君ありて幸福 | ナノ
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▽ 満ちて、満ちて、欠ける



捜査一課に配属になり、二週間が過ぎた。



「松田君!聞いてるの?」
「声がでけぇ。ちゃんと聞こえてるっての」
「だいたいさっきの態度は何?聞き込みをする時はもっと・・・」


運転席でハンドルを握りながらごちゃごちゃと説教をしてくるのは、配属と同時に俺の教育係となった女。


佐藤美和子。


この二週間、ほとんどの時間を彼女と過ごしたような気すらする。


最初は女の教育係なんてだりぃ、なんて考えたけれど彼女はそんな心配なんていらないくらい男勝りで正義感の強い刑事という職業がぴったりの人間だった。


おかげで俺は毎日彼女に説教される始末だ。


真面目とは言えない俺の態度。周りの刑事から向けられる視線に気付かないわけじゃない。

そういえば爆処に配属になってすぐの頃も、周りの奴らとどうにも反りが合わなくて同じそうな視線を向けられたことがあった。


あの時は萩が上手く間に入って立ち回ってくれてたっけ。


人当たりのいいあいつは、周りの奴らとコミュニケーションを取るのが上手かった。悪目立ちしやすい俺を上手く輪に入れてくれていたことを思い出し、小さく息を吐く。



そのとき、ポケットに入れていた携帯が小さく震えた。



『何時に警視庁戻ってくんのー?ぼちぼち仕事終わるよな?』


そこには先程まで頭に浮かんでいた萩からのメッセージ。


たしかあいつは非番のはず。もうすぐ戻ると返事を打つとそのまま携帯をポケットにしまう。



「何かあったの?」
「いや、別に。爆処のツレが何時に警視庁戻るのかって」
「そういえば幼馴染みが爆発物処理班にいたらしいわね」
「あぁ。今日そいつ非番だし、飲みの誘いとかだと思う」


萩の考えそうなことだ。
そんな俺の言葉を聞いた佐藤が小さく笑った。


「何が面白いんだ?」
「ふふっ、松田君にもちゃんと友達がいるんだなって安心しただけよ」
「っ、俺だってツレの一人や二人いるっての」


ケラケラと楽しげに笑う彼女。なんだか小っ恥ずかしい気がして、俺は視線を窓の外に向けた。


車はいつの間にか警視庁の近く。見慣れた建物の前に、同じく見慣れた影が二つ。


「・・・・・・っ・・・」
「松田君?」


その姿を見た瞬間、アームレストに置いていた手にぎゅっと力が入った。


それに気付いた佐藤が不思議そうに俺の名前を呼ぶ。



警視庁前に立つ人影に気付いた彼女は、そのまま彼らの前に車を停めた。



「よぉ、陣平ちゃん。お疲れさん」
「お疲れ様」


助手席の窓を開けると、ひらひらと手を振りながらいつも通りのトーンで話しかけてくる萩。そしてその影からひょこりと顔を覗かせるなまえ。


なまえの手は当たり前のように萩の腕を掴んでいて、ドロドロとした感情が腹の底から込み上げてくる。



「たしか貴方は、爆発物処理班の萩原隊員だったかしら?」
「こんな美人に覚えてもらえてるなんて光栄ですよ。陣平ちゃんがいつもお世話になってます」
「あら、上手いこと言っても何も出ないわよ」


俺を間に挟んで、なんてことないように話す萩と佐藤。いつものように軽口を叩く萩だけど、隣にいるなまえは黙ったまま。


「なまえ?」
「っ、」


元々社交的とは言えないなまえ。けれど何故か今日はその様子が少しだけ気になり名前を呼ぶと、ぴくりと彼女の肩が跳ねた。


「陣平ちゃんが仕事終わったら飯行こーぜ。俺ら適当に待ってるからさ」
「・・・・・・おう、分かった」


そんななまえの頭をくしゃりと撫でた萩原。二人の一瞬のアイコンタクト。きっと佐藤は気付いていないだろう。


俺は適当に返事をすると、そのまま窓を閉めた。ミラー越しに二人を見る。


萩原の胸に体を預けているなまえの表情は見えない。頭ひとつ違う身長差の二人。小さくなる影がキリキリと胸を締め付けた。




「綺麗な子ね。さすが萩原君の彼女ってところかしら」
「・・・・・・別にあいつは萩の女じゃねぇ」
「そうなの?仲良さそうだったからてっきり恋人同士なのかと思ったわ」
「幼馴染みだ。あいつら、昔から距離感バグってんだよ」


佐藤のなんてことない言葉にも苛立ってしまい語気が強くなる。


ガキかよ、俺は。


ぶつけようのない苛立ち。右手でくしゃくしゃと髪を乱す。



「あの女の子のこと好きなの?」
「・・・・・・っ、別にそんなんじゃねぇ!」
「ムキになって否定するのは、肯定と同じよ」


バックで車を停めながらくすくすと笑う佐藤。知り合ってまもない人間にすらバレてしまうほど俺は分かりやすいんだろうか。


エンジンを切ると佐藤は車を降りながらこちらを振り返る。


「定時過ぎちゃってるしこのまま上がっていいわよ。後は報告書書くだけだし」
「俺もやるよ」
「二人を待たせるのも悪いでしょ。こういうときは甘えておけばいいの」
「定時過ぎてんのはあんたも同じだろ。二人でやった方が早い」


バン!とドアを閉めると、そのまま警視庁へと戻る俺の後ろをパタパタと追いかけてくる佐藤。



本当は今のこの気持ちのままあの二人の元に戻ることが怖かったんだ。


日に日に深くなっていくなまえへの気持ち。


それと同時に独占欲だって強くなる。


けれど今の俺が気持ちを伝えたとしてもなまえの答えはあの日と変わらないだろう。


あいつの言う俺に相応しい女。それが誰のことなのか未だに分からない。


どんなに想っていても証明しようのないこの気持ち。もどかしさは苛立ちに変わり、やがて悲しみに変わる。



なぁ、なまえ。


お前の代わりなんていねぇんだよ。


なんて言えばお前に伝わるんだ?


例え相手が萩原だったとしても、俺はお前を渡したくない。

俺の気持ちのせいでお前が悩むことになったとしても、この気持ちだけはなかったことにしたくないんだ。

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