宝物のキミへ | ナノ
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▽ 夢の中では穏やかに



空が青い。太陽が眩しい。


あぁ、生きてたな、俺。






爆発の寸前、なんとか別フロアまで逃げることができた俺達。俺を含めた数人が怪我をしているものの、全員命に別状はなさそうで安堵の息がこぼれた。




「・・・・・研ちゃ・・・ん・・・っ・・・!!そばにいるって約束したじゃん・・・っ・・・!!!一人にしないで・・・っ・・・!!!」

地上におりると、聞こえてきた悲痛なその叫び声。


陣平ちゃんに肩を支えられながら、人目もはばからずぼろぼろと涙を流すなまえ。


やっぱり泣いてるんだな、お前は。


その涙を見ていると、ずきんと痛む胸。けれど同じくらい嬉しいと思ってしまう俺は歪んでいるんだろうか。




「・・・・・・っ、はぁ・・・、俺がお前との約束破るわけないだろ」

走ったせいで乱れる息。二人に近付いて声をかける。



「っ、!!!!」
「・・・ったく、心配かけんじゃねぇーよ」

息を飲むなまえと、呆れながらもほっとした表情を見せる陣平ちゃん。




「・・・・・・研ちゃん・・・っ・・・!!!」
「心配かけてごめんな」

俺の胸に飛び込んできたなまえを受け止めると、その体を強く抱きしめる。まるで生きていることを確かめるように、俺の胸に顔を寄せるなまえ。

彼女の頬を流れる涙は、止まらなかった。


ふと目に入ったのは、彼女の足元。

ところどころ切り傷のあるその足は裸足で、よく見ればその服も部屋着のまま。



「てかなまえ、怪我してるじゃん、足!それにそんな薄着で外出たら風邪ひくだろ」
「・・・っ、研ちゃんの方が怪我してるじゃん・・・!」
「俺はいいの」

上着をかけてやりたくても、今の俺は爆発せいで煤まみれもいいとこだ。

冷えきったその体をどうにかしてやりたくて、抱きしめる腕に力を込めた。




「ありがとな。なまえから聞いてなかったら、二度とお前や松田に会えなくなるところだった」
「・・・っ・・・」
「あの話聞いてなかったら、タイマーが止まった時点で一服してただろうな。そしたら今頃吹き飛んでたかも」


きっと“あの未来”知らなかったら、タイマーが止まった時点で油断して確実な小さな爆弾から解体していただろう。そうなればきっと俺は・・・・・・、



腕の中の温かなその存在。二度とこの体温に触れることができなくなっていた。そう考えると、たまらなく怖い。そう思わずにはいられなかった。






警視庁に戻る車の中。隣に座る陣平ちゃんの様子がいつもと違うことに気付かないわけがなかった。


俺やなまえに対して彼が感じたであろう違和感。なまえが話さない以上は、俺がそれを話すわけにもいかない。

陣平ちゃんの質問をかわしながら、なまえにメッセージを送り終えた携帯をポケットにしまう。


あの爆発の瞬間、きっとなまえは周りなんて気にする余裕もないくらい取り乱していたんだろう。

それをすぐ隣で見ていた陣平ちゃん。考えていることなんて少し考えれば分かった。



「らしくねぇーなぁ、松田がそんな顔するの」
「っ、何がだよ」
「変な勘ぐりするんじゃねぇーよ。なまえが取り乱してたのは、相手が俺だからじゃない」


相手がお前でもあいつはきっと取り乱していた。きっと俺の声は、なまえに届かないだろう。

それほどまでにあいつにとって俺達は特別だから。


嬉しい。そして同じくらい悲しい。

その特別は、俺の望む形とは違うから。


そんなことを考えていると警視庁に着いた車が止まる。


車から降りた俺は、少し後ろを歩く陣平ちゃんの方を振り返った。


お前は勘違いしてる。

なまえにとってたしかに俺は特別かもしれない。でもあいつが好きなのは、ずっとずっと昔から松田だけなんだから。


お前がそんな顔する必要ねぇんだよ。と心の中で小さく笑う。


「なまえが好きなのは、ガキの頃からずっとお前だよ。今はあいつの中で色んなことがぐちゃぐちゃに絡み合ってて素直になれねぇーだけだ。だからもう少しだけ待ってやってくれよ」


真っ直ぐな陣平ちゃん。色々考えすぎて遠回りしてしまうなまえ。素直じゃない二人だから。今はすれ違っているだけ。

いつか二人の道は交わるのだから。


笑顔を向けた俺を見て、顔を歪める松田。


あぁ、これは怒らせたな。



「っ、お前はどうなんだよ」
「俺?」
「いつもカッコつけてすましてんじゃねぇよ!たまには本音で向き合えよ!」


声を荒らげた松田に近付く。



「俺はいつも本音で喋ってるよ。お前となまえが幸せになってくれりゃ、それでいいんだ」



二人の幸せを願う気持ちに偽りなんてない。

だからお前がそんな風に辛そうな顔をする必要はない。これは俺が選んだ道なんだから。



ぽんっと松田の肩を叩くと、そのまま背を向けて歩き出す。後ろから足音が聞こえてくることはなかった。






まずは一つ。なまえが怯えていた未来は変わった。


あの日からなまえの俺へのべったり度合いは、拍車がかかっていた。

大学やバイト以外は、ほぼ毎日俺の家に入り浸っているなまえ。



「・・・・・・研ちゃん、引っ付いていい?」

一緒にテレビを見ていると、隣に座っていたなまえが上目遣いでこちらを見ながらそんなことを言う。その瞳はどこか危なげで。なまえの心に巣食うあの真っ黒な不安はまだ消えていないらしい。


「いいよ、おいで」
「ん」
「最近のなまえは甘えただよな」

腕を広げると、そのままぎゅっと抱きついてくるなまえ。風呂上がりの彼女の髪からは俺と同じシャンプーの香り。あぁ、心臓に悪い。

茶化すようにそう言いながらも、頭の中ではそんなことを考えてしまう。


可愛くないわけがない。
でも俺だって男なわけで、好きな女がこんな風に毎日べったりそばにいたら思うことだってある。

でも“あの日”から俺がなまえに手を出すことはなかった。


「研ちゃん」
「ん?」
「呼んでみただけ」
「ははっ、なんだそれ」

ぎゅっと腰に回された腕に力が入る。まるでここに俺がいることを確かめるように。


・・・・・・ホント、可愛い奴。

トントンと背中を撫でていると、やがて聞こえてくる小さな寝息。眠ったのを確認すると、そのまま起こさないようにそっと抱き上げベッドへと運ぶ。


最近では当たり前になったこの流れ。

布団をかけてやると僅かに身を捩らせるなまえ。


「・・・・・・けん・・・ちゃん・・・」

寝言で呟かれた自分の名前。
なまえの手は俺のTシャツの裾をぎゅっと握ったまま。このままでは離れることができない。



「・・・・・・はぁ、なんの拷問なんだよ、コレ」

自嘲的な笑いと共にそんな呟きがこぼれる。夢の中にいるなまえにその言葉は届かない。


半ば諦めに似たような気持ちで、隣に寝転ぶとそのまま温もりを求め擦り寄ってくるなまえ。


「無防備すぎんだよ、ばーか」

気持ちよさそうに眠るその額に寄せた唇。


安心しきったその寝顔。きっとこの寝顔を見れるのもあと少しなんだろう。


寂しい。

らしくもない感情が込み上げてくるような気がして、そっと目を閉じた。

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