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今の私は彼にどうやって考えを伝えるべきなのだろう―――。

悩んだ心を抱えていた私は、彼の部屋に行く前にサマサという村に作られた墓石の前に1人で立っていた。
深い溜息を零しながら過去の出来事に耽っていた私に、ユカが声を掛けてくれた事が取っ掛かりとなり進めなかった一歩を踏み出すための転機が訪れた。

「ルノア、どうかしたの?」

そんな一言を掛けられただけで僅かに気持ちが軽くなるような感覚がしたのは、きっと今の自分が救いを求めていたからで、だからこそ気付いてくれた彼女に胸の内を話してしまったのかもしれない。

「エドガーにしてしまった事を謝りたいと思うのに…言葉がまとまらない」
「難しいね…言葉って。色々な事を伝えられるのに、でも上手く言えない事もあって…」
「ごめんなさいと一言で済まないのは分かっているのに見つからないんだ」

憂いを感じながら空を見上げていると、隣に居たユカが造花は作れるようになったかと聞いてくる。上手くはなけれど形を作ることが出来ると答えれば、彼女は造花作りに必要なものを密かに持ってきてと言ってきたのだ。

理由も分からず指示に従い内密に家まで運んでくると、今からここで作ることになってしまった。
隣に居たユカが私に提案したのはただ一つ。花弁の形だけだった。普通の花と形が違うのはどうしてなのかを相手に聞いてみると、それは気持ちを表しているからだと彼女は教えてくれた。

「気持ち?」
「うん。ありがとうとか、ごめんとか。嬉しいとか好きとか色々」
「……ありがとうの気持ち」
「ハートは心の形を模してるんだって。だから気持ちを形にして渡せば伝わる事もあるかもしれない」

感情を形にするなんて今まで考えたことすらなかった。言葉だけでは難しいと思うからこそ、伝わらないものを埋めるための一つの方法だと話してくれた。

そのとき、自分が最近感じた“伝える”という感覚が当てはまる行動を思い出す。ナルシェでエドガーの為に紅茶を入れたいと考えた私の心の中には、相手の優しさに感謝する思いがあって、もしかしたらそう言う事なのかもしれないと気付いたからだ。

物だけではなく行動にも反映されるのならば、自分は既にそれを知らず体感していたということになる。あの不思議な感覚を思い出していると、ユカが造花を作る私に“気持ちが篭っているなら貰った相手も嬉しい筈だよ”と言ってくれて、そうであって欲しいと願ってしまった自分がいた。


出来上がった一輪の紫の花を手に持ちながらユカに見送られて家を後にした私は、それを自分の背に隠しながら飛空艇に向かって歩いていく。
どんな風に語ればいいのか迷っていたけれど、思っている事を隠したりせずに話そうと決めたのだ。

けれど…。

いざ部屋の前に立つと、ドアをノックしようとする自分が緊張している事に気付いて小さく息を吐き出す。呼吸をしっかり整えた後、いつものようにドアを叩いたいつもりだったのにまるで今の自分を表すかのような弱々しい音がした。

相手の返事を聞いて踏み出すように部屋に入れば、エドガーは私が本を読みに来たと思っているようで、いつものようにソファーに座ることを勧めてくれた。

そんな彼にきちんとした受け応えも出来ずにソファーを通り過ぎていく私は、笑みを湛える相手の顔が上手く見れず、視線を逸らしたままエドガーの前まで歩いていく。
ようやく向き合うところまで来たのだが、彼の名前を呼んだだけで気持ちが強張り言葉が続かずそのまま黙ってしまった。

自分の気持ちも言えず臆するばかりの自分が嫌になっていると、それでもエドガーは私が話すのを静かに待ってくれている。後ろ背に隠した花をぎゅっと強く握り締めながら目を瞑り、思い出す記憶を辿りながら自分の今までを話すことを決意した。

「愚かだった小さな子供は大きくなった。そして今…とても悔やんでる」

昔話の続きとして彼に語る物語は、以前と同様に幸せの欠片など一切無い。
だとしても伝えたい事があったから。

ティナの呼びかけに応じて出て行った世界で幻獣たちの力が突然暴走してしまった。皆は自らの力を押さえ込もうとしていたけれど、どうにもならないのが分かった。なのに自分は仲間を止める事も出来ずに壊れていく建物や人を見ている事しか出来なかったのだ。

暴走する皆が何かに引き寄せられるようにして洞窟へと向かい、そして隠れるように潜んでいた私達の前にティナは現れた。

平和を望むティナ達の考えにユラは賛同し、自分達幻獣がしてしまった罪をサマサの村で出会ったレオ将軍に対して潔く謝っていた。相手もまた自らの責を改め、許しを願う様子を見て人間に対する考えはあまりに偏ったものだったのかもしれないと思えた。

私が初めて外界で出会った人間達はティナと同じで優しさを持っている存在だった。そしてその人たちはティナを連れ去っていった時の人間とは違った。ティナがいることや、出会った人達が違ったからこそ信じる事が出来た。

「けれど…全てがそうじゃなかった」

突然、自分の目の前で仲間が…ユラが消えてしまったのだ。
魔石になっていく皆を見て、状況を理解する事が出来なかった。

「自我を失うようにして敵に立ち向かった私は…結局相手の魔法を受けて意識を失ってしまった」

そして、意識を取り戻した瞬間、全てが変わっていた。
何も分からず混乱する気持ちに体がざわめき、ティナの声も届かなかった自分は沸き起こる衝動だけで言葉を発して行動を起こしていた。

「道を指し示してくれたユラがいなくなった事で何を信じればいいのかわからなくて」

その結果として。

「私は…ッ…貴方に全てを向けてしまった」

戸惑いと怒りしかなかった自分。
仲間を奪い返したい、偽った人間が憎い、そして1人残った自分に対して無力さしかなかった。何も見えていなかった私に貴方が道を示してくれたんだと気付くのに、こんなにも時間がかかってしまった。

だからこそ今、この村に訪れた事で自らの行いをしっかりと省みることが出来たんだと。

「ユラが望んだお互いの平和。…そして、自らの過ちを私は認めなくてはいけない…」

謝る言葉だけで済まないのは分かっている。
だけど、それは絶対に言わなければいけない言葉だから。全てを許してもらえるなんて思っていない、許されなくても構わない。だけどほんの僅かでもあの時のことを悔いている自分がいる事を伝えたかった。

「エドガー。あの時は本当に――…ッ」

相手の目をしっかりと見て、逃げる事無く言葉を伝えようとした瞬間、彼の長い指先が私の唇を塞いでいた。喋ることを禁ずる動きは、まるで今の言動を受け入れるのを拒んでいるかのようだった。

「もし君がその先を言うなら、俺のした事も君がしたことも間違いだったのかもしれない」

彼の手を掴んで指先を唇から離した私は、エドガーの言葉が理解出来ずに聞き返すことしか出来なかった。

「……どういう…意味?」

「当事者だったにも関わらず、全てが後手に回り状況を見通すことが出来なかった俺に責任があるのは明白だ。リターナーが壊滅し、帝国に協定を潰された。そして共に歩む筈だった幻獣達を助けることすら出来なかった」

「けれどそれは…!」

「ルノアの怒りは当然だ。そして俺に向けられた全てが正しい」

「ッ…そんな筈がある訳」

「俺を“信じて”くれた君が、俺に謝る必要がどこにある?」


今の言葉によって思い出したのはサマサで彼が私に言った言葉だった。

“どうかもう一度だけ人間を…“俺を”信じてくれないか”

あの時の私は彼に剣を向けた挙句、存在を消すことも辞さないと言っていた。負の感情に飲み込まれ自暴自棄な行動をする私の前に現れたエドガーは身を挺してそれを止めてくれていたのだ。

自分の行動だけを反省して謝まればいいだなんて自分は何処まで愚かなんだろう。考えの全てが足りなくて、それなのに頭を下げようとしていたなんて。

彼に謝る事で相手の行動が否定されてしまうのなら、自分は一体どうすべきなのか。紡ぐ言葉も見つけらないくせに、感情を形にしたいだなんて出来る訳もなかったんだ。

手の力が抜けて指先から滑るように離れていった造花が、枯れるように床の上に儚げに落ちていく。逃げ出すことも喋る事も出来なくて立ち尽くすだけの私に、造花を拾い上げたエドガーはそれを言葉と一緒に私に差し出した。

「俺を信じてくれてありがとう、ルノア」

「―――――………ッ」

あんな事をしてしまった私に対して怒ることも責めることもせずにお礼を口にするエドガー。それどころか全てを許容し、伝えたかった筈の苦しい気持ちまでも違う思いに変えてしまった。埋められないものを埋めたくて模した花なのに、渡す筈の相手から別の形となって返される。

そして今、ようやく分かったんだ。
私が言わなければいけない言葉が何なのかを―――。

「エドガー…。…ありがとう……ッ…」

もしもあの時、貴方が居なかったら私は間違いなく何も出来ずに命を落としていただろう。恨む気持ちを抱えて悔しさだけを残して死んでいた筈だ。
こうして何かを知って貴方に言葉を伝えることも出来なかったのかもしれないと思ったら怖くてたまらなかった。

そんな事を思った瞬間、胸がズキズキと痛んで瞳の奥が熱くなっていった。
感じたことのない感覚に襲われながら、エドガーに差し出された花を彼の手の上から握り締め、今度は私から貴方へ渡そう。

紫の花弁の形に想いを込めて、枯れることのない花を相手に贈る。
生涯忘れはしない、私を救ってくれた貴方の言葉を・・・。


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