EP.26
テントと焚き火を片付けて、向かう先はリターナーというところらしい。
人々が集まっているという話から想像していたのは街だったけれど、到着した場所は岩壁を削って作られた秘密の隠れ家の様な場所だった。

「どうぞこちらへ」

先頭に立つエドガーさんが丁重に歓迎される様子を見て、私はティナに耳打ちする。

「あのさ、エドガーさんって何だか王様みたいに見えない??」
「うん。エドガーは本物の王様だから」
「へぇそうなんだ。……っええ!?う、嘘!?」

でかい声で驚けば当たり前に皆の視線がこっちに向いた。

「いきなりどうしたんだよ。びっくりするだろ」
「ビックリもするよ!!だってエドガーさんが王様だって言うから!!」

ソワソワしながら当の本人を見ると、にこりと微笑みながら答える。

「そういえば、ユカには言っていなかったね。私はフィガロの国王なんだよ」
「こ......国王様……」
「驚いたかい?」

何度も頷けば、なぜか楽しそうに彼は話を続ける。

「それからフィガロ城と城下町にあたるサウスフィガロも私が統治しているんだ」
「本物なんだ...。あ、あの、今までの数々のご無礼お許しください!」
「気にしなくていいさ。でもそんな風に驚いてくれるのは中々嬉しいね」
「そんなの当たり前です。普通なら国王様に謁見する事自体滅多に出来ません」
「じゃあ、実際に会ってみてどうだい?」
「とても素敵な方だと思いました」
「それは至極光栄だ」

私の手を取ろうとするエドガーさんの腕をいきなり止めたのはマッシュで、エドガーさんの肩を掴んで強引に前に向かせる。

「ほら、兄貴!さっきから兵士が待ってるって」
「何がだ?」
「ほらほら早く」
「ああ、分かった分かった」

まるで連行されるようにエドガーさんはマッシュに連れて行かれる。建物の奥まで歩いていくと、そこに居たのはまるで獅子の様な風貌と髭を蓄えた男性だった。

エドガーさんは一歩踏み出すと、さっきとはまるで別人の様な立ち振る舞いで男性に話しかける。

「バナン様。例の娘を連れてまいりました」

そういうと、バナン様と言われた人物はティナの方をじっと見つめる。

「ほう、この娘が…氷づけの幻獣と反応したというのは」
「幻獣………?」

問われたティナは不思議そうに言葉を聞き返していた。聞いた自分も同じように頭の中で今の言葉を反復する。

「どうやらこの娘は帝国に操られていたようです」
「伝書鳩の知らせで、おおよそは聞いておる。帝国兵50人をたったの3分で皆殺しにしたとか…」

耳を疑うような言葉を聞いた瞬間、隣に居たティナは悲鳴を上げた。

「いやー!!」
「「ティナ!!」」

ロックと共にしゃがみ込んだティナに駆け寄っていく。
青褪めた顔をしながら震える彼女が痛々しくみえる程だった。

「バナン様ひどすぎます!!」
「逃げるな!」

エドガーさんの言葉を退かせる程の気迫と言葉を放つバナン様は、諭すように話を続けていく。

「こんな話を知っておるか?まだ邪悪な心が人々の中に存在しない頃、開けてはならないとされていた1つの箱があった。だが、1人の男が箱を開けてしまった。中から出たのは、あらゆる邪悪な心…嫉妬、妬み、独占、破壊、支配…。だが箱の奥に一粒の光が残っていた…希望という名の光じゃ」

バナン様の語りはどこかで聞いた事のあるものだった。
これはまるで。

「パンドラの箱……みたい」

その話を黙って聞いていたティナにバナン様が近寄り手を差し出す。

「どんな事があろうと、自分の力を呪われたものと考えるな。おぬしは世界に残された最後の一粒。『希望』という名の一粒の光じゃ」

強い思いでティナを見つめるその眼差し。
それは近くで見ていた私でさえ物凄く重く感じる程のものだった。

エドガーさんが2人の会話を途中で終わらせるかのように割って入ると、バナン様は疲れたと一言口にしてこの場を後にしてしまった。

「ティナ……歩ける?」

黙って頷く彼女を支えていると、エドガーさんに今は休んだほうがいいと言われ、そのままティナと一緒に部屋まで着いて行くことにする。他の皆は今後について話し合いがあるようで別の部屋へと向かっていった。

設けられた部屋に黙ってしまったティナと2人きり。
静かな時間をベッドに腰掛けながら過ごしていた。
彼女も、そして自分も何かを考えていたようで、小さな溜息が同時に漏れだす。

「何だか…びっくりだね」
「・・・・・・・」
「私には分からない事ばかりだけど…でもティナが好きだよ」
「すき……?」
「うん。それにティナは私の事助けてくれた。それは変わらないから」
「・・・・・・・・」
「上手く言えなくてごめん…。でもティナが困ってるなら少しでもいいから力になりたいって思った」
「ユカ・・・・」
「朝起こしたりとか、髪を結ったりとか。大したこと出来ないけど…」
「ありがとう・・・。私、少し考えてみる」
「…うん。じゃあ私は少し別のところに行ってくるね」

部屋にティナを残し扉を閉めると、待っていたかのようにロックが心配そうに尋ねてくる。無事なことを話すとホッとしたような表情と見せながら、ティナがいる部屋に入っていった。

「良かった…」

ロックがティナの心配をしてくれた事に対してそう思ったのは、突然バナン様からあんな事を告げられたから。自分も驚いたけど、ティナが本当にそんな存在なのか信じられない気持ちの方が大きかったからだ。

帝国に操られていたと説明されたティナ。
でもエドガーさんの娘っていう表現は、元々ティナはリターナー側の存在ではないという言い方というか。
バナン様の強い話し方もやっぱりそういう感じがした。

帝国から連れてきたティナは今後どうなるんだろう。
そう思って近くに居た兵士さんに色々と話を聞いて回ったけれど、聞けば聞くほど困惑していった。

帝国の反撃で各地のリターナーは壊滅状態に陥っていて反撃の糸口を探しているという事。ティナがリターナーに加わり戦ってくれることを望んでいる事。
帝国が今も各地を侵略している事。

つまりこれは戦争をするという事に他ならないんじゃないかって思ったんだ。

あちこちに置かれた木箱の中には一体何が入っているんだろうか。
彼らが装備している武器は飾りじゃなくて、今後それを使って戦うんだろうか。

見聞きする全てのものが自分の想像を超えていく。
それは自分がやろうとしていた事まで変えてしまう。
ここに来た目的が皆と違いすぎて、あまりの場違いさに居る事が辛く感じる程に…。

居たって何の役にも立てない。一般人の自分が居てもいい場所じゃない。
戦争を目の当たりにすることも、加担してしまうかもしれない事も含めて。

聞くべきじゃなかったんじゃないだろうか。
知るべきじゃなかったんじゃないだろうか。

迷いに縛られ途方にくれながら廊下を歩いていると、聞こえてきたのはエドガーさんとマッシュの話し声だった……。

「兄貴がそこまで言うなんて珍しいな」
「大事な話をしているんだマッシュ」
「分かってるよ、それは」
「ならば彼女の事はどうするつもりなんだ?考えがあるのか?」
「旅をする為に一緒に来たんだ。戦わせる為じゃない」
「違うだろう。彼女は戦いに向いていない。戦力にはなれないの間違いだ」

現実がエドガーさんの言葉を借りて自分に深く突き刺さる。
それは今、自分が感じている不安を誤魔化す事無くエドガーさんを通して私自身がマッシュに問いかけてるのと同義だったからだ。

「戦力になれなくていいんだよ。戦って欲しいわけでもない」
「だったらどうしてここに連れてきたんだ?お前にだって今後どうなるかぐらい察しはついていた筈だ」
「だから約束したんだ。俺が戦うって」
「答えになってないぞ、マッシュ」
「俺がリターナーに入ればユカもこっち側の人間になるってのは分かってる」
「ああ、そうだ。一度でも敵と認識されれば中立ではいられなくなる。間違いなく攻撃の対象になるんだぞ!」
「けど、もしあのまま街に居て帝国に占領されれば、それこそどうなるかなんて分かんないだろ?」

殺された人間がいる事だって知ってる。
そうマッシュは付け足していた。

「俺はもう後悔するのを止めるって決めたからさ」
「・・・・・・・・・」
「だから兄貴の力になりたい。だけどユカの手助けもしたい。どっちもやりたいんだ」
「マッシュ…お前」
「それによ、待ってられなくて戦えないくせに無理やり兄貴達についてきて山に登ってくるような奴だぜ?じっとしてる訳ないだろ?」

置いてった方が逆に危ないって、笑う彼に少しだけ腹が立って---。

「帰る場所がないと辛いだろうしさ」

心配してくれているそんな気持ちに心が痛くなって---。

「仲間だから助けてやんなきゃな。…俺も助けて貰ったし」

少しだけ濁すように話す、ほんの少し前の出来事に目の奥が熱くなっていく---。

大したことも出来ない自分の事を、それでも仲間って言ってくれる。
戦えない事を戦わなくていいって言ってくれる。それをきちんと他の人に伝えてくれた事が、今の状況も抱えていた不安も全部拭ってくれるから。

「エドガーさんッ…!!」
「……ユカ…」
「私ッ…自分でも分かっています!今ここにいるような人間じゃないって。戦えない事も全部含めて!」

だけど。

「それでも旅をするって約束してくれたから。戦ってくれるマッシュがそう言ってくれるなら、例えこの先どんな事があってどんな事になっても受け入れます!もしそれで死んだとしても…!」
「ッ…何言ってんだよ、ユカ!!!そんな冗談やめろッ!!!」
「冗談なんか言わない!!だってそうだよ!戦ってるのもマッシュで、傷ついて痛いのもマッシュなのに自分だけ覚悟しないなんて絶対におかしい!!」

もしかしたら実感の薄い甘ったれた覚悟だとしても、それでもそれが今の自分が出来る唯一のもの。

「守ってくれなかったなんて文句言うような人間じゃないつもりだから。何にもないけど、マッシュと同じくらいの心構えでいたい」
「・・・・・ユカ・・お前」
「マッシュ…本当にありがとう…。嬉しかったよ、すごく」

泣きそうになる気持ちを精一杯の笑顔で隠して、それからエドガーさんに頼み込もうと思ったらすんなり受け入れられてしまった。

「目の前でこんなやり取りを見せつけられて駄目だと言える状況かい?」
「友情の勝利だな!」
「はぁ…そういうのが後々一番ややこしくなるぞ、マッシュ」
「ん??」
「まあいい…。昔からマッシュの人を見る目は確かだからな。そこは信じてるよ」
「ほらな!兄貴はやっぱり話せば分かってくれるんだ」
「それでも、ユカ。今以上に覚悟は必要だよ。いいんだね?」
「はい。自分の言った事に嘘はありません」
「そうか。それじゃあ改めてよろしく頼むよ、ユカ」
「こちらこそよろしくお願いします。エドガーさ……じゃなくて、国王様」
「国王様……それもなかなかいい呼び方だね。迷う所だ」
「やめてくれよ、兄貴…」

心にあった蟠りが溶けてなくなるような感覚がした。
自分の出来ることは結局何も変わらないけれど、それでもさっきとは違う自分だ。
精一杯のことをする。それが今の自分の守るべき決まりだ――。


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