君ありて幸福 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▽ 思ったよりも弱いキミ



「はぁ・・・」

ある日の昼休み。

前の席に座る萩が窓の外を見ながらため息をついた。いつも明るくてにこにこ笑っている萩がため息なんて珍しい。

思わず彼の視線の先を辿ると、そこには向かいの校舎。窓際に座るなまえの姿があった。


「んだよ、辛気臭ぇな。ため息なんてお前らしくないぞ」

なんとなくそれが面白くなくて、コンっ!と彼の座る椅子の足を蹴る。


「辛気臭くて悪かったな。親友の悩み相談に乗ってやろうって優しい心は陣平ちゃんにはないのかねぇ」
「なんか悩んでんのか?」
「いや、別に。ただ自分の不甲斐なさにへこんでるだけ」


振り返った萩はいつもの調子でへらりと笑う。けれどその言葉はふざけているようには聞こえなくて、思わずじっと目を見る。


こいつがこんな風に悩む理由は、恐らく・・・というか間違いなくなまえのことだろう。


「なまえとなんかあったのか?」

聞きたくないけれど気になる。そんな相反した気持ち。結局、気になる気持ちが勝った俺が尋ねると萩は困ったように眉を下げ小さく笑う。


「何もないよ。むしろ何もなくて困ってる」
「は?どういう意味だよ、それ」
「鈍感な陣平ちゃんには教えてあげなーい」
「っ、誰が鈍感だ!!」


ケラケラと笑いながら萩は再び視線を窓の外に向ける。その瞳の奥は笑っていなくて、思わず俺もなまえの方を見た。


そこにはクラスメイトと談笑しているなまえがいた。


「別にいつも通りじゃん」
「・・・・・・だから問題なんだよ」

ぽつりと呟いた俺。

返ってきた萩の声はどこか切ない響きを孕んでいた。







その日の放課後、家でテレビを見ていると玄関のチャイムが鳴る。


家には誰もいない。仕方なく立ち上がった俺は玄関を開けた。


「お母さんがこれ持っていけって。はい、あげる。親戚からいっぱい送られてきたんだよね」

扉を開けるとそこにいたのは紙袋を片手に持ったなまえだった。

差し出された紙袋の中を見ると、苺のパックが二個。



「おう、サンキュ」
「お母さんがまた研ちゃんとご飯食べにおいでって言ってたよ」

なまえや萩の家族とはガキの頃からの付き合いだ。昔はよくあいつらの家で晩飯を一緒に食うこともあったが、高校に入り自然とその回数も減っていた。

それでもこうして俺達のことを気にかけてくれるなまえのおばさん。


「あぁ。また行くって伝えといて」
「うん!お母さんも喜ぶよ」

そう言って笑ったなまえ。
ふと昼間の萩の様子が頭によぎる。


「これ萩の所には持っていったのか?」
「うん!さっき持って行ってきたよ。研ちゃん珍しく勉強中だったから渡してそのまま陣平ちゃんのとこに持ってきたの」

そう話すなまえはいつもと変わらない様子。特に萩と揉めた様子もないし、昼間のあいつの姿だけが気にかかった。


てかそもそもこいつらが喧嘩なんてするわけねぇか。

くだらないことですぐ喧嘩になる俺となまえとは違い、萩となまえが揉めてるところなんて今まで一度も見たことがない。


「何かあったの?」

黙りこくった俺を不思議に思ったのかなまえがこてんと首を傾げた。


「お前最近萩となんかあった?」
「研ちゃんと?」
「なんか珍しくあいつが考え事してたから。萩が悩むのなんかお前のことぐらいだろ」


本人に聞くのもな、とも思ったが考えていても出ない答えにしびれを切らした俺はなまえに尋ねた。


少しの沈黙の後、なまえは昼間の萩と同じように困ったような笑みを浮かべた。


「何もないよ。ただ研ちゃんが私に優しすぎるだけ」
「んなの昔からだろ」
「だから問題なの」
「・・・・・・・・・」
「別に喧嘩してるとかじゃないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」

そう言うとドアを閉めようとするなまえ。



“・・・・・・だから問題なんだよ‘”

昼間の萩と全く同じ言葉。


俺の知らない何かが二人の間にはあった。


その事実に胸の奥を何かが締め付けた。


全く同じ時間を過ごしていたわけじゃない。積み上げてきたものが違う。けれど同じ幼馴染みなのに、この差は何なんだろうか。



「なぁ」
「・・・っ、何?」

俺は思わず背中を向けたなまえの腕を掴んだ。


びくりと肩を浮かせた彼女。萩相手ならそんな反応しないくせに。


ふつふつと込み上げる嫉妬心。


「お前、萩のことどう思ってんの?」


なまえの瞳が驚いたようにぱっとら開かれる。その瞳の奥はゆらゆらと不安げに揺れていた。





「・・・・・・・・・大好きだし大切な人」

視線が交わる。先程までの不安げな表情は一ミリもなくて、意志の強い瞳がそこにあった。


“ 大好き”


それは幼馴染みとして?それとも男としてなのか?


その好きの意味を聞けるほど、俺は強くはなかった。




この時の俺は知らない。

なまえが何を一人で抱えていたかを。

それに気付いていた萩が彼女をどれだけ気にかけていたかを。


子供じみた嫉妬心だけが、俺の心に痕を残していった。

prev / next

[ back to top ]