君ありて幸福 | ナノ
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▽ 赤く塗りつぶした空



警察学校を無事に卒業した俺は、当初の予定通り爆発物処理班への配属が決まった。


「ホント腐れ縁だよな、俺達って」
「知った顔がいて安心してるくせに」

隣でニヤリと笑うのは、同じく機動隊の制服に身を包む萩原だった。


爆発物処理班への誘いを受けるか悩んでいた萩原。慎重なあいつらしいといえばそれまでだが、もっと何か理由がある気がしてならなかった。


「良かったのかよ、ホントにここで」
「あぁ、もちろん。陣平ちゃんを一人にするのも心配だしな」
「バーカ、ガキじゃねぇんだから平気だよ」


憎まれ口を叩きながらも隣にこいつがいることは素直に嬉しかった。






“あの日”からいくつかの季節が流れた。

街をふきぬける風が少しだけ冷たくなり始め、冬の訪れを感じさせる。


なまえの言う、俺に相応しい相手。一体それが誰のことを指すのか、全く検討がつかなかった。


警察学校時代に出会った女もいた。機動隊に入ってからも。けれど心を動かされるような相手は誰一人としていない。


後にも先にも、あんなふうに思えたのはなまえだけだった。



「一体いつなんだよ、そいつがでてくんのは」

警察学校を卒業すると同時に一人暮らしを始めた俺は、リビングのソファに腰掛けながらそんなことを呟いた。


そいつがでてきてくれないことには、俺の気持ちを証明しようもない。


その時、机の上に置いてあった携帯が震えた。


「げ、勘弁してくれよ。非番だろ、今日は」


携帯に表示されているのは上司からの呼び出しのメッセージ。


何故だか事件の多いこの街。
犯罪率バグってんだろ、なんて悪態をつきながらも着替えに手を伸ばした。



現場は都内にある二カ所のマンション。


そこに向かう前に事件についての詳細を上司から聞いていると、少し遅れて萩がやって来た。



「お前も呼び出されたのかよ。お互いに非番だったのについてねぇーな」
「あぁ。今頃うちのお姫様がご立腹だろうな」
「なまえとなんか約束してたのか?」
「ちょっと、な。それより爆弾が仕掛けられてる場所、二箇所あるんだって?」


ふわりと俺の質問を躱すと、犯人からの要求を確認する萩原。


その横顔はいつもよりどこか緊張しているように見え、俺は思わず萩の腕を引いた。



「おい。お前なんかあったのか?」
「なになに、陣平ちゃん。そんな怖い顔して」
「ふざけてんじゃねーよ。なんか隠してんだろ」


伊達に何年も一緒にいたわけじゃない。
こいつが何かを隠してることくらい俺にだって分かる。

言い争う俺達を心配そうに見つめる周りの奴ら。


「ほーら、皆心配してるじゃん。さっさとその爆弾とやらの解体に行こーぜ」
「・・・・・・チッ、後からちゃんと聞かせろよ」


たしかにいつまでもここで俺達がぐずぐずしているわけにはいかない。小さく舌打ちをした俺を見て、萩原はいつも通り笑っていた。


俺と萩原はそれぞれ爆弾の仕掛けられたマンションへと向かった。


タイマー式の爆弾。

ニッパーを握る手に自然と力が入る。
やらりこの瞬間にだけは、何回向き合っても慣れることはないんだろう。


何とか解体を終えた爆弾を見て、ふぅと小さく息を吐く。


張り詰めた緊張感、そして解体し終えたあとのこのなんとも言えない高揚感。


額を流れる汗を拭った俺は、そのまま萩原が爆弾を解体しているマンションへと向かった。


避難した住民や、報道陣、警察官でごった返しているマンションの周辺。


規制線を潜り現場へとやって来た俺は、萩がいるであろうマンションの二十階あたりを見上げた。


「ご苦労だったな、松田」
「萩原の方は?」

現場を仕切っていた上司からの労いの言葉に、そう尋ねたその瞬間だった。



「陣平ちゃん!!!!!!」


規制線の向こうから、大きな声で名前を呼ばれ振り返る。


俺の事をそう呼ぶのは、今頃爆弾の解体をしているであろう萩原ともう一人だけ。



「っ、なまえ?!お前こんなとこで何してんだよ!てかその格好どうしたんだ?!」

何とか規制線を潜ろうとしていたなまえは、ガタイのいい警官に腕を捕まれていた。

恐らく部屋着であるTシャツにスウェット姿の彼女。足元を見れば靴を履いていなくて、裸足のまま。ところどころ血が滲むその足は痛々しい。


俺は彼女の腕を掴んでいた警官に一言「知り合いなんで」と告げる。そしてそのまま彼女の腕を引き近くに置いてあったパイプ椅子に座らせようとした。


「っ、研ちゃんは?!起きたらいなくて・・・っ・・・。今日だけは一緒にいてって言ったのに・・・っ・・・!!!ねぇ、研ちゃんはどこ!!!」

こんなに取り乱す彼女を見たのは初めてのことだった。


俺の服を掴みながら半泣きでそう叫ぶなまえ。


その姿に嫌な予感がしたんだ。



「ちょっと待ってろ」

俺はポケットから携帯を取り出すと、そのまま萩原の電話番号を鳴らした。


いつものあいつならすぐに出るはず。


けれど聞こえてくるのは無機質なコール音だけ。


「っ、クソ!なんで出ねぇーんだよ!!」

バン!っと携帯を机に叩きつけると、俺はそのままなまえの元へと戻った。



「っ、研ちゃんは?!」
「萩原は今マンションに仕掛けられた爆弾を解体中のはずだ。心配しなくてもタイマーは止まってる。あいつなら大丈夫だ」


今までも萩原が爆弾の解体に向かったことは何度かあった。その度に心配そうな顔こそしていたけれど、ここまでこいつが取り乱すことはなかった。


マンションに向かう前の萩原の様子と、尋常ではない取り乱し方のなまえ。頭の中から嫌な想像が離れてくれない。


「なまえ。落ち着け、萩原なら大丈夫だ」

マンションに入ろうとするなまえを何とか#パイプ椅子に座らせると、俺は彼女の前に座りその両肩を掴んだ。


「・・・・・・っ・・・研ちゃんが・・・っ・・・、研ちゃん・・・・・・」

うわ言の様に萩の名前を繰り返すなまえ。


周りの警察官達もそんななまえを、奇異な目で見ていた。



「何?!タイマーが動き出しただと?!」

現場と無線を繋いでいた奴のそんな声が辺りに響いた。


その言葉になまえがびくりと肩を揺らした。


「おい!!どういう事だよ!タイマーは止まってたんじゃねぇーのかよ!」


俺はそいつから無線を奪い叫んだ。

無線の向こうから聞こえてくるのはガヤガヤとした喧騒だけ。



「危険です!離れてください!」

背後から聞こえてきたその声に慌てて振り返る。


そこにはフラフラとマンションの入口に向かおうとしたところを、女性警官に止められているなまえがいた。


「おい!なまえ!!」
「・・・・・・研ちゃん・・・っ」


虚ろな目でマンションを見つめるなまえ。その瞳に俺は映っていなかった。



その瞬間だった。



ドォォォォン!!!!!!と辺りに激しい爆発音が轟いた。


一瞬の静けさ。

周りにいた人々が、その衝撃に動きを止めた。



「・・・・・・・・・嫌ぁぁぁぁぁ!!!!!」


その場で泣き崩れたなまえ。

そんな彼女の肩を咄嗟に支えながらも、俺の視線はマンションから立ちのぼる黒煙を見ていた。



「おい!誰か現場と連絡つく奴はいないのか!」

周りの警察官達が慌ただしく右往左往する。



なぁ、嘘だよな?萩原。

お前が死ぬわけない。


なまえが泣いてるんだぞ。
ほっといていいのかよ。


俺の服を掴みながら叫ぶように泣くなまえ。その姿はあまりにも痛々しくて、真っ直ぐに見ることができないほどだった。



「・・・じんぺ・・・ちゃん・・・っ・・・。研ちゃんが・・・っ」
「あいつがお前のことおいていくわけねぇーだろ!しっかりしろ!!」
「っ、」


それはまるで自分に言い聞かせるかのような言葉だった。

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