EP.72
「こんなオンボロの船がよく飛べるなぁ…落ちないのか?」
「落ちるときは落ちるもんだ…人生とは運命を切り開く賭けの連続…」

ロックとセッツァーが交わす会話を耳にしてると、やっぱり彼は変わっているなと思うばかりだ。

大きな飛空挺で帝国上空を飛ぶのは目立ち過ぎるという事になり、少し離れた場所に着陸する事になった。
海の上を飛び続け、地平線の向こうから見えてきたものは、電光に照らされる巨大な建造物。南の大陸の中央に見えるあの建物こそが目的地の帝国首都ベクタ。
敵に見つからないよう大きく迂回して、大陸の南にあるアルブルグというの町の近くに飛空挺は着陸した。

「首都の様子を少しでも把握する為に、町で情報を手に入れた方がいいだろう」

皆が外出するのを飛空挺の中で待っていようと思っていたら、エドガーが一緒に行こうと私を誘ってくれた。

「必要なものがあれば買っておいた方がいい。きっと町は帝国兵だらけだろうからね」
「ありがとうございます」

帝国の大陸に来た事で、今後は町に出入りするのも危険だろうという彼の配慮だった。それに、今までとは違い戦いが起こることを考えれば、行動は制限されてしまう。

アルブルグの町に入る前から、入り口には魔導アーマーが配備されていた。しかもあちこちに鎧をまとった帝国兵が我が物顔で歩いているせいで、穏やかな雰囲気は感じられない。

情報収集と必要なものを揃える為に飛空挺から降りていく皆。
自分はいつもの流れでマッシュと一緒に町を回り、状態異常を防げるアクセサリーを探しに店へと足を運んだ。

並べられた商品に目を向けていると、店の奥から人の声と陽気な音楽が聞こえてくる。気になった私たちは買い物を済ませた後に、正体を突き止めることにした。
代金を払いアクセサリーを鞄の中にしまってから、2人で細く続く廊下を進んで行く。するとそこは、パブと繋がっていた。

かなりの人数の兵士と踊り子がひしめき合い、まるで帝国が貸し切っているかのように見える。騒がしい店内に耳を塞いでいるとマッシュが出ようぜと指で合図を送ってくる。それに頷き、人の隙間を通り抜けて下へと続く階段を降りていった。

ふぅと一息つきながら耳を覆っていた手を放すと、町の住人が帝国兵に対して嫌味を言っているのが聞えてくる。
どうやらパブの店主もこの状況は不本意ではないが、自分の店が賑わい儲かっている事は確かだと、そんな話を私達にしてくれた。

「人手が足りないくらいでね。良かったらどうだい?可愛らしい娘さん」
「え……っと」
「俺達は忙しいんだ!ほら、さっさと行こうぜ!ユカ」

自分が断る前にマッシュに連れられて店を出る。あんな強い言い方をしなくても普通に断ればよかったのにと話したら、彼は訝しげな顔をしてみせた。

「ここは帝国の領地なんだぞ?」
「分かってるけど、お店の人は別に」
「それに、ユカはああいうの絶対向いてないしな」
「え…?向いてないってどういう事?」
「相手に擦り寄ったり、煽てたりすることだよ」
「別にそんなことないと思う」
「いや、出来ないって」
「やろうと思えば出来るよっ」

何だかマッシュの言い方が無理を前提としていて、何も出来ないと断言されたような感じが凄くした。だから、意固地になって反発してしまい互いの雰囲気が一瞬にして悪くなる。

「こんな話、もういいよ。飛空挺に帰ろう」

スタスタと街中を歩いて飛空挺に戻ると、エドガー達も程なくして戻ってきた。
準備を終えた4人が魔導研究所のある首都ベクタに向けて歩き出すのを見送った後、隣を見るといつの間にかセッツァーが居なくなっていた。
慌てて飛空挺の中に戻ると、彼が腕まくりをしながら私に聞いてくる。

「お前は行かないんだな」
「私は……戦えないんです」
「ふぅん。じゃあ誰かのツレか?」
「違います。探してるものがあって、それで一緒に旅をさせて貰っていて…」
「じゃあ、ヒマって事だな?」
「・・・・そうです」
「だったら丁度いいな。働いてもらうぜ」

いきなり大量の洗い物や、掃除や雑用など色々なものを押し付けられた。1人黙々と作業を続け、甲板に縄を張って洗濯物を干す。とりあえず一つだけど何か出来たことが嬉しくなる。大満足の気持ちで空を見上げていたら、狙ったかのように遠くから大きな声が飛んできた。

「おい、さぼってないで次の事やれよ!」
「あ、はい」

モップで床を擦ったり、あちこち拭いて回る。
セッツァーから頼まれた用事が全部終わったのは日も暮れる頃だった。

グッタリしてる自分に鞭打つように今度は食事の支度を指示され、飛空挺の中に居た乗組員の人たちも含めて夕食を迎える。
食事と後片付けを済ませ、ふと飛空挺の外を見てみれば、いつの間にか真っ暗になっていた。

「時間が経つの早いな…」

こんなに疲れるくらい動いたのはいつぶりだろう。
旅をするのとは違う疲労感があって、胸の中がスッとした気がする。
夜風に当たりたくて甲板へ向かうと頭上には満点の星空が見えた。首を上げているのが辛くなって船首の方で寝転んでいたらいきなり声が聞えてきた。

「ここがお前の寝床か?別にいいぜ」

ビックリして起き上がると、すぐ傍にセッツァーが立っていた。
何やら船の舳先は彼の特等席らしく、避けろと言われたからちょっとだけ移動すると自分の隣に彼が腰を降ろす。

「それなりに働けるんだな」
「一応大人なのでこれくらいは」
「お前、何歳だ?」

セリスの時と同じリアクションが待っていそうな気がしたけど、黙ってるわけにもいかなくて年齢を告げれば、やっぱり思った通りに見られていた。

「大人って言っても、俺よりは年下じゃねーか」
「でも大人は大人です」
「じゃあ、明日もちゃんとやれよ。仮眠室はさっき教えた場所を使え」
「わかりました。それじゃあ、お休みなさい」

セッツァーに頭を下げて甲板を後にする。
部屋に戻って布団に入れば、疲れの影響であっという間に眠りについてしまった。

次の日も同じような働きをして、飛空挺にいる人数分の食事を作る。昨日のうちに大まかな事をやったお陰で、忙しさも半分くらいで収まった。

何かやることは無いかと探していたら、飛空挺の出入り口にいる乗組員に“おいで”と手招きされる。呼ばれて近寄れば、昨日から頑張ってるねと労いの言葉を掛けてくれた。

「働き詰めで疲れてないかい?」
「でも、何もせず待っているより時間が過ぎるのが早いので、あり難いです」
「それはセッツァーなりの配慮かもね」
「配慮……。だったらセッツァーは本当は優しい人なんですね」
「おっと、今の話は内密に。リフレッシュしてあげるから本人に言わないでよ」
「え?リフレッシュ?ですか」

言われるがままそれを受けると体の疲れが一気に取れていくのがわかった。あまりの凄さに自分にも教えて欲しいと頼むが企業秘密だからダメだと断られる。
ただ、疲れを取るのに有効なマッサージだけは教えてあげるからと、やり方を教わっていたら、名前すら呼ばずに私を示すような声音と言葉が飛空挺の中に木霊してきた。

「おい!!買出しに行くぞ」
「わ、分かりました」

足の長い彼が歩くスピードに追いつこうと必死になって歩き出す。飛空挺を降りてアルブルグの町に着くとセッツァーは早々に買い物を始める。
彼が店から出てくるのを1人で外で待っていると、視界の先で一羽の白い鳥が飛んでいくのが見えて、ふと思い出したのは伝書鳥の事だった。

さっき見た鳥の足に茶色い筒の様なものが付いていた気がして、店から出てきたセッツァーにその鳥が飛んでいった方向を指差しながら聞けば、西南だと答えてくれる。

「その方向に町はある?」
「マランダっていう町がある筈だ」

聞いた事のある名前。
確かカイエンさんと一緒にコーリンゲンからマランダに伝書鳥を飛ばした筈だ。

今頃あの兵隊さんはどうしてるだろうかと考えていたら、セッツァーがいきなり大量に買い込んだ機械の部品を渡してくる。
荷物持ちとして頑張るけれど、あまりの重さに足取りが遅い。それでも顔には出さず懸命に運んでいると、急に横道から出てきた兵士とぶつかりそうになった。
慌てて避けようとしたが、その拍子にバランスを崩した自分を、隣にいたセッツァーが片腕だけで支えてくれていた。

「ドンくさいヤツだな」
「…ごめんなさい」
「ほらいくぞ」

彼は離れる間際に私に持たせていた荷物を半分以上取り上げてスタスタと歩き出す。その後を追いかけて大丈夫と説明しても、返してくれる事はなかった。

買い物を終えて町を出るとき、無意識に視線を送った北の方角。
夜になると空が白むほどの明るさを放つ帝都ベクタ。
皆は一体今頃どこで何をしているんだろう、そんな事を考えていた。

「もう少し掛かる筈だ」
「え?」
「帝都に近づくほど警備も強化される。それにフィガロの国王に元帝国軍将軍となりゃ面も割れてるしな」
「潜り込むのは容易じゃないですよね」
「そうだな。慎重に事を運ばないと捕まればお終いだ」
「皆……」
「心配したって結局今の俺達は何もできない。自分がやらなきゃいけない事をすればいい。ほら、行くぞ」

彼の後を追って飛空挺の奥へ進むと、機械だらけの動力室へと入っていく。その場所に買った部品を置くとセッツァーは脱いだ上着をこっちに飛ばし、腕まくりをすると機械をいじりはじめた。

「用は済んだからな。もういいぞ」

そう言われたけど他にすることもなくて、彼の服を持ったまま近くの壁に凭れかかりしゃがみ込む。セッツァーの手馴れた動作にちょっと感動してしまい、彼のことをじーっと見つめていると、相手はこっちを見もしないで声を掛けてきた。

「何だ?俺とその気なのか?」
「何の木?植物には詳しくなくて」
「ハッ…よく言うぜ」

たまに茶化すようにセッツァーが話しかけてくるけど、出て行けとは言わなかった。だからここに居座って、彼が手探りで探す工具を代わりに拾って手渡すことにした。

「もっと右でした」
「そうかよ」
「他にも何か必要?」
「・・・レンチ」
「れんち?」
「工具の中の一番デカイやつだ」
「あ、はい」

相手の説明がどれの事を言ってるのか考えながら、受け渡しを続けていると一段落したのか機械の間からセッツァーが出てくる。
息を付きながら床に座ると、汚れを布で拭きながら当たり前のように一言問われた。

「飯」
「・・・・ん…?」
「だから、飯」
「…今から作ってきます」

手伝ったからって免除してくれない相手の厳しさを感じながら立ち上がると、“簡単でいい”と言われた。なので、野菜とお肉を煮込んだスープを作ると、彼はそれを早々に食べ終えて動力室にまた戻っていった。

片付けを終えた後、やる事はないかと尋ねたが“もう寝ろ”と邪魔者扱いされたので、寝る前にシャワーを浴びに行く。
だけど眠るような気分にはなれなくて、暫くの間甲板で1人になって過ごしていた。

遠くに見える明かりにロックとエドガー、それからマッシュとセリスがいるんだなと思うと、物凄く遠くに感じてしまうのは一体どうしてだろうなって、そんな事を考えていた。

「置いてかれた子どもみたいな顔だな」

甲板に続く階段から口の悪い彼がやってきて、自分の後ろを通り過ぎると昨日と同じように指定の場所に腰を下ろした。
酒瓶を傾ける彼に一度だけ目を向けて、またベクタがある方向に視線を戻す。自分は置いていかれたとは思っていない。だって一緒に行けないっていうのは重々分かっていたから。

だけど。

「あんまり…そうは思いたくないな…」
「それで寝れないのか?だったら添い寝でもしてやる」
「っははは!」

彼の言葉についつい笑ってしまったのは、誰かに似てると思ったからだ。

「そういう事を言う人ほど、何もしないよね」
「誰が言った?しないなんて」
「エドガーもそうだから」
「あの王様が?」
「女の人を誰でも口説くのに、いつも絶対本気じゃない。自分が決めた枠を超えようとはしないから」
「ふぅん…そんなヤツだとはな」

誰か1人ではなくて分け隔てなく、相手からじゃなくて彼から話しかけるスタイルは国王という垣根を簡単に越えてしまう。
気さくな話し方と褒めるような言葉を言われれば、悪い印象を持つことは少ないだろう。
言い意味で王様らしさを気にせずに話せて、だけどしっかりとした理念と威厳を持った凄い人だって思ったから。

「そういや、双子だって言ってたか?」
「うん。でも、結構似てないよ」
「体格か?」
「体格もそうだけど、中身。全然違う」
「どう違うんだ?」

自分なりに違うと思うところを挙げていると、いつの間にか話は今まであった旅のことになっていた。
川でタコに襲われたとか、異界に連れて行かれそうになったとか、仲間が増えたとか、後は滝で死にそうになったとか。
気付かないうちに1人でペラペラ喋っていると、セッツァーが私に向かって呟くように言った。

「楽しそうな顔してんな、お前」
「・・・・え」
「今だよ。さっきと全然違う」
「……そう…かな」

皆が大変なのに不謹慎だよねと言うと、セッツァーはあくびをしていた。

「居る奴全員感情が同じなワケないだろ。笑って人を殺す奴だっている」
「・・・・・・・・」
「他人と同じにはなれない。だから別々なんだろ。やらなきゃいけない事も考えも目的も今も」
「・・・・そうだね」

結局、自分は自分。
不安になって心配したってどうにかなるわけじゃないし、時間が消えていくだけで何にも変わってない。
でも、心配する気持ちを消す事は自分には不可能で。

「変わるのって…難しい」

小さく呟いて、それからおやすみなさいと声を掛け、部屋へと戻っていく。
昔が懐かしいとか、楽しかったとか、振り返って過去に浸るほどの時間はまだ経っていないのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう---。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -