▽ あったかもしれない未来
「心配かけて悪かったな」
警視庁に戻る車の後部座席、萩はそう言いながら俺の肩に腕を回した。
「・・・・・・お前もなまえも、この事件のことなんか知ってたんじゃねぇーの?」
「何でそう思う?」
「現場に行く前のお前の様子がおかしかった。それになまえもだ。爆発がおきる前から尋常じゃねぇくらい取り乱してた」
まるであそこで爆発が起きることを知っていたかのように。
そしてそれに萩原が巻き込まれるのを予見していたかのように・・・・・・。
萩原の名前を呼びながら泣き叫ぶあいつの姿が頭から離れなかった。
「悪い夢でも見たんだろ、きっと」
「お前の様子が変だったことは何て言い訳すんだよ」
「俺は陣平ちゃんほど器用じゃないから、爆弾の解体前はそりゃ緊張するよ」
ふっと小さく笑う萩原。俺の肩に回していない方の手でポケットから携帯を取り出すとどこかへとメッセージを打っていた。
きっとその相手はなまえだろう。
嫉妬とも、嫉みともいえないこの感情は何なんだろうか。
萩原があの爆発に巻き込まれたかと思ったあの瞬間、目の前が真っ暗になった。
ずっと一緒にいた幼馴染みをこんな形で失うなんて考えたくもなかった。
同時に、もう一人の冷静な自分が何かのフィルター越しになまえを見ていた。
「・・・・・研ちゃ・・・ん・・・っ・・・!!そばにいるって約束したじゃん・・・っ・・・!!!一人にしないで・・・っ・・・!!!」あの時、お前の隣に俺もいただろう。
一人じゃねぇーよ。
はっきりとそう言ってやれなかったのは、なまえにとって萩原の存在の大きさを見せつけられた気がしたから。
もし萩じゃなくて俺があの現場にいたとしても、なまえはきっと取り乱していただろう。
自惚れなんかじゃなくて、俺もあいつにとって大切な幼馴染みであることには変わりないと理解しているから。
でもそのとき隣に萩原がいたら、あいつはきっと萩原に泣きついていたはずだ。
あの瞬間、なまえの瞳に俺は映っていなかった。
「らしくねぇーなぁ、松田がそんな顔するの」
「っ、何がだよ」
「変な勘ぐりするんじゃねぇーよ。なまえが取り乱してたのは、相手が俺だからじゃない」
いつの間にか携帯を触るのをやめていた萩原がこちらを見ていた。
時々こいつのカンの鋭さが嫌になる。自分の弱い部分を全て見透かされているような気持ちになる。
「お前だからだろ。あの時俺の言葉はあいつに届いてなかった」
「逆の立場なら俺も同じだよ。それくらいなまえは俺らのこと大事に思ってくれてるから」
なぁ、萩。
本気でそう思うか?
なまえにとって特別なのは・・・、
そこまで考えて、ぐっと拳を握る。
比べたところで意味がない。
そんなことは分かっていた。
気がつくと車は警視庁の前で止まる。
車から降りた萩の後ろを歩く。少し前を歩いていた萩が不意にこちらを振り返った。
「なまえが好きなのは、ガキの頃からずっとお前だよ。今はあいつの中で色んなことがぐちゃぐちゃに絡み合ってて素直になれねぇーだけだ。だからもう少しだけ待ってやってくれよ」
にっと目を細めて笑った萩。
なんでこいつはいつもこうなんだ。
俺だって馬鹿じゃない。
萩原がなまえを特別に思っていることくらいずっと前から知っていた。
それでもこいつはいつも俺やなまえの心配ばかり。お人好しにもほどがある。
「っ、お前はどうなんだよ」
「俺?」
「いつもカッコつけてすましてんじゃねぇよ!たまには本音で向き合えよ!」
声を荒らげた俺に、萩原が二三歩近付いた。
「俺はいつも本音で喋ってるよ。お前となまえが幸せになってくれりゃ、それでいいんだ」
ぽんっと俺の肩を叩くとそのまま背を向けて建物の中へと向かう萩。その背中を見ながら俺はすぐに動くことが出来なかった。
*
あの事件の日から、これまでにも増してなまえが萩原の傍を離れなくなった。それは季節が流れても変わることはなかった。
研ちゃん、研ちゃんとあいつにべったりなのは昔からだったがそれに拍車がかかったようだった。
正直見ていて楽しいわけじゃない。けれどあんな事件があった後だ、なまえの気持ちもわからないわけじゃなくて俺は何も言うことができなかった。
「チッ、何でなんだよ!」
「まーた転属希望通らなかったのか?」
「通らなかっただけじゃねぇ!見ろよ、これ」
ばんっと椅子に腰かけた俺は、先程上司からもらった紙切れを隣に座る萩の机の上に投げた。
辞令、と書かれたその紙切れ。
「捜査一課強行犯係?陣平ちゃんが希望出してたのって特殊犯係じゃなかったっけ?」
「そうだよ!頭冷やせってことだろ」
「そこまで分かってんならムキになるなよ」
困ったように笑う萩原を見て、俺はふんっと鼻を鳴らした。
結局あの事件の主犯格の人物はまだ捕まっていない。
仲間の男は、警察から逃げる途中で車に跳ねれて死亡。
あの日、萩原が解体していた爆弾のタイマーは一度止まったのだ。けれどそれは再び動きだした。
その理由は、その共犯者の男が警察に追われ死んだことをもう一人の犯人が知ったから。タイマーが止まっていないと思ったその男は、止め方を警察に伝えようと電話ボックスへと走った。そしてそのままその場所を警察に逆探知され、逃げようとして死亡したのだ。
それを知った犯人はその怒りから再びタイマーのスイッチを入れたのだ。
そんな奴がこのまま引き下がるとは思えなかった。
それに・・・・・・、
この事件の真相を知れば何かが分かる気がしたんだ。
なまえと萩原が隠している何かが。
頑なに何かを隠しているなまえ。
きっとそれを萩原は知っている。
問い詰めたところで二人が答えることはないだろう。
だったら自分で突き止めてやる。
俺は優しく待ってやるなんてできる性分じゃねぇ。
「俺がいなくても他の奴らと喧嘩すんじゃねぇぞ」
「うるせぇ!ガキじゃねぇんだからそんなことしねぇよ!」
「そうやってすぐムキになるところがガキなんだよ」
ケラケラと笑いながら俺の頭を撫でた萩原の手を振り払う。
それでも楽しげに笑っている萩原。
ふとその笑顔が永遠に失われていた未来を想像してしまう。
「・・・・・・あいつは泣き続けるだろうな」
こいつのいない世界は、想像できない。したくもない。
俺も立ち直るなんてできないだろう。
それはきっとなまえも同じ。
頭に過ぎるのは、あの日の痛々しいくらいに泣き叫ぶあいつの姿。
なまえが萩原に向ける感情が一体何なのか。知りたいけれど知りたくないその真相。
ぽつりとこぼれた独り言は、萩原の耳には届くことはなかったようだった。
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