計算
「…ふはっ。」
玲吾は人差し指を僕の唇につけた。
「……。」
キスしてくれると思ったのに。僕との距離は数センチだ。僕から動けば唇に触れることができる。
けど、今は人差し指が邪魔してるし何より身体が動かない。
「不満そうだな。」
「…本当はわかってるんじゃないのかい?」
「んー、どうだろうね。」
何かを企んでるような笑みで僕を見ていた。本当に僕は玲吾に振り回されてるな。
「…酷いよ、玲吾。」
ぎゅっと玲吾の手を握る。
「んっ…」
一瞬だった。玲吾が僕の後頭部を押さえて、距離がゼロになったのは。
「機嫌直った?」
僕は玲吾の頬を手で包み、もう一度キスをする。
「…ふふ、ごめんね。」
つい笑ってしまった。
「そろそろ天祥院はこの教室から出た方がいい。」
「…え?」
「ここ掃除してないから埃っぽいぞ。」
「…あぁ…そう、だね。」
なんだ。僕とこの空間にいるのが嫌なんだと思った。玲吾の顔を見ずに後ろを向く。
わかってる。わかってるけど。
「辛いなぁ。」
教室を出てから咳が止まらなかった。
天祥院英智side終
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「玲吾くん、起きてください。」
「ん…?」
目を開ければいい笑顔の椚先生が。
「あ。」
完全に目が覚めた。
「こんなところでなぜ寝ているんでしょうか?」
やっちまった…バレた。というかなぜバレてんだ。ここは使われてない音楽室なのに。
「なんでだろう。」
「貴方はわざと私のイラつかせてるってことでいいんですよね?」
ピキピキと表情筋が動いてる。
「いや、そんなつもりじゃ…」
「はぁ…」
疲れ切った顔をしてため息をついた。
「椚先生、ちゃんと眠れてる?」
「…はい?まぁ、最近二時間睡眠なので、慣れていないですがそのうち慣れるでしょう。」
…は?二時間?
「慣れてないって…慣れてもダメだよ。」
俺だったら無理。耐えられない。
「レコーディングするので起きてください。」
俺は椚先生の腕を掴んだ。
「な、んですか。」
「目の下に隈ができてる。」
近くで見てもやっぱり顔整ってるな。まぁ、アイドル活動してたんだから当たり前だが。
「私のことはどうだっていいんですよ。…近いです、離してください。」
「少し休みなよ、先生。」