EP.71
人の気配に気付いたのかドアを開けて入ってきたのはこの飛空挺の持ち主であるセッツアーだった。彼はこっちの存在に気付いた途端、思いっきり顔を顰めてみせた。
それもそのはず、見知らぬ人間が何人もいる上に、セリスはマリアじゃないのだから当然だ。

「き、貴様ら!?お、お前はマリアじゃねえな!!」
「お願いセッツアー。私達ベクタに行きたいの。だからあなたの飛空挺が…」
「マリアじゃなきゃ用はない」

出て行けと言い放ち、怒ったように彼は部屋を出ようと歩いていく。

「待って!あなたの船が世界一と聞いて来たの」
「世界一のギャンブラーともね」
「私はフィガロの王だ。もし協力してくれたなら褒美はたくさん出すぞ」

皆がそれぞれ相手を止めようと色々な言葉をかける。
するとセッツアーは短く“来な”と声を発し、飛空挺の中を移動していった。
歩いて向かった先にはコイン賭けやビリヤード台などが置かれ、まるでカジノを思わせるような広い空間が設けられていた。
私たちに背を向けながらポーカー台に触れていたセッツァーは、嫌味を含ませながら文句を言い放つ。

「ふ……帝国のおかげで商売もあがったりさ」
「あなただけじゃないわ。たくさんの町や村が帝国によって支配されているよの」
「帝国は魔導の力を悪用し、世界を我がものにしようとしているんだ」
「私の国も今までは帝国と協力関係にあったのだが、もはやこれまでだ」
「帝国の言いなりになんて絶対にごめんだね」

差し迫っている状況を皆が口々に話すと、セッツァーは小さく呟いた。

「…帝国………か」
「帝国を嫌っている点では私達と意見は同じね。だから…」

必死に説得を試みるセリスをチラリと見るセッツァー。
すると彼は何を思ったのか突然こんな事を彼女に向かって言ってみせた。

「よく見ればあんた。マリアよりも綺麗だな」
「え??」
「決めた!あんたが…セリスが俺の女になる。だったら手を貸そう。それが条件だ」

いきなり突きつけられた条件に皆がビックリした表情をして見せる。その中で誰よりもロックが一番驚き、即座に話しに割って入るとセッツァーの条件に反対した。

「待て!そんな勝手なこと!」
「わかったわ」
「よし!決まりだ!」
「でも条件があるわ」

するとセリスはエドガーの所に歩み寄り、小さな声で話しをしたあと、何かを受け取りセッツァーの前まで戻ってくる。
彼女の手の上に乗せられていたのは一枚のコイン。表が出れば自分達に協力する、裏が出たらセッツァーの女になるわと、セリスはハッキリと公言したのだった。

「ほほう、いいだろう。受けて立とう」

ロックはセリスを心配して声をかけるが、当人は自信満々でコインを指で弾く。音を立てて床に落下したコインが、セッツァーの足元まで転がっていった。
そして、動きが止まったそれは間違いなく表を示していた。

「私の勝ちね。約束どおり手を貸してもらうわ」

銀色に輝くコインを拾ったセッツァーは、そのカラクリに気付き小さく笑う。

「貴重な品だな、これは。両表のコインなんて初めて見たぜ」
「いかさまもギャンブルのうちよね?ギャンブラーさん」
「はっ!こんなせこい手を使うとはな…見上げたもんだぜ。益々気に入った!!いいだろう、手を貸してやる」

何だか騙されたのに楽しそうにするセッツァー。
言葉と一緒に返って来るコインが、もう一度宙を飛んで床を転がった。

「帝国相手に死のギャンブルなんて久々にワクワクするぜ。俺の命そっくりチップにしてお前らに賭けるぜ!」

独特の感性をもった世界一のギャンブラー。
自分の命をチップにして賭けるなんて、本当に変わった人だと思った。

彼が仲間になったことで、帝国が占拠している大陸に向かう事が出来る。改めてロック達が自己紹介をしていると、離れて立っていた自分のところに彼が近寄ってきた。
挨拶をしなきゃと思いながら、セリスとジドールの宿で好き勝手言っていたのを思い出してしまい、口元を緩め笑ってしまった。

「初対面で俺を笑うとは、いい度胸だな」
「その、悪気はないんです。ただ、想像していた通り、顔に傷があったもので」
「傷か…。まぁこのお陰で人に下手に見られることはねぇけどな。気になるか?」
「少しだけ」
「じゃあ、特別に教えてやってもいいぞ?今夜俺の部屋に来ればな」

私の髪の毛を掬い上げながら艶のある視線でそんな事を言う彼。
だから、誘いに乗じて遠慮なくそうさせてもらおうと思った。

「本当に?」
「ああ。黒髪は滅多に見ないからな。俺も色々と気になる」
「それじゃあ、お言葉に甘えて今夜…お邪魔しますね。皆と一緒に」
「・・・は。そうきたか。残念だが人に言うほど面白い話じゃない。やめとくぜ」
「残念です」
「俺もだよ。で、お前の名前は?」
「ユカと言います」
「覚えとく」

掬い上げていた髪をサラサラと指の間から落とし、去っていくセッツァー。大人っぽい会話が妙に楽しく感じたのは、彼の持つ雰囲気に飲まれたせいだろうか。

「ユカもあんな話し方をするんだね」
「エドガー」
「中々に刺激的なやり取りだったよ」
「何だか褒められてる感じはしませんよ?」
「そんな事はないさ。色々と面白かったよ、色々とね」

意味ありげなウィンクをしたエドガーが、マッシュの方を一瞬見た気がしたが、何だったんだろうか。

その後、セッツァーと詳しい話をするため、全員が飛空挺の甲板に集まった。
空高く広い世界を進む飛空挺。
帝国に潜入する為の大きな翼が、風に乗って大空を舞う---。


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