宝物のキミへ | ナノ
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▽ 橙色に溶ける



分かりやすい奴。


『捜査一課』

その言葉が出たその一瞬、隣にいたなまえの顔色が変わった。


久しぶりに訪れた三人で飲む機会。
ずっと特殊犯係に転属希望を出していた陣平ちゃん。そんな彼が捜一に転属が決まった。

転属希望の理由は、きっとあの爆弾犯を捕まえるため。そんな私情が通るわけもなくて、頭を冷やせと捜一に異動になったといったところだろうか。



「何で特殊犯係に転属希望出してたの?」
「別に。たいした理由はねぇーよ」


どうやらなまえにもその理由を話すつもりはないらしい。


煙草を吸いに陣平ちゃんが外に出たのを確認すると、俺はなまえの頭をくしゃくしゃと撫でる。



「なまえの言う陣平ちゃんに相応しい相手ってのは、捜査一課にいるわけだ」
「っ!」
「分かりやすすぎなんだよ、お前は」

驚いたように見開かれる瞳。その反応が素直すぎて思わず笑いがこぼれた。



「研ちゃんが鋭すぎるんだよ、色々と」
「ははっ、なまえが俺に隠し事をしようなんて百年早いんだよ」

俺がどれだけお前のことを見てきたと思ってるんだよ。なんて、それは言葉にすることのない思い。


乱れたなまえの髪を直してやりながら、不安げなその瞳に視線を向ける。




「未来なんて本人の選択次第でいくらでも変わるんだ。松田が選ぶのはなまえ、お前だよ。だからしょぼくれた顔してねぇーで、いつもみたいに笑ってろ」
「・・・・・・研ちゃん・・・」
「ずっと二人を見てきた俺が言うんだから間違いないだろ」


未来は変わる。現にこうして俺はここにいる。

泣きそうな顔も、辛そうな顔も、お前には似合わないから。



『お前はそれでいいのか?』


頭の中でもう一人の自分の声がする。心の奥に閉じ込めて何重にも鍵をかけているはずのそれは、最近よく顔を覗かせるのだ。


限界、なのかもしれないな。


きっとなまえと松田が結ばれるのは時間の問題。それを心から望む自分と、認められない自分。相反したその感情は、ドロドロと俺の胸の中で渦巻く。


あぁ、今俺はうまく笑えているんだろうか。





ある非番の日のこと。

いつものように家に来ていたなまえ。俺の服を着てソファで寝転び携帯を触る彼女。いつしか当たり前になったその光景に自然と目尻が下がる。


手を伸ばせば触れられるその距離。けれどどこまでも遠い俺達の距離。



そういえば陣平ちゃんの仕事がそろそろ終わる頃だ。



「なぁ、なまえ」
「ん?なぁに?」
「今日外で飯食わねぇ?」
「うん!いいよ」

そう言って誘えば彼女が頷かないわけがない。起き上がったなまえが用意を始める。


あいつの不安要素をひとつひとつ消してやる必要があった。いくら言葉で説明しても彼女は納得しないから。



少し調べれば分かることだった。

男が多い捜一。かつ陣平ちゃんに深く関わる女性。必然的に絞られるその存在。




「百聞は一見にしかず、ってやつだな」

小さく呟いたそんな声は、彼女に届くことはなかった。






「・・・・・・研ちゃん、やっぱり私・・・」
「帰るとか言うなよ?せっかくここまで来たんだし」

やって来たのは警視庁前。
俺の思惑に気付いたなまえは、複雑そうな顔を隠すことなく俺の腕を引いた。


陣平ちゃんにメッセージを送ると、そろそろ戻ると返信があった。


その返信から数分後。

赤のRX-7が目の前に止まる。


俺の腕を掴んでいたなまえの手にぎゅっと力が入る。


助手席の窓が開く。そこには少しだけ眉間に皺を寄せた陣平ちゃんの姿。そしてこの向こうの運転席では、こちらの様子を探るように見る佐藤美和子警部補の姿。


なまえのこの反応を見る限り、やっぱり俺の予想は当たりらしい。



「よぉ、陣平ちゃん。お疲れさん」
「お疲れ様」

そう言いながら俺の影に隠れるなまえが可愛くて、自然と笑みがこぼれる。




「たしか貴方は、爆発物処理班の萩原隊員だったかしら?」
「こんな美人に覚えてもらえてるなんて光栄ですよ。陣平ちゃんがいつもお世話になってます」
「あら、上手いこと言っても何も出ないわよ」

運転席から声をかけてきた彼女に軽く頭を下げながら他愛もない話をしている間も、なまえの手はしっかりと俺の腕を掴んだままで。


たしかに美人だとは思う。
けれど陣平ちゃんが彼女を好きになる未来はどうにも想像できなかった。




「なまえ?」
「っ、」

黙ったままのなまえに陣平ちゃんが声をかける。びくりと跳ねるその小さな肩。


ホント、分かりやすい奴。

むしろこれで気付かない陣平ちゃんが鈍感すぎるんじゃねぇの?とすら思えてくる。

不安げに一瞬こちらを見上げたなまえ。くしゃりとその頭を撫でてやる。



「陣平ちゃんが仕事終わったら飯行こーぜ。俺ら適当に待ってるからさ」
「・・・・・・おう、分かった」


オレンジ色の陽の中に去っていく車の後ろ姿を見送る。



「引っ付いたら怒る?」

俺のシャツの胸元を掴みながら、消えそうなくらい小さな声で呟くなまえ。俺が答えるより前に、擦り寄るように頭を寄せる。


「んーん、怒んないよ。なんで怒るんだよ。てかもう引っ付いてるし」
「だってここ警視庁の真ん前・・・。研ちゃんの知り合いもいるかもなわけだし・・・」


変なところで遠慮する彼女が可笑しくてケラケラと笑う俺と、まだどこか不安げななまえ。




「さすがに仕事中なら考えるけど今日は非番だし。それになまえがこうして甘えてくれるのは、俺も嬉しいよ」

じっと俺を見上げるその瞳が不安げにゆらゆらと揺れる。頭を撫でてやると少しだけ和らぐその表情。



「てか見てわかっただろ?陣平ちゃんとあの刑事さん」
「・・・・・・まだ出会ったばかりだからだよ」
「例えあと何年経っても俺は松田があの人に惚れるとは思えねぇけどなぁ」


伊達に陣平ちゃんと長く一緒にいたわけじゃない。

あいつが考えてることくらいわかるし、どれくらいなまえを想ってるかも知ってるつもりだ。


それでも認めようとしないなまえ。実際彼女を目にしてもそれは変わらないらしい。



「綺麗でかっこいい人だったね、さっきの人」
「まぁたしかに美人だとは思ったけど、かっこいいのか?」
「真っ直ぐで強い人だと思う。ちゃんと自分の中の正義があって、凛としてて、素敵な人だと思った」


俺はあの人を知らないから。

なまえの話す人物像が彼女とどれくらい一致しているのかは分からない。

けれどそう話すなまえの言葉には、どこか憧れのような響きが伴っているように思えた。


俺は胸元に擦り寄ってきていたその小さな体をぎゅっと抱き寄せた。





「俺は不器用で弱くて、素直じゃなくて甘えたな子が好きだよ」


強くなんかならなくていい。

お前はお前のままでいい。



「強くなんかなくていい。一人で立てるようにならなくていい。辛い時は誰かによりかかればいいんだ」
「・・・・・・・・・甘やかしすぎだよ」
「松田も同じように思ってると思う。だからあんまり自分を卑下すんな」


じんわりと涙を浮かべたなまえ。その涙をそっと指で拭ってやると、そのまま俺の背中に腕を回す彼女。


どこか頼りなくて、変なところで頑固で。その小さな肩に全てを背負い込んでしまうお前だから。


一人で立てないなら、俺によりかかればいい。

なまえ一人くらいいつでも支えてやる。


お前が頼ってくれるなら、俺は何でもしてやる。心からそう思えるんだ。


不安げなその体を抱きしめながら、沈んでいくオレンジ色の太陽の眩しさに目を細めた。

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