▽ 嘘つきは誰だっけ
どんなに止まって欲しいと願ったところで、容赦なく時間は流れていく。
研ちゃんと陣平ちゃんが警察学校に入ってから一ヶ月が過ぎた。
ほとんど毎日かかってくる研ちゃんからの電話。慣れない環境で疲れているはずなのに、私のことを気にかけてくれるその優しさにどれくらい救われただろうか。
警察学校で出会った仲間の話や、陣平ちゃんが教官に怒られた話、食堂のご飯が意外とおいしいという話。他愛もないそんな話が私にとって心の拠り所だった。
そして今日は二人が入校してから、初めて実家に帰ってくる日だ。
警察学校の最寄り駅の改札前。
研ちゃんに言われた時間の五分前、私は一人その場所にいた。
迎えに来て、と研ちゃんに言われ最初は断った。けれど俺が早く会いたいから、といつもの調子で彼に言われては断り切ることが出来なかったのだ。
「なまえ!」
眩しい太陽に目を細めていると、聞きなれた声が私の名前を呼んだ。
ひらひらと手を振る研ちゃん、そしてその後ろには眠そうに欠伸をする陣平ちゃんの姿があった。
「なんか久しぶりだな、こうやって三人で会うの」
「一ヶ月ちょっとしか経ってねぇだろ、まだ」
「陣平ちゃんも寂しかったくせに」
変わらない二人のやりとりに自然と目尻が下がる。
「とりあえず腹減ったからなんか食ってから帰ろうぜ」
「だな。なまえ何食べたい?」
駅のホームに入っていく二人を追いかける。当たり前の三人での時間。それがかけがえのないものに思えて仕方がなかった。
*
「それで陣平ちゃんてば、ボッコボコよ。差し歯まで飛んでってたたしな」
「喧嘩して怒られたりしないの?それ」
「まぁそこはうちの班長がうまくやってくれたよ」
「陣平ちゃんと張り合うってすごい人もいるんだね」
「張り合うじゃねぇ。俺が勝ったんだよ」
降谷零。諸伏景光。伊達航。
二人から出たその名前は、たしかに聞き覚えのあるもの。
まさかそこがこの警察学校で繋がるなんて知らなかった。平然を装いながらも、その事実に驚きを隠せなかった。
私の知らない物語がそこにはあった。
駅から自宅までの道のり。
陣平ちゃんと別れた私達は、そのまま研ちゃんの部屋へとやって来た。
「話って何?」
二人が家に帰ってくる前の日の夜。研ちゃんに話があると言われた私は、久しぶりに入る彼の部屋のソファに腰掛けながらそう尋ねた。
「爆発物処理班」
「・・・・・・っ・・・!」
「俺と松田。爆処に来ないかって誘われてるんだ」
隣に腰かけた研ちゃんは、目を丸くした私をまっすぐに見ながら言葉を続けた。
筋書き通りに進んでいく物語。
真っ暗な底なし沼のような闇に二人が引きずり込まれていくような感覚に陥る。
「なまえ。大丈夫だから。俺達はちゃんとここにいるだろ?」
「・・・・・・っ、ごめ・・・んっ」
「謝らなくていい。ゆっくりでいいから聞いてほしい」
私は震える手で研ちゃんの腕を掴んだ。彼はそのまま私の頭を引き寄せると、ぽんぽんと優しく撫でてくれる。
「松田や俺のこと即戦力って考えてくれてるらしい。でも爆処はヤベェ仕事が多い。俺らが警察官になるのを嫌がってた理由って多分これが原因だろ?」
何も答えることのできない私の頭を撫でながら、研ちゃんは穏やかな声のトーンで話を続けた。
「点と点が繋がったような気分だった。殉職するなんて、そうそうある話じゃない。でもあそこの部署なら他より格段にリスクは上がる」
「・・・・・・っ、」
「松田は乗り気だったよ。好きなことを仕事にできるわけだし、その気持ちは俺も理解できる」
「怖く・・・・・・ないの?」
「怖くない、って言ったら嘘になるな。とんとん拍子に話が進みすぎて、このまま突っ走っていいのか不安になる。なまえから聞いた話もあるしな」
普段はチャラけて見えるけれど、何事にも慎重な研ちゃん。きっと色々悩んでいるのだろう。
「なまえのこと不安にさせたくない。けど松田のこともこのまま一人で突っ走らせるのも心配だと思う」
「・・・っ、何で・・・」
「ん?」
「何でいつも私達のことばっかり・・・っ・・・。もっと自分のことを一番に考えて・・・」
どこまでも優しい人。
震える声でそういった私を見て、研ちゃんは笑う。
「だって仕方ねぇじゃん。二人は俺にとって特別だから。どうしたって考えちまうんだ」
その言葉に堪えきれなくなった私の頬を一粒の涙がつたう。
その涙をそっと拭うと、至近距離で研ちゃんと視線が交わる。
「行かないで。たった一言そう言ってくれたら俺はその言葉に従うのにな」
「・・・っ・・・」
「お前は絶対言わない。だろ?」
「・・・言えないよ・・・っ・・・、そんなこと・・・」
優しい貴方は私の為にこれからの未来を選ぼうとしてくれるから。
無責任にそんな言葉を言えるはずがなかった。
研ちゃんの未来は彼のものだから・・・・・・。
「約束して。これから先に何が起こってもそれは俺が決めたことだ。なまえのせいじゃない」
きっと彼の中で答えはでているんだろう。
「ここでお前に判断を委ねるなんてかっこ悪ぃ真似できないだろ。だからこれから先のことは全部俺が決めたことなんだ」
「・・・・・・研ちゃん・・・」
私の負担を少しでも軽くするために彼がそう言ってくれていることくらい、馬鹿な私でも理解出来た。
「心配しなくてもなまえが素直に欲しいものを欲しいって言えるようになるまでは、俺が守ってやるよ」
くしゃりといつもの笑顔でそう言うと、わしゃわしゃと私の頭を撫でてくれる。
私はなんて無力なんだろう。
二人の為に何もできていない。
敷かれたレールの上を淡々と進んでいく物語に抗うことなんてできるんだろうか。
「・・・・・・十一月七日」
「え?」
「私と一緒にいて欲しい。何があっても仕事に行かないで」
なりふりなんてかまっていられなかった。
勘のいい彼のことだ、私の言葉の意味にも気付くだろう。
けれど他に方法が思いつかなかった。
「意外とすぐなんだな」
「・・・・・・っ、」
「ずっと怖かったよな。ごめんな」
震える私の手に重なる研ちゃんの大きな手。
何で・・・・・・、
何でそんなに優しい瞳で私を見るの・・・・・・っ・・・・・・。
「・・・・・・何で研ちゃんが謝るの・・・っ・・・」
「だって俺のことでそんな顔させてるんだもん。昔から言ってるだろ、なまえには笑っててほしいって」
にーっと私の頬を両手の人差し指で引っ張る彼。私の瞳から溢れる涙は止まってはくれない
「泣き虫なのはいつまでたっても変わらないな」
「・・・・・・研ちゃんが甘やかすからだもん・・・っ・・・」
「あはは、俺のせいか。なら仕方ねぇな」
研ちゃんは私の頬から手を離すと、そのままぎゅっと抱き締めてくれる。
どこよりも安心できる彼の腕の中。
いつまでも、いつまでも、
この時間が永遠に続いて欲しい。
そう願わずにはいられなかった。
*
ねぇ、研ちゃん。
なんで約束を破ったの?
私はずっとそう思ってた。
でも違うよね。
研ちゃんは、私との約束は今まで一つとして違えたことはなかった。
私が望めば何でも叶えてくれた。
甘やかしすぎだと陣平ちゃんに怒られても、研ちゃんはいつもケラケラと笑っていたよね。
あの日、その日だけは一緒にいてと泣いた私。どこまでも真っ直ぐな貴方は私に嘘はつかない。
初めてだった。
研ちゃんが私の“お願い”を聞いてくれなかったのは。
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