EP.73
「ユカ!行くぞ出発だ!!」

寝ている自分を叩き起こすセッツァーの声。
慌てて甲板に向かうと、空はまだ暗かった。
彼は舵を握りながら一気に飛空挺を浮上させ、空を駆けていく。

「もうそろそろ向こうに着いてるだろう。闇夜に紛れてベクタに近づくぞ」

飛空挺が風を切り始めると、マランダの町の光が段々と小さくなっていく。その光を見つめて下ばかり見ていたら、セッツァーが前に行けと顎で指図してくる。命令どおり彼の特等席に向かうと、そこから見る景色は格別だった。

「鳥になったみたい……」

飛空挺の周りには遮るものは何もなくて、見える景色の全てが黒一色。両手を横に広げれば本当に飛んでいるような錯覚になった。
それから暫くして、帝都の明かりが間近に見える辺りに飛空挺を降ろし、皆が戻ってくるのを落ち着かない気持ちで待ち続ける。

朝日が昇り太陽がベクタを照らす頃、望遠鏡で様子を窺っていたセッツァーが何かに気付いて動き出す。

「帝国の守備が変わった。何かあったな」
「それじゃあ…」
「断定は出来ない。俺が様子を見てくる。お前はここに残ってろ」
「分かった」

頷いて彼がベクタに行く様子を甲板から見つめていた。時間が経つにつれて、自分のいる場所にまで聞こえてきた警報音に不安が段々と大きくなっていく。
身を乗り出すように帝都を見つめていると、遠くからこっちに向かってくる人影が微かに見えた気がした。

目を凝らしてそれを見続けていると、段々と近づいてくるその姿が皆だと分かってきた。だけど、分かってくると同時に何かがおかしい事に気付いて、別の不安が湧き上がってくる。

飛空挺に戻ってきた皆が甲板に集まり、数日振りに顔を合わせる。だけど、変だと思った違和感は反対に本物になってしまった。

「セリス・・・・は?」

どんなに待ってもセリスが階段から上がって来ない。
彼女の名前を口にしたあと三人を見れば、誰もが一様に下を向き、その中でも一番苦しそうな顔をしたのはロックだった。きっと回避しようもない何かが起きたんだという事だけは、言わずとも纏う雰囲気が告げていた。

ここから脱出しようと声を発したロックだったが、帝都から伸びてきた恐ろしく巨大な二台のクレーンが飛空挺を挟むようにして攻撃を仕掛けてくる。

「ユカ!!中に入ってろ!!」
「う、うん」

マッシュの一言に甲板から飛空挺の中へと避難する。けれど、大きな轟音と、けたたましい機械音は鳴り響き続けていた。
飛空挺が壊れるんじゃないかと思うような戦闘が続いた後、ガラガラと崩れる音と同時に、飛空挺が一気に上空へと上がっていくのが分かった。

戦闘が終わったに違いないと急いで甲板に出て行くと、四人は全員疲れた様子で床に座り込んでいた。

「皆、大丈夫!?」
「どうにかな…」
「ああ、問題ない」
「............」

俯くロックを見てると、やっぱりセリスが居ない要因に深く関わっている気がした。でも今の彼にそれを聞けるような雰囲気はなかった。

帝国領地から離れた後、ティナを心配しゾゾへと向かう飛空挺の中で、セッツァーに事の成り行きを最初から最後まで話すロック。

そして…魔導研究所でセリスに起こった事を教えてくれた。

ゾゾに到着してビルの最上階に行くと、カイエンさんとガウがそこに居た。
帝国に行った自分達の代わりに時折様子を見に来ていたという。

ロックが心配そうにティナの傍に近づくと、急に魔石が光り出し眠っていたティナがゆっくりと意識を取り戻した。

「おとう……さん……?」

ティナがそう呟くと、まるで声に反応するように一層光り輝やいていく魔石。するとティナがハッキリとした口調で皆に話しをし始めた。

「思い出したわ。私は幻獣界で育った」

ティナの言葉に呼応して魔石から直接頭の中に語りかけてくるような声がする。幻獣界、ティナの両親、そしてガストラ帝国がなにをしたのか、その全てを皆が共有する。
声が消えると同時に、ティナの姿が以前と同じように変化していく。
そして、自分が何者だったのかを知ったことを告げた。

「私は幻獣と人間の間に生まれた…この力も……そのために」

魔石と対話するように話したティナは“もう大丈夫”と口にして、小さな笑みを湛えて見せた。

「少しの時間だけど力をコントロールすることができる…」
「ガストラはその時に幻獣の力の秘密を知ったんだ」
「魔導研究所で捕らえられていた幻獣はその時にさらっていった幻獣か。セリスの力も幻獣が犠牲に…」
「許せん帝国!殴ってやらないと気が済まない」

ティナは立ち上がるとナルシェの事を気にかけていた。帝国から狙われる氷漬けの幻獣やバナン様の事もあると一路ナルシェへと向かう事が決まった。

「飛空挺の準備は出来てるぜ!」
「行きましょう!!」

ティナの声に皆が頷き、ゾゾの町を後にする。
全員が船に乗り込み各々がやるべきことをする中で、自分はティナと話をした。それから、ガウやカイエンさんにも何があったのかを話すことにしたのだった。

「そうでござったか……帝国でそのような事が…」
「セリス戻ってこないのか?もうこないのか?」
「それは…分からない。何処に行ったのかも検討がつかないって」

セリスの事を思い、しょげた顔をしていた自分達のところにマッシュがやってくる。すると、彼は当たり前のようにきっとまた会えると励ましてくれた。
諦めるのは早いと考えを改め、マッシュの言葉に大きく頷く。それから前向きになれるような報告があるのを思い出した私は、カイエンさんに伝書鳥をアルブルグの上空で見た事を話した。

「東南に飛んでいったんですが、その方角にはマランダがあるってセッツァーが!」
「マランダ・・・もしや、あの!?」
「コーリンゲンに居た兵隊さんのお相手です。だからあの時の手紙も、ちゃんと届いてるんじゃないかなって!」

2人で嬉しそうにしていると、マッシュが何の話か聞いてくる。だからコーリンゲンでカイエンさんと自分が出かけていた時の事だと説明した。

「俺が寝てた時か?」
「うん、そうだね」
「折角なら話してくれれば良かったのによ」
「ちょっと言い辛くて…。ごめんね」

話し込んでいる内にナルシェに到着したようで、飛空挺が着陸する振動が船体に響く。するとエドガーがバナン様達と話をしに行こうとマッシュを呼びに来たようだった。

「なぁ、ユカは一緒に…」
「ユカ!ユカ!ユカ!おいらとはなしする!!あれもやってほしいぞ!!」
「分かったよ、ガウ。あ、それでマッシュはさっき何て言ったの?丁度聞こえなくて」
「いやいいんだ。じゃあな!」
「うん、いってらっしゃい」

マッシュを見送った後、部屋で寝転がるガウは私に“おいら強くなるぞ”と意気込みをたくさん話してくれた。無邪気な笑顔につられて自分も笑顔になっていたつもりだったけど、頭の中ではマッシュがさっき何を言おうとしていたのか気になって仕方がなかった。

後で話を聞けばいいかなと思っていると、急にセッツァーの呼ぶ声が廊下から聞こえてきた。何かあったのかと不安になり、ガウに行ってくるねと伝えて駆け足で動力室に向かって行くと、珍しく彼が私に対して頼み事をしてきたのだ。

「前から調子がイマイチ良くない所があってな。手を貸してくれ」
「えっと、どこ?」
「この奥にある歯車見えるか?」
「大きい方の?」
「いや違う。それの隣の小さいやつだ」
「うん。見えるけど」
「届きそうか?」
「もう少し体を入れれば普通に届くと思う」

出来ると答えれば汚れてもいいように乗組員が着る作業用のつなぎを渡された。そしてセッツァーはいつもと少し違って真面目な口調で私に話をする。

「機械は動かないが体を引っ掛けるなよ」
「うん」

意外と心配してくれるんだなと思いつつ、体を機械の間に入れて奥の歯車を取った。それを彼に手渡す作業を繰り返し、汚れを布でふき取ればオイルの取れた歯車が綺麗に輝く。
エンジンの熱で蒸した機関室で作業を続けながら部品を元の場所に順番に戻し、最後に間接部分にグリスを差し込めば無事に作業は完了した。

「女に汚れ仕事させて悪かったな」
「ううん。私は乗せてもらってるから手伝うのは当たり前だよ」
「助かったぜ、ユカ」
「ッぇ…い、いいよ。全然気にしないで!」

作業した暑さと初めて名前を呼ばれたせいか、急に温度が増した気がする。
動揺しながら額の汗を拭って涼しさを得ようと作業着の上半身を脱いで腰に巻く。セッツァーに一言伝えて機械室を出ようと扉を開けたら、丁度マッシュ達が帰ってきた所だった。

「あッ!マッ…」
「おい待て!こっちに戻れ!」
「ちょ、セッツ…何ッ!?」

引き摺り込まれる様にして戻された蒸し暑い機械室。一体何事かと思えば、目を逸らしたセッツァーが眉をひそめながら私の胸元を指差していた。

「見えてるぞ」
「…ッツ!?」

目線を下に落とせば指摘通りにシャツが汗で透けて肌にくっついている状態だった。
こんな姿でマッシュに会わずに済んで良かったと安堵しつつも、物凄い恥ずかしい状況に益々熱くなる。あたふたしながらセッツァーにお礼を伝え、服を着直して改めて機関室を出ると、私を見つけたマッシュが話しかけてくれた。

「何かあったのか?……って、ユカ、お前顔に」
「おい!それから、ユカ!顔拭いてから行け!!」
「え?ッまた!?…セッツァッちょっと!」
「顔にオイルついてるって言ってんだよ、拭け」
「イタ…ッ!乱暴に拭かないでよ」

振り返った途端、いきなり機械用の布で顔をゴシゴジされてから開放される。気を取り直してマッシュと話の続きをしようと話し掛けたのに、何だか複雑そうな表情でこっちを見ていた。

「えっと、おかえり!どうだった?」
「いや、別に…いつもと同じだったぜ」
「同じって?」
「だから、いつもみたいに兄貴が中心になって色々話してた」
「そうなんだ。そ…そうだよね!」
「ユカは何してたんだ?楽しそうだったけどさ」
「セッツァーの手伝いだよ。初めて頼まれたんだ!」
「…そっか。だからそんなに手が汚れてんのか」
「うわ!ほんとだ!汚い」

手袋をしてたのにこんなに汚れてるなんて知らなかった。
わざとマッシュに擦り付ける真似をしてからかってやろうと思ったら、それよりも先にエドガーが私の手を見て声を掛けてきた。

「なかなかの汚れぶりだね。オイルの落とし方は知っているのかい?」
「普通に洗っても駄目ですか?」
「意外に落ちなくてね。おいで、教えてあげよう。それから手が荒れるから後でクリームを塗るといい」
「ありがとう、エドガー。機械に詳しいから色々知ってますね」
「職業柄さ。まぁ本業は国王だが」

楽しい冗談を交えながらエドガーの後をついていく。だけど、本当はマッシュともう少し話がしたかったというのが本音で、それが他の人の前で態度として出るなんて自分では思いもしなかった。

「……ユカ?…ユカ、同じところばかり洗ってるよ」
「え…?あ!本当だ。すみません」
「謝らなくていい。どうかしたのかい?」
「いいえ、何でもないです!ご飯どうしようかなって考えていただけで」
「マッシュみたいな事を言うんだね」
「そうでしょうか…?」
「長い間一緒に旅をしたから似たのかもしれないな」

似てるって言われたのが少し嬉しくて、笑う私を見たエドガーが何故か笑顔になる。不思議に思いながら手を洗い終わり、今度こそはマッシュと話をしようと彼を探しに船内を歩くけどなかなか見つからない。

そんな時、ふと窓から外を見るとナルシェの町を歩くロックが見えて、気になった私はその後を追いかけるように飛空挺を降りていった---。


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