君ありて幸福 | ナノ
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▽ 糸のない操り人形


ひらひらと舞い散る桜の花びら。
例年よりも早く咲いた桜の花が校庭を春らしい桃色に彩る。



卒業式を終えた研ちゃんと陣平ちゃんを校門の傍で待っていると、少し向こうに欠伸をしながらこちらにやって来る陣平ちゃんの姿を見つけた。


「卒業おめでとう!」
「おう。にしても卒業式ってなんで皆話長ぇんだろうな」

口元を手で隠しながら、ふぁーと生あくびをする彼の姿に思わずくすりと笑みが零れた。



月日の流れは早い。

色んなものが変わっていく中で、私達三人の関係は変わらずに時間が流れた。


研ちゃんと陣平ちゃんは、同じ大学に進学することが決まり無事に高校を卒業。私も高校三年へと進級した。


あの日から私達の間に生まれた“ 何か”には三人とも触れないまま進んだ歯車。

きっと全員が分かっていたんだと思う。


それに触れたら今までの“ 何か”が変わってしまうことに。



「研ちゃんは?」
「帰り際に女子に捕まってたから置いてきた」
「絶対告白じゃん、それ」
「何人かに呼び止められてたから、第二ボタンでも強請られてんじゃねぇの?」


昔からあるその文化。好きな人の第二ボタン。


ちらりと視線を陣平ちゃんの学ランの第二ボタンに向けると、ちゃんとつけられているボタン。


誰にもあげてないんだ。なんてほっとした自分がいたことには気付かないフリをする。



「悪ぃ、待たせたな!」

その時、少し向こうからこちらに走ってくる研ちゃんの姿を見つける。

彼の学ランは前が全て開いていて、中に着ているTシャツが見えていた。


「卒業おめでとう!学ランのボタン全部なくなったの?」
「なんか皆に欲しいって言われてあげてたら、袖のボタンまでなくなっちゃった」
「・・・・・・ここまでくるとすげぇな」


感心と呆れの入り交じった表情の陣平ちゃん。見事に全てのボタンのなくなった学ランをひらひらと見せながら笑う研ちゃんはいつもと変わらない。


三人で一緒に帰るのも今日で最後。

そう思うと歩き慣れた道も特別なものに思えた。


「あれ、陣平ちゃんは誰にもボタンあげなかったんだ」
「お前みたいに全部なくなる奴の方が珍しいだろ」
「さすが俺でしょ」
「へぇへぇ。さすがだよ」

隣から聞こえる二人の会話に耳を傾けながら、頬を撫でる温かい風を感じる。


あと何回三人で春を迎えることができるんだろうか。嫌でもそんなことを考えてしまうのは、数日前に陣平ちゃんから聞いた話のせいだ。





「俺さ、大学卒業したら警察官なろうと思う」
「・・・・・・っ、そっか。陣平ちゃんが警察ってなんか意外かも」
「うるせぇ。俺だってやるときゃやるんだよ」

いつも通りの放課後。三人で帰っていると、真剣な顔をした陣平ちゃんが不意にそう言った。返事をした自分の声が少しだけ震えていたことに、彼が気付かなかったことが救いだった。

隣を歩く研ちゃんが気遣うように私に視線向けたような気がしたけれど、そちらを振り返る余裕はなかった。


研ちゃんがいつか話していたように、きっとお父さんの事件がきっかけなんだろう。


止めれるわけがない。


少し前を歩く陣平ちゃん。
真っ直ぐ前を見据える彼の姿。手を伸ばせば届く距離にいるのに、それがとても遠くに感じて胸がぎゅっと締め付けられる。



「大丈夫だよ」
「・・・っ・・・」

不意にくしゃりと髪を撫でる優しい手。

どうしてこの人は私の気持ちの揺れにすぐ気が付くんだろうか。


隣を見上げると、優しく目を細めた研ちゃんと視線が交わる。


「俺らは何があっても変わらないから。なまえはそんな顔しなくていい」
「・・・・・・研ちゃん・・・」
「ったく、んな顔するなら全部話してくれたらいいのに。意地っ張り」


ケラケラと笑いながら、いつもより少しだけ乱暴に私の頭を撫でる彼。その姿に思わず涙腺が緩みそうになり、ぐっと堪える。


研ちゃんは核心には触れてこない。

私が話すまで彼が何かを聞いてくることはもうないだろう。


「なまえにとって松田や俺ってどんな存在?」

笑うのをやめた研ちゃんの真剣な声。真っ直ぐにこちらを見る彼の瞳から視線が逸らせなくなる。


どんな存在?

そんなの昔から決まってる。


「・・・・・・何より大事な存在。二人を守る為なら私は何でもするよ」


その為に私はここにいるんだから。


言葉にならなかったそれは私の心の中で繰り返された。


「なんか食って帰ろうぜ、腹減った」
「っ、うん!」
「駅前のハンバーガーに一票!陣平ちゃんのおごりで」
「何でだよ、ジャンケンだろ、そこは!」


振り返った陣平ちゃんの一言で、私と研ちゃんの間に流れていた真剣な空気が和らぐ。

少し前を歩いていた陣平ちゃんに追いつこうと足をはやめた。


「何があっても俺が守ってやるよ。なまえが大切だと思ってるもんは」


隣を歩いていた研ちゃんが私を追い越し、陣平ちゃんの肩に腕をかけた。すれ違う瞬間、かけられたその言葉。

わいわいと他愛もない話をしている二人の背中を見ながら、思わず足が止まる。



“何があっても”


研ちゃんのその言葉が頭の中にこびりついて離れない。


大袈裟なんかじゃない。
きっと彼はそういう人だ。


脳裏をよぎったのは、爆煙に包まれるあの観覧車。


もしあれが研ちゃんだったら・・・?


そんなの嫌だ。

私は二人とも失いたくないのだ。


欲張りかもしれない。それでもどちらかが欠けるなんてあってほしくない。


けれど何故かこのとき嫌な予感がしたのだ。


私が陣平ちゃんを大切に思っていることを知っている研ちゃん。きっと彼は私が陣平ちゃんを失って泣くくらいなら、その身代わりにすらなる気がしたのだ。


大切にされている。

その事実が怖いと思った。


優しすぎる人だから。

私のことを大切にしてくれる人だから。


あの人は私の為に自分を犠牲にしかねない。


「・・・・・・そんなの絶対駄目・・・っ・・・」

気が付くと震える声でそんな言葉が漏れていた。



「なまえ!ジャンケンするぞ!さっさと来ねぇとお前の負けになるからな」
「早くおいで、なまえ。陣平ちゃんの奢りだからたくさん食うぞー!」


いつの間にたどり着いたハンバーガー屋さんの前で二人の幼馴染みがこちらを振り返る。


楽しげに笑う二人の姿。


そこには私が守りたいものが確かにあった。



私が守りたかったのは、二人の未来。

二人が笑っていられるそんな世界。


例えそこに自分がいなくても、二人が笑顔でいられるならそれでいい。


私の胸に、新たな決意が生まれた。

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