EP.27
俺は昔から自分が兄貴のようにはなれない、っていうのは分かってた。
双子として生まれてきたけど小さい頃から兄貴はやっぱり兄貴で、稽古事や立ち振る舞いも上手いし、いつも俺より前を走っているかっこいい存在だったから。

親父が亡くなって色々な事があって俺は城を出て、ダンカン師匠の元に弟子入りしてあっというまに十年が過ぎた。

“兄貴の力になりたい”

小さい頃からその思いだけは今も変わらない。
そして今なら、出来る気がしてるんだ。

ただ、そのキッカケは兄弟子との本気の戦いと、突然の別れがもたらしたものだった。


家族のように親しかった2人を同時に失うなんて考えた事もない。
それが現実となった時、とてつもなく―――…辛かった。

戦い終えた後に感じたあの気持ちは今でも胸に残ったままだ。
ふっきれはしない思いを抱えて、それでもユカを助ける事が出来て兄貴とも再会を果たせたのはせめてもの救い。

嬉しさと悲しさが混じって、どうにも苦しくて、でもそれを表に出したくないから笑った。兄貴達が先を急いでいるのは分かってたけど、俺も師匠の奥さんにどうしても会わなきゃならなかった。

師匠のこと、そしてバルガスと戦った最後の者として…。

覚悟を決め、街に一人で向かおうとする俺をいきなり止めたのはユカだった。
そして彼女はいきなりこう言ったんだ。

『私も一緒に行く!』

どうしてわざわざ頼まれてもいないのにそう言ったんだろう。
これから何を言いに行かなきゃいけないかくらい分かる筈なのに。

“お願い”と頼み込む彼女。
それをやむなく了承したかのように俺は答えたけど、本当は…居てくれる事が心強かったんだ。

お世話になった人に不幸を伝えたくなんてない。
ましてその一人を、どんな理由であれ俺は自ら手を下したんだから…。

兄貴達の前ではどうにか面子を保っていたけど、ユカの前ではそれが出来なかった。事情を知っているからこそ、喋らず黙ってることが出来たのかもしれない。それに、ユカも何も言わずについて来てくれた。

街について、目的の家の前に到着してドアを叩こうとする手が止まってしまう。
一呼吸置いて、ユカを見て、一人じゃないならどうにか進める…そんな気がした。

家の中に入っていくと、俺の顔を見るなり笑顔になる師匠の奥さん。
だけど、俺が喋る言葉を聞いていくうちに、みるみる表情が陰っていく。

自分は酷い人間だと思った。
お世話になっておいて伝えられるものがこんな酷な話だなんて。
だけど、謝っても解決しない。
泣いても解決しない。
俺は真実を口にして、今までの感謝の気持ちを伝える事しか出来ない。
そして、これから旅立つという事も。

「家族のようで楽しかった…十年間お世話になりました!!」

精一杯の感謝を込めた礼をして、それから俺は家を出た。
ただ、こみ上げる気持ちにはどうにも耐えられなくて、一緒に着いてきてくれたユカを理由をつけて遠ざけていた。

立ち去るように離れて、心を落ち着かせようと深呼吸をする。
気を紛らわそうと武器屋に立ち寄って、誤魔化そうと防具屋に寄った。
そしてまた深い深い深呼吸をして、それからユカのいる道具屋の方へと戻っていく。
いつもの俺らしく真っ直ぐに前を向いた表情で。

頬を掠める潮風に誘われ、ふらりと赴いた海岸線を2人で歩き続けながら、まるで沈黙を怖がるように俺は話し続けていた。

そんな時、久しぶりに見た地平線に目を奪われる。
綺麗でそれに凄く遠くて、陽が反射する水面は今の俺の心と違って穏やかだった。

そういえば昔、3人で並んで見たことあったっけな---。

知らず知らず師匠とバルガスに行き着く思い出。
あっという間に過ぎた十年の中に刻み込まれた記憶が、まるで昨日の事のように鮮明に蘇ってくる。胸の奥が、喉の奥が焼ける様に熱くなって呼吸をすれば溢れそうになる感覚に強く口を噤んだ。
泣いたって変わらないのは分かってる。
だから強がる自分を呼び起こして必死になって堪えていたんだ。

けど、そんな時突然、俺の背中に何かが触れた。

驚いて隣を見れば、それは俺の背中に触れるユカの手だった。
相手の苦しそうなほどの切ない表情と、手の平から伝わってくる優しい温かさに耐えられず溢れてくる涙。しゃがみこんだ俺の隣にいる彼女は、何も言わずに寄り添い背中を撫でてくれていた。

だから、今は堪えずに気持ちが吹っ切れるまで泣いた。
これから先、思い出して悲しい気持ちにならないように…。


泣くだけ泣いて暫くしてから、俺はユカに話しかけた。
かっこ悪いところ見せて悪かったって。
だけど、彼女は逆にこう言ったんだ。

“格好悪くなんてない、大事だからこそだって”

感情を肯定してもらえて楽になれた。
泣くことも大事なものに繋がるなら、それは本当だから。

自らに踏ん切りをつけた後、一緒にここまで来てくれたユカに、今度は自分が出来ることをしたかった。だから俺は一緒に旅に出ようと誘ったんだ。

ユカが話した世界が何処にあるかなんて検討もつかない。
地図を見た事があっても、自分の目で世界全てを見たことはないから。
だったら何処かにあるかもしれないって、そう思ったんだ。

ここにいるより可能性があるなら連れて行きたい。
兄貴達が動き出したなら、これから先何処にいたってどうなるか分からなくなる。だったら、自分が近くにいて守れる方が良いに決まってるじゃないか。

ユカは結構無鉄砲だし、危機感はあんまないし、戦えないし。
水汲みもまだそんなに上手くない、お金だってない、身寄りもない。

不安要素ばっかり抱えたユカを1人置いてくなんて考えたら怖すぎる。
だから兄貴の力にもなって、彼女に対しても力になりたかったんだ。

戦いを担うのは俺でいい。
戦わなくていい。
俺が力になってやりたいって思ったんだから、それを彼女に強要させるのは違うから。

そう思って合流したリターナーの本部で知ったのは、劣勢にある状況とティナという子の真実。兄貴のように見聞きした事全てで先を見通すことは全然できないけど、それでも俺のやることは変わらない。

作戦会議を終えて出て行こうとした俺を呼び止めた兄貴の顔はいつになく真剣で、重ね重ね聞いてくるのはユカの事だった。

ここに連れてきた意味は何だとか、どうしたいんだとか強い口調だった。
だけどそれは心配してるからこそだっていうのは分かってる。
国を担う者として犠牲が出るのを知ってるからこそ、こんなに真剣に話してくれていた。

だから、隠さずに俺は兄貴に話した。
ユカは今、自分の帰る所を探してるって。

「それは一体どういう意味なんだ?記憶を無くしているのか?」
「いや、そうじゃなくて、ここはユカが住んでた場所じゃないんだ」
「マッシュ…言っている意味が分からない」
「だよな。俺だってよく分かってないんだ」
「マッシュ!」
「だけど、ユカが困ってるのは分かる」
「だとしてもだ…!」
「兄貴はこの世界全部を自分で見たことってあるかい?」
「いいや」
「だろ?だったらあるかもしれない。ユカが居た場所がさ」
「マッシュ……言いたい事は分かる。だがな」
「兄貴がそこまで言うなんて珍しいな」

そんなにまで心配してくれる気持ちが嬉しかった。
けど、俺はもう昔の自分とは違う。
兄の背中を追いかけたり、しがらみから離れたあの時とは---。

「俺はもう後悔するのを止めるって決めたから」

どっちも助けられるだけの男になりたい。

それにあいつは置いてった方が逆に危ないし、帰る場所がないと辛いだろうし。
あの時、辛くて泣いてた俺を慰めてくれたから。

兄貴に言える事全部言って納得してもらおうと思ってたら、いきなりユカが俺たちの前に飛び出してきた。それだけでも驚いたのに、それ以上に彼女の言った言葉に俺は愕然とした。

『例えこの先どんな事があってどんな事になっても受け入れます!もしそれで死んだとしても…』

ほんの少し前に目の当たりにした死を、言葉として聞きたくもなかった。だから俺は声を荒げるように彼女に反論したけど、それすら跳ね返すようにユカは言い放つ。

『戦ってるのもマッシュで、傷ついて痛いのもマッシュなのに自分だけ覚悟しないなんて絶対におかしい!!』

それから、こう付け足たしたんだ。
守ってくれなかったなんて文句言うような人間じゃないつもりだって。
何にもないけど、俺と同じくらいの心構えでいたいって。

『マッシュ…本当にありがとう…。嬉しかったよ、すごく』

話し終えた後にユカが俺に伝えた言葉。
今にも泣き出しそうで、すごく切なそうに。
だけど、嬉しそうにも見える表情で笑いながら言ってくれた。

その時の表情が脳裏に焼きついて離れない。
彼女の力になれた事が嬉しかったからだろうか。
それとも喜んでもらえたからだろうか。

はっきりしない感覚だけど、これから旅を続けられる事は決まった。
大変だって覚悟はしてる。
だからこそ、力になれる筈だ。
俺が師匠から継いだ力は間違いなく誰かの為に使うものだから---。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -