君ありて幸福 | ナノ
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▽ 不機嫌で曖昧な



あの体育祭以来、研ちゃんと付き合ってると噂されることが増えた。


まぁあれだけ目立っていたし無理もないだろう。


そんな噂が流れても研ちゃんは今までと何も変わらなかった。彼があの保健室での一件に触れてくることはあれから一度もなかった。それが彼の優しさなんだろう。





学校からの帰り道。
先生に呼び出された陣平ちゃんを学校に残し、研ちゃんと一緒に帰っていると私達の間を冷たい風が吹き抜けていく。



「寒っ!風が冷たいー!」
「ほら、風邪引くからこれ巻いとけ」


研ちゃんは自分の巻いていたマフラーを外し、私の首へとぐるぐると巻き付ける。


マフラーからふわりと香るシトラスの香り。私に安心感を与えてくれる研ちゃんの匂い。マフラーを鼻まで上げると、隣を歩く彼の左腕に腕を絡めた。


「どした?」
「何でもないよ、寒いから引っ付きたくなっただけ」
「ははっ、甘えたか」


空いている右手で私の頭を優しく撫でてくれる研ちゃん。その手が優しくて、いつかその手が失われることを想像すると胸の奥がキリキリと痛む。


「まーた変な顔してる」
「・・・えっ?」
「なまえは笑ってる顔が一番可愛いんだから、いつもニコニコしてればいいんだよ」

むにっと私の頬を摘む彼。伸びた頬を見て彼は楽しげにケラケラと笑う。



失いたくない。


そんな思いが胸の中で強くなる。


「ねぇ、研ちゃん。卒業したら陣平ちゃんと同じ大学行くの?」
「んー、まぁ多分そうなるだろうな。それがどうかしたのか?」
「二人が高校からいなくなるの寂しいなぁって思っただけ」
「なまえも同じ大学に来るだろ?一年の我慢だよ」


彼らが警察官を目指すのはいつからなんだろうか。まだ彼らの口から“警察”という言葉は聞いたことがない。


このまま平凡に大学に進学して、別の職業に就いてくれたらなんて考えずにはいられなかった。



「そういえばこの前、陣平ちゃんが警察学校の話してたな」


不意にこぼした研ちゃんのその一言に、心臓がぎゅっと掴まれたような感覚に陥る。


「え・・・?」
「警察になりたいんだとよ、あいつ。親父さんの事件がやっぱ関係してんのかな」


顎に手を当てながら首を傾げる研ちゃん。


その言葉に手先から温度がなくなっていくのが分かった。触れている研ちゃんの腕から伝わる体温だけが、私に僅かな冷静さを与えてくれる。


「大学卒業したら警察学校行くのかね、あいつ」
「・・・・・・」
「なまえ?」


黙り込んだ私の顔を研ちゃんが覗き込む。


「・・・・・・陣平ちゃんが警察官を目指すなら、研ちゃんも一緒に警察官になるの?」
「んー、あんまり将来のこととか考えたことないから分かんねぇけど、警察官なら倒産することはないから安泰だしありかもな」
「・・・っ・・・」
「それに陣平ちゃんもいるなら退屈しなさそうだし」


陣平ちゃんのことを思い出しているのか、目尻を下げて笑う彼。けれど私は彼の言葉に笑うことができなかった。



駄目。

いなくならないで。




「でもなまえがなってほしくないなら、俺は警察官にはならないよ」

笑うことをやめた研ちゃんが不意に真剣な声色でそう呟いた。


その言葉に思わず顔を上げる。こちらを見る彼と視線が交わる。


「俺はなまえや陣平ちゃんと一緒にいれたらそれで十分だから。警察官に興味ないって言ったら嘘になるけど、なまえがそんな顔するなら俺はならないよ」
「そんな顔って・・・っ」
「泣きそうな顔してる、ずっと」


研ちゃんの右手が私の頬に触れる。


私を見る彼の瞳はどこまでも優しくて、思わず涙腺が緩みそうになる。


私の自分勝手のせいで彼の未来を変えてしまってもいいんだろうか。

いや、いいわけない。


優しいこの人は私が頼めば、警察官への道を諦めてくれるだろう。

けれどそれは研ちゃんの望む道じゃない。

それに陣平ちゃんはどうなるの?
彼は研ちゃんと違って、私の意見で将来の夢を変えることは無いだろう。



「研ちゃんならきっと優しくて素敵な警察官になるね」

ぐっと涙を堪えて、研ちゃんの瞳を見据える。


「・・・ふっ、ホントに頑固だなぁ。もっと素直に甘えてくれたらいいのに」

くしゃくしゃと少し乱暴に私の髪を撫でる彼。困ったように笑う研ちゃん。



聡い幼馴染みは私が胸の内に抱えているものがあることに気付いている。


研ちゃんなら私の突拍子もない話でも信じてくれるんじゃないか、そう思えてくるほどに彼は優しい。


その優しさに甘えてしまいたくなる。寄りかかりたくなる。頼りたくなってしまう。・・・・・・・・・それは私の弱さだった。



「・・・・・・優しすぎるんだよ、研ちゃんは」
「俺はなまえのことが大事だからね。優しくしたくなるんだよ」


パチンとわざとらしくウインクをした研ちゃん。思わず涙がこぼれそうになり、彼の左腕に顔を埋めた。

堪えきれなかった涙の粒が彼の服の袖を濡らす。



「一人ででかい荷物抱え込むのに疲れたらいつでも言ってこい。なまえの抱えてるもんくらい俺が持ってやる」
「・・・・・・っ・・・」



ねぇ、神様。

もし存在しているのなら、この優しい人達を私から奪わないでください。


彼らの目指す道を否定したくはない。

けれど死んで欲しくはない。


絶対に守りたい。


私は研ちゃんの服の袖をぎゅっと握った。

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