宝物のキミへ | ナノ
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▽ 似て非なるもの



いつもより飲むペースが早いなまえ。酒に強いわけじゃない彼女がこのペースで飲めば酔わないわけがなくて。



「っ!陣平ちゃんが私のビールとった!!」
「うるせぇ。酔っ払いは水飲め!」
「研ちゃんー。陣平ちゃんがいじめるー・・・」



とろんとした目も、呂律が上手く回っていないその喋り方も、いつもより体温の高い手も、甘えてくるその仕草の全てが可愛いと思えた。



「とりあえず一回水飲もっか。そしたらビール頼んでやるからさ」
「・・・分かった、飲む」
「えらいな、いい子」


素直に両手でグラスを持ち水を飲む姿に口元が自然と緩む。


久しぶりに過ごす三人での穏やかな時間。


その時、それを引き裂くような声が俺達の間に割って入る。


「あれ?萩原くん?」
「あ!松田くんも一緒じゃん!」

隣の席で俺達の名前を呼ぶ二人の女の子。声の方を振り返ると、そこにいたのは警察学校時代の同期だった。



「せっかく久しぶりに会えたんだし乾杯しようよ!」
「ほら!松田くんも!」

二人は自分のグラスを持って俺達の隣に腰掛ける。隣に座った女からふわりと香った香水の匂いに、顔が歪みそうになるのを寸のところで堪える。

彼女の視線がちらりとなまえに向けられる。


嫌な予感がした。

彼女とは警察学校時代に何度か関係を持ったことがあった。サバサバとしていて、特に俺の事を束縛することもなかった彼女は言い方は悪いかもしれないが都合が良かったのだ。

けれどなまえを見るその視線は、たしかに敵意と少しの興味を含むもの。


陣平ちゃんの隣に座った女もちらちらと興味深そうになまえを見る。



「そっちの子は?萩原くんの彼女?」
「俺と陣平ちゃんの幼馴染みだよ」
「あー!昔話してくれたことあったよね!一つ年下の幼馴染みちゃんの話!よろしくね」


にっこりと作られた笑顔でなまえに話しかける彼女。けれどなまえがその笑顔に応じることはなくて。


小さく頭を下げると持っていたグラスを置き立ち上がる。



「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。飲みすぎたかも」
「大丈夫か?一人で行ける?」
「うん、ありがと」

決して愛想のいい態度とはいえないなまえの後ろ姿がどうにも気になって。

普段から誰とでも仲良くやる奴じゃない。けど俺や陣平ちゃんの知り合いとなれば、当たり障りのない程度にはうまくやるのがいつものなまえだ。


俺の方すら見ようともせずトイレに向かうなまえ。



「噂には聞いてたけど、ホントに大事にしてるんだね。幼馴染みちゃんのこと」
「とりあえずさ!せっかくだし乾杯しちゃお!」


二人の勢いに押されグラスを持たされる俺と陣平ちゃん。こうなったらさっさと乾杯だけして解散した方が早い。


カチン。と鳴るグラス。

隣で話す彼女の言葉に頷きながらもその内容はうまく頭には入ってこない。


なかなか戻らないなまえ。話を遮って迎えに行こうとグラスを置いたその瞬間、先に立ち上がったのは陣平ちゃんだった。



「悪ぃ、俺もちょっとトイレ」

そう言うと陣平ちゃんは、さっさとトイレの方へと向かう。

グラスを手放して行き場のなくなった手でぎゅっと拳を握る。


あいつが行くならその方がいい。

きっとなまえがこの場を離れたのは、陣平ちゃんの隣で親しげに話しかけてたあの子が理由だろうから。


あれやこれやと話す二人に相槌を打ちながら、心は今頃一緒にいるであろうなまえと陣平ちゃんにもっていかれる。


しばらくすると陣平ちゃんの背中に隠れながら戻ってきたいなまえ。いつもより少しだけ近い二人の距離にちくりと痛む胸の奥。



「萩原くんは今彼女いないんでしょ?今度遊ぼうよ!」

俺の腕を掴みながらそう言う彼女。同じ仕草でもなまえじゃないというだけで、受け入れることができない。

そっとその手を解きながら笑顔を作る。




「仕事忙しいからまたタイミング合えば皆で遊ぼっか」
「えー、二人がいい」
「またいつかね。とりあえず今日は久しぶりに三人で飲みに来た日だからさ。この辺でお開きにしない?」


限界だった。

三人で過ごす時間を他の奴に邪魔されることも。近い距離で香る甘ったるい香水も。なまえの暗い表情を見ることも。


その言葉に渋々ながら従う二人。席を立つ直前、隣にいた女が俺の耳元に口を近づけた。





「“昔みたいに”遊びたくなったらまたいつでも誘ってね!幼馴染みちゃんもまたね」

彼女の赤い唇がゆっくりと弧を描く。そしてなまえに向けられた視線。

そこに感じるのは俺への好意と、なまえへの敵対心。


身から出た錆、とはまさにこのことだろう。彼女に手を出した過去を悔やんだところでもう遅い。




「・・・・・・陣平ちゃん、そのビールちょーだい」
「お、おう」

彼女達が去った後、まだほとんど手をつけていなかった陣平ちゃんのビールを手に取り一気に飲み干すなまえ。

その表情に色はなくて、感情を読み取ることができない。



「すいません!ビールもう一杯ください!」
「・・・・・・なまえ」

名前を呼んでみても返事はなくて。そのままただ酒を煽るなまえに、なんと声をかけていいのか分からなかった。


陣平ちゃんの隣にいた女へ向けられているのは、間違いなく嫉妬心だろう。


じゃあ俺は?

きっとそれはただの独占欲。


嫉妬なんて甘いものじゃない。そう頭では分かっていた。


兄貴を知らない女にとられたから。ただそれだけのこと。


それは決定的に違う俺と陣平ちゃんへの気持ちの違いだった。

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