「おーーー−ーい、ユカ!!早く行くぞー!!」
伸びに伸ばされ呼ばれる名前。
それに返事すら出来ず、出てくるのは荒い呼吸だけだ。
「…はぁ、はぁはぁはぁ…っはぁ……ッツ」
「それ返事か?」
「返…事…はぁはぁ…なん、て…っしてま…せん!」
「・・・・・おい」
「何…です?マッシュ……さ、ん」
「だから、また敬語になってるぞ!!」
「あ......」
今までずっと敬語で話してたから、いきなり対応を変えるのは難しい。口に馴染んでいるのもあるけど年上を、しかも呼び捨てするなんて、なかなかのハードルだ。
「ま、マッ…シュ…さ、そんな事はいいから行きま…いこう!!」
「酷すぎねぇか?それ」
「な、なにさっ!!いきなりは無理!!」
「ちゃんと言えてるだろ、今」
「怒ってるから言えるの!」
「怒ってる?本当にか?」
「別に…そこまででは」
「嘘かよ」
「嘘じゃないって!もう!!早く行くよ!置いてくからね、マッシュ!!」
「いきなり何だよおい!」
何だかんだと言ってくる相手に恥ずかしさからつっぱねる。そのお陰で普通に出来たけれど、置いていくと言った自分は案の定、置いていかれた。
「ま、待っ、て………はぁ、はぁ…ッ」
「置いてくぞー」
「早すぎ…る……よ…」
「ユカが勝負しかけてきたからだろ」
「して……ない…」
膝に手を置き、俯きながら呼吸を整えていると、マッシュがいきなりこんなことを提案してきた。
「しんどいなら、おんぶでもしてやるか?」
「えぇ……??」
いきなり目の前でクルッと背を向け、しゃがもうとするから慌ててその背中をぐっと両手で押して歩かせる。
「だめだめだめ!!そんな事しなくて大丈夫!!」
「疲れてんだろ?俺には丁度いいトレーニングにもなるしな」
「な…っ!!だったら尚更絶対に嫌!!!絶対に乗らない!」
「何だよ、また怒ってるフリか?」
「今度は本当に怒ってるんだってば!!」
「変な奴だなー」
「マッシュがだよ!」
またもや何だかんだと言いながらコルツ山を登り今度は逆に下っていく。その途中でまた通ったあの場所で私は目を瞑りながら手を合わせ、それから下山した。
日が落ちきる前にどうにかエドガーさん達と合流できたけれど、目的地まではまだ距離があるため平地でテントを張ることになった。再度3人と再会する事となり私は改めて挨拶をした。
よろしくお願いしますと頭を下げれば、ティナとロックさんが了承するように返事をしてくれた。
「私もユカが居てくれると嬉しい」
「そうだな。一人でも多い方がいいしな」
2人の言葉に乗っかるようにマッシュがそうだよなと相槌を打つ。
その隣でエドガーさんが私に視線を向けた。
「大丈夫かい?」
この問い掛けのようなものは何だろうか。
ただ単に心配してか、はたまた何かを含めてのものなのか。
だけど、いいえと答える返事だけは答えとしてない。
「はい。大丈夫です」
そうきっぱりと答えを返すと、エドガーさんはニコリと笑みを浮かべる。それ以上は何事も無くゆったりとした時間が流れていく。
男性三人は色々と話すことがあるのか暫くの間ずっと会話を続けていたので、私とティナは先にテントに入り眠りにつくことにした。
「今日一日大変だったね。おやすみなさい、ティナ」
ランプの明かりに手を伸ばしながら寝る前の挨拶を彼女にしたけれど、何故か返してくれない。不思議に思って尋ねれば彼女はこう言った。
「おやすみなさい…って…何?」
「・・・・・・ティナ……?」
一体どういう事だろう。
知らないなんて、そんな事。
「ごめんなさい……私……分からなくて…」
悲しそうに謝るティナを見て、慌てて体を起こし首を横に振った。
「謝ることないよ!!知らないならそれでも大丈夫!私も…知らない事だらけだから」
私もティナと同じだ。
自分の知ってることは他人も同じように知ってるって勝手に思ってるだけだ。それがたまたま私が知っててティナが知らないだけの事。
何となくそれは私とマッシュが過ごしたあの数日に似てると思ったんだ。
「全部じゃないけど、分からなかったら教えるね。その反対にティナが知ってたら私に教えて?」
「ユカ……」
「じゃあ早速。さっきのは寝る前にする挨拶でね…」
そんな風に今日の終わりにティナに教えた言葉。
どうして知らないのか最初は気になったけれど、喋っている途中でどうでもよくなった。
それはこんな自分でも何かを伝えられたっていう事の方が大きかったからだと思う。
「また明日も色々話しようね、ティナ」
「ええ。色々話したい私も」
「おやすみ、ティナ」
「おやすみ、ユカ」
眠気に押されて瞼を閉じたのはどちらが先だったんだろう。
色々な事が起きて、辛い事があってそれでも前に進むって決められた。今こうして一人じゃないのがとても嬉しいと思えるのは、今まで出会えた人達のお陰だ---。