君ありて幸福 | ナノ
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▽ 笑顔の裏側に隠れた気持ち



目を閉じると、何度も同じ光景が頭の中で繰り返される。腹に響くような轟音と、マンションから立ちのぼる黒煙。


その光景は想像していた何倍も私の心を抉った。



研ちゃんを失ったかと思った。


頭の中から離れてくれないその事実は、私にとって忘れられないものになった。



「なまえ、そんな所で寝てたら風邪ひくぞ」


学校帰りに研ちゃんの家に寄り、そのまま彼の仕事が終わるのを待っていたはずなのにいつの間にか眠ってしまっていたらしい。


ソファの前に屈んで私の頭を撫でていた研ちゃんと視線が交わる。


優しく目尻を下げて笑う彼はたしかに私の目の前にいる。それなのにその存在を確かめたくなるのは何故なんだろう。


私はソファに寝そべったままゆるゆると研ちゃんに手を伸ばした。


「相変わらず甘えたな奴だな」
「おかえり、研ちゃん・・・」
「ん、ただいま」


研ちゃんはそのまま床にあぐらをかいて座ると、ぎゅっと抱き着いた私の体を同じ強さで抱きしめてくれた。


とくん、とくんと脈打つ彼の心音が心地よかった。



「研ちゃん、抱っこ」
「ガキか!まだ寝ぼけてるだろ」
「・・・・・・んーん、起きてるもん」
「目開いてねぇし。ほら、おいで」


彼は小さく笑うと、そのまま私の腰を支えるようにして抱き抱えてくれる。

あぐらの上にすっぽりと収まった私の体。髪を梳いてくれる手の温かさが心地よくて自然と瞼が重くなる。


「なぁ、なまえ」
「・・・・・・ん?」
「お前はあと何個重たいもん背負い込んでるんだ?」


夢見心地の私の耳に届く研ちゃんの真剣な声。夢と現の狭間でその声を聞いていた。



「俺はこうして生きてる。松田もだ。それでもまだお前は素直に欲しいもんを欲しいって言えないのか?」
「・・・・・・私が欲しいものは、二人の幸せな未来だよ」
「その未来になまえはいねぇの?」


部屋に静かに解けていく彼の声。時を刻む秒針の音だけが響く。


私はその未来にいるのかな。

考えないようにしていた。


私一人の犠牲で二人が守れるならそれでいい。ずっとそう思っていたから。


でも結局私は犠牲にすらなれていなくて、こうして優しい腕に守られているだけの存在なのだ。


「なまえと松田がくっついてくんねぇと俺も安心して幼馴染み離れできねぇよ」

冗談めかして小さく笑った研ちゃん。


その言葉にズキンと胸の奥に軋むような痛みが走ったような気がした。


無意識に研ちゃんの背中に回していた腕にぎゅっと力が入る。それに気付かない人じゃない。


「心配しなくても傍にいるよ。今はまだ甘えたななまえちゃんには俺が必要だろ」

揶揄うようにそう言うと、私の鼻を軽くつまむ。


私の弱さが研ちゃんを縛り付けているんだろうか。


頭ではそう思うのに、その腕の中が心地よくて手離すことができなかった。






「俺さ、捜査一課に異動になったわ」

それは久しぶりに三人で居酒屋で飲んでいた時だった。陣平ちゃんの口から出た言葉に思わず箸が止まった。


「捜査一課?陣平ちゃんが?」
「あぁ。ったく、何で俺が・・・」
「しつこく希望出してた特殊犯係へ転属は通らないのにな。あーあ、俺がいないところで陣平ちゃんがうまくやれるか今から心配だよ」
「うっせ、やれるに決まってんだろ」


研ちゃんはすでに知っていたようで、いつものように陣平ちゃんを揶揄って笑っていた。


違う。


私が知っている流れじゃない。


陣平ちゃんが捜査一課に転属になるのはもっと後のこと。


そこまで考えてふと気づく。


研ちゃんが生きている今、どうして陣平ちゃんは強行犯係への転属希望をだしていたんだろうか。


たしかにあの爆弾事件の犯人はまだ捕まっていない。


でも何故、陣平ちゃんはその犯人にここまで固執しているんだろうか。



「何で特殊犯係に転属希望出してたの?」
「別に。たいした理由はねぇーよ」


ごくりとビールを煽ると、私から視線を逸らしそう言った陣平ちゃん。


嘘だ。


彼が視線を逸らすのは、いつも何かを隠しているとき。


けれどここで問い詰めたとしても教えてくれることはないだろう。



捜査一課か・・・・・・。



そこで彼が出会うであろう存在に、モヤモヤとした何かが胸を覆う。



「なまえちゃーん。ほら、あーん」
「・・・っ!って、熱っ!」
「唐揚げは揚げたてが一番美味いだろ。ビールに合うねぇ」


名前を呼ばれ振り向くと同時に、口の中に放り込まれたのは熱々の唐揚げ。


口の中に広がるその熱さを誤魔化すために慌ててビールを飲んだ私を見て、その箸の主は楽しげに笑いながら同じくビールを口に運んだ。



「お前らイチャこくなら家でやれよ」
「陣平ちゃんもあーんして欲しくなった?」
「んなわけあるか!煙草吸ってくる」

ふざけて唐揚げ摘んだお箸を陣平ちゃんの方へと伸ばした研ちゃん。陣平ちゃんはそんな彼に言い返すと机の上に置いてあった煙草を持って外にある灰皿の方へと向かう。



ピシャリと入口のドアが閉まったのを確認すると、研ちゃんが私の隣へとやって来て腰を下ろした。


そしてそのままわしゃわしゃと私の頭を撫でる。



「なまえの言う陣平ちゃんに相応しい相手ってのは、捜査一課にいるわけだ」
「っ!」
「分かりやすすぎなんだよ、お前は」


ケラケラと笑う研ちゃんは、私の顔を覗き込む。

絡み合う視線。柔らかく下がる彼の目尻にとは反対に、私の表情は曇る。


「研ちゃんが鋭すぎるんだよ、色々と」
「ははっ、なまえが俺に隠し事をしようなんて百年早いんだよ」


乱した私の髪を優しく整えると、研ちゃんはこちらに向き直って真剣な顔をした。


ガヤガヤとした居酒屋の店内で、私達の周りだけが切り離されたかのように思えた。



「未来なんて本人の選択次第でいくらでも変わるんだ。松田が選ぶのはなまえ、お前だよ。だからしょぼくれた顔してねぇーで、いつもみたいに笑ってろ」
「・・・・・・研ちゃん・・・」
「ずっと二人を見てきた俺が言うんだから間違いないだろ」


にっと笑って首を傾げる彼に、なんと言葉を返すべきか分からなかった。


たしかに笑っているはずの研ちゃん。なのに何故だろう、彼を纏う空気が少しだけいつもと違う気がしたのだ。


けれどそれは一瞬のこと。


居酒屋の入口のドアが開き、陣平ちゃんが店内に入ってくると研ちゃんは楽しげに笑いながら机の上にあったビールに手を伸ばすのだった。

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