君ありて幸福 | ナノ
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▽ 見えないフリをする


沈みかけた夕陽を背中に浴びながら、私は研ちゃんのシャツの胸元をぎゅっと握りそのままそこに頭を寄せた。


「引っ付いたら怒る?」
「んーん、怒んないよ。なんで怒るんだよ。てかもう引っ付いてるし」
「だってここ警視庁の真ん前・・・。研ちゃんの知り合いもいるかもなわけだし・・・」


ごにょごにょと語尾が小さくなっていく私を見て、研ちゃんはケラケラと笑う。


「さすがに仕事中なら考えるけど今日は非番だし。それになまえがこうして甘えてくれるのは、俺も嬉しいよ」


どこまでも優しい目で私を見ながら、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。

その瞳に嘘なんてなくて、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。



「てか見てわかっただろ?陣平ちゃんとあの刑事さん」
「・・・・・・まだ出会ったばかりだからだよ」
「例えあと何年経っても俺は松田があの人に惚れるとは思えねぇけどなぁ」


この前の飲み会での私の反応で、捜査一課に未来の陣平ちゃんの想い人がいると知った研ちゃん。実際見て見ないと何も分からないだろうと私を誘ったのだ。


佐藤刑事の助手席に座る陣平ちゃんを見た瞬間、どきんと跳ねた心臓。


綺麗な人だと思った。


見た目はもちろん、その芯が強そうで真っ直ぐな瞳がかっこいいと思った。


陣平ちゃんの隣にいるのに相応しい人。


こうして研ちゃんの優しさに頼りっぱなしの弱い私と違って、自分の足でしっかりと立っている女性。



「綺麗でかっこいい人だったね、さっきの人」
「まぁたしかに美人だとは思ったけど、かっこいいのか?」
「真っ直ぐで強い人だと思う。ちゃんと自分の中の正義があって、凛としてて、素敵な人だと思った」


あの一瞬だけじゃない。
それは私が彼女を“知っている”からそう思うんだろう。


研ちゃんは何も言わずに、ぎゅっと私の背中に腕を回した。




「俺は不器用で弱くて、素直じゃなくて甘えたな子が好きだよ」


優しいその声にじんわりと瞳を涙の膜が覆う。



「強くなんかなくていい。一人で立てるようにならなくていい。辛い時は誰かによりかかればいいんだ」
「・・・・・・・・・甘やかしすぎだよ」
「松田も同じように思ってると思う。だからあんまり自分を卑下すんな」


いつも真っ暗な世界に落ち込んだ時、すくい上げてくれるのは研ちゃんの魔法のような言葉だった。


どれくらい研ちゃんに引っ付いていたんだろうか。気が付くとオレンジ色の夕陽が先程よりもかたむいていた。


「あっちにベンチあるから座って待ってようか」
「うん」


研ちゃんに腕を引かれ近くにあったベンチへと腰掛ける。


この後、どこに飲みに行こうかなんて他愛もない話をしていると背後から近付いてくる足音。



「悪ぃ、待たせたな」


振り返るとネクタイを緩めながらこちらにやってくる陣平ちゃんの姿があった。



「お疲れさん。ちょっと中の喫煙所で俺煙草一本だけ吸ってきていい?」
「おう。ここで待ってるわ」


研ちゃんがポケットから煙草を取り出しながら立ち上がる。


入れ違いで私の隣に腰掛ける陣平ちゃん。


研ちゃんと違って少しだけ間をあけて座る彼。



「お疲れ様。急に来てごめんね」
「謝んなくていい。俺もお前に会いたかったし」
「っ、」


らしくないその言葉にカッと熱を帯びる頬。


大きく脈打つ心臓の音が隣にいる彼に聞こえてしまうんじゃないかと思った。



「研ちゃんみたいなこと言うね、今日の陣平ちゃんは」
「はっきり言わねぇとお前には伝わらないからな」
「っ、・・・・・・あ!さっきの刑事さんが陣平ちゃんの教育係って言ってた人?綺麗な人だったね」


いつもと違う雰囲気の陣平ちゃん。どこか落ち着かなくて慌てて話を逸らす。


陣平ちゃんは外したネクタイをくるくると丸め、ポケットに入れながら態とらしく片方の眉を上げる。



「わかんねぇ。まぁ親衛隊みたいな奴らもいるらしいからモテるんだろうな」
「親衛隊・・・。すごいね、それ」
「そんなこと言ったら萩だって昔からファンクラブみたいなのあったし、そんな感じだろ」


そういえば学生の頃そんなのあったっけ。

名前も知らない先輩に呼び出された懐かし記憶が頭をよぎる。



「たしかに研ちゃんは昔からモテてたもんね」
「いつもキャーキャー騒がれてたよな」
「ははっ、たしかに。かっこいいし誰にでも優しいからね」


人当たりがよくて、周りの人の小さな変化に気付く研ちゃん。人が彼の周りに集まるのも納得だった。



「あいつの優しさは酷だと思うけどな」
「・・・・・・え?」
「萩にガチで惚れてる女からすりゃ耐えられねぇだろ」


不意に真剣味を帯びた陣平ちゃんの声に、思わず振り返る。


「萩の中には明確な線引きがある。お前だって気付いてないわけじゃねぇだろ?」
「・・・・・・」
「あいつが無条件に甘やかして受け入れるのはお前だけだ。なまえがどう思うか、傷付かないか、泣かないか、それがあいつにとっての全ての基準だろ」
「・・・・・・そんなこと・・・」
「ないって言い切れるか?」


ひゅうっと私達の間を風が抜けていく。


分かっていた。
それほどまでに大切に思われていることは。


「大学の頃にさ、俺が付き合ってた女覚えてるか?」
「・・・うん、覚えてるよ」
「そいつと付き合い始めて萩に流れで紹介したことがあったんだ。萩の奴、そこからずっとその子のこと気にかけててさ。俺の女って紹介したのそいつが初めてだったし、だから優しくしてるだけだと思ってた」


初めて陣平ちゃんの隣に立つ女の人を見たあのときの胸の痛みは今でも忘れない。


そういえばあのときも私のその痛みに気付いてくれたのは研ちゃんだったっけ。



「そいつと喧嘩が増えてきて、どうしたらいいか悩んでた俺に萩が言ったんだ。あの子だけはやめた方がいいって」
「・・・・・・どういう意味?」
「あの子は俺に本気だから。望む心をあげられないなら別れた方がいいって言われたよ」



優しい研ちゃんのことだ。
女の子が泣くところなんて見たくないはず。

陣平ちゃんの気持ちが彼女になかったのなら、別れることを勧めるのも納得だった。



「優しいんだと思ったよ、俺も最初は」


私の心を見透かすように陣平ちゃんは目を伏せた。


「でも萩原が考えてたのはその女の気持ちじゃなかった」
「・・・・・・何を・・・」
「お前だよ、なまえ」
「っ、」
「あの頃から俺はお前が好きだったから。それを知ったあいつがお前に何かするんじゃないかって気にしてた。俺の気持ちが手に入らないって知った時、なまえのことをあいつが傷付けるんじゃないかってそれだけをずっと気にしてたんだ」



上手く声が出なかった。


「まぁ女が泣いてるとこを見たくねぇって言ってた萩の言葉も嘘じゃねぇだろうけど」
「・・・・・・」
「俺だけじゃなくて萩原の気持ちも信じられねぇの?」



研ちゃんの気持ち。

そんなのずっと前から知っている。





「忘れたいなら俺の事を利用すればいい」



嘘ならよかった。



「ずっと好きだった。松田のこと好きなところも含めて受け止めるから、今だけは俺の事だけ見て」



優しすぎる人だから。


言葉のとおり、私は彼を利用したんだ。


一番利用してはいけない人を・・・・・・。

ずっと誤魔化し続けてきた罪悪感。
真っ直ぐにこちらを見る陣平ちゃんの視線が痛い。




「・・・・・・信じてるよ研ちゃんの気持ちは。・・・・・・痛いくらい分かってる・・・」


俯いた私に何かを言いかけた陣平ちゃん。けれどそれは叶わなかった。



「待たせたな!じゃあ行くか!・・・・・・なんかあったのか?」


警視庁から出てきた研ちゃんが、俯く私と黙ったままの陣平ちゃんを不思議そうな顔で見ながら近付いてくる。


ベンチに座る私の前に腰を下ろすと、そのまま私の肩を撫でた。


「なまえ?大丈夫か?陣平ちゃんも怖い顔して、二人とも喧嘩でもしたのか?」
「・・・・・・ううん、平気だよ。ちょっと陣平ちゃんと話し込んじゃっただけ。ね、陣平ちゃん」
「おう。さっさと飯行こうぜ、腹減った」


変な空気を追い払うように立ち上がった陣平ちゃん。私も合わせて立ち上がり、心配そうに眉を寄せていた研ちゃんに笑顔を向けた。



「ホントに大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。研ちゃん心配しすぎ」
「そっか。よーし!今日は久しぶりに飲もうか!」



上手く笑えてるのかな。

きっと私の作り笑いなんて研ちゃんにはバレバレなんだろう。


それでも気付かないフリをしてくれるその優しさが胸に小さな痛みを残していった。

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