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俺が船でサウスフィガロからコーリンゲンへ出掛けている間、ルノアはここに留まり城と仲間を探す。取り決めた内容を確認しながら船の準備が整うのを待っていると、彼女がこの町について質問をしてきた。
昨日、部屋のテーブルに置かれていた本の内容がこの土地一帯について書かれていたのを思い出す。相手はその影響で話を持ち出しただけであって、聞かれているのは別に俺の事ではない。なのに、その先を考えると自分の気持ちに陰りが生じていく。

サウスフィガロ、そしてフィガロ城。俺は自分のことを彼女に説明していない。教えたのは本名だけで、後は何も語らなかったからだ。
別に隠していたつもりはないが、俺の事を知ってどう思ったのだろうかと…考えてしまった。

「ルノア」

「何?」

「本はもう全部読んだのか?」

「ええ。置いてあるものは一応」

「そうか…。だったら俺の事も?」

立場を知っているのかと真相をあえて掠めるような言い方をすれば、俺の顔を見ながらそういえばと急に言葉を詰まらせる彼女。
その様子を見た俺は、どこか諦めたように視線を逸らし地面に転がっている石に目をやった。

今まで俺の立場を知った人達は、必ずと言っていいほど知る前と後では態度に変化が出る。それは言葉遣いだったり目の色だったり関係性だったり色々なものがあるが、国王という存在がどんなものかを知っていればいるほどそれは如実だった。

だから今、俺が改めて聞いた事で彼女がそれを再認識してしまい、変わってしまうんだろうと思えた。

聞かなければ良かったが城が見つかればいずれは知れること。
ならばいっそ聞いてしまいたかった。
結果的には侘しさを感じたがそれは仕方の無い事だと割り切っていると、急に彼女は短く“あ!”と声を発した。

「ッ…ようやく思い出した。図書室というのがあるのは本当なの?」

「・・・・・・図書…」

「沢山の本が収めてあると書いてあったけれど」

「あ…ああ。確かにあるが」

「本当に!どれくらいなの?」

「いや、ルノア…。俺は国王としての俺を君がどう思ったのかを」

「別に」

「―――――………」

「それよりも図書室について詳しく教えて欲しい」

一体どれくらいの本があって、どんな内容のものがあるのか。期待するような目でこっちを見てくるルノアは、俺の地位など気にもしていなかった。

「…ふ……ッははははは!」

「っ!?…急にどうしたの……エドガー…」

突然笑い出した俺に驚くルノアだったが、俺は驚きを通り越したから笑ったんだ。彼女の前では国王がどんな存在であろうと“別に”という短い一言で片付けられてしまう程度の価値しかなかった。

だから笑えた。
ここまで無頓着で無慈悲に言われたことなど、ロック以外には俺の記憶の中では居ないからだ。

知る前も知った後も、何一つ変わらずにいてくれる存在は多くはない。生まれたときからそういう立場だったからこそ、周りが勝手に俺に価値をつけてくる。

大切だから大事にしてくれる人。
利用できるから大事にしたいと思う者。
沢山の目が俺に向けられ、それをいつも感じながら生きてきた。

でも、彼女は俺の事を何も知らない。
目の前の俺を見て、言葉を聞いて、行動を理解した上で彼女自身が感じた事を口にする。

それは、俺が誰であろうと知った後でも、何も変わらなかった。

「エドガー。もしかして…教えてくれないつもりなの?」

鮮やかな紫の瞳が俺の答えを求めて見つめてくる。
この瞳と初めて視線が重なったあの日、“お前は何者だ”と問われた瞬間から俺は答えを探している気がする。

「教えない。今はまだその時じゃないからな」

「な、何故!?」

「自分で確かめた方が面白いからだ」

城を見つけてくるまでの楽しみにしてくれと話しながら、出発の汽笛を鳴らす船に乗り込んでいく。訝しげな表情をしながらも見送ってくれる相手に、よろしく頼むと声をかければそっぽを向いて歩き出してしまった。
背中を向けるルノアの事を笑っていると、船が港をゆっくりと離れていく。

お互いがまたここで再会するまで、自分のやるべき事をしようと意気込むように手の平を強く握り締めながら目指す先を見つめる。
すると、港から思いもよらない言葉が俺に飛んできた。

「私は心配をしない!無事であることを確信してる!」

それが彼女なりの考えなんだと知って、俺も自分が思った事をルノアに伝えた。

「だったら俺は君が無事でいられるように心配をする!」

対照的な考え方であっても最終的には同じ答えが出るように、またここで互いが落ち合うことを疑わない。
確固たる後ろ盾があるのなら、しっかりと前だけを見て先に進むことが出来る。俺と彼女は片手を挙げて別れの挨拶を交わした後、それぞれの役割を担うために動き出していった。


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