「分かっていたんだからそれは当然でしょう?」

「いや、必然の方が近いかもしれない」

「なぜ?」

「さあ、何故だと思う?」

たとえ知っていても来なければ会えない。
俺が行くと決めたから会えた。
つまりこれは当然じゃなく俺の選んだ必然だ――。


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