▽ 1-2
私には好きな人がいた。
小学生の頃の淡い初恋とでもいうのだろうか。
父親の仕事の都合で東京から、長野県に引越した私。
東京の友達と離れたくなかった私は、うまく新しい学校に馴染めていなかった。今思えば高飛車な嫌な態度をクラスメイトにとっていたんだろう。
そんな私にできた初めての友達。
すぐ隣の家に住んでいた、ひとつ歳上の男の子。
諸伏 景光くん。
歳が近いことと、母親同士が親しくなったこともあり私はすぐ景光くんと仲良くなった。
仲良くなったといっても、私が「ヒロくん、ヒロくん」と懐いてついてまわってたと母は話していたっけな。
同じ小学校だったので、学校でもよくヒロくんの教室に遊びに行っていたし、帰りも一緒に帰っていた。
放課後は、彼のお兄ちゃんに二人で勉強を教えてもらったり、三人でゲームをしたりもした。
私の家族と彼の家族でバーベキューをしたこともあったっけ。
どれも懐かしい思い出だ。
優しくて面倒見のいいヒロくんが大好きだった。
「なまえはいい子だね」
ヒロくんが褒めてくれるからいい子でいたいと思った。
苦手だったクラスメイトとも少しずつ打ち解けることができた。
初めて同じクラスで友達と呼べる子ができたとき、ヒロくんはにっこり笑って自分の事のように喜んでくれた。
そんな彼の笑顔は、幼いながらにとてもキラキラと輝いて見えた。
そんな彼がある日を境に笑わなくなった。
真っ黒な服に身を包んだ大人達。笑顔のないヒロくんとお兄ちゃん。大人達から二人に向けられるのは、憐れみの視線というのだろうか。幼かった私には理解できなかった。
「・・・ヒロくん、あっちでご飯食べよ?」
用意されたお弁当を食べている大人達から少し離れた所に一人ぽつんと座っていた彼に声をかけた。
「・・・・・・は・・・・・・で?」
「・・・え?」
小さく囁かれた声を上手く聞きとることができずに聞き返す。
「・・・・・・なまえは・・・、食べて、おいで?」
次はなんとか聞き取れた。
少し震えた手で私の頭を撫でるヒロくん。
「・・・・・・やだ、ここで一緒にいる」
「・・・・・・なまえ・・・」
今までに見たことのない様子の彼の隣を離れたくないと思った。
震える手をぎゅっと握って、隣に座る。
大人達の会話を聞いて、彼の両親が事件に巻き込まれ亡くなったことは理解していた。それを彼が目撃してしまったことも。それがどれくらいの心の傷を彼に与えたのかは、私には想像しきれない。
私には何もできない。隣にいることしかできない。
「・・・・・・私がずっと一緒にいるよ!!」
「・・・え?」
「私がずっとヒロくんと一緒にいるから寂しくないよ!守ってあげるもん!怖い人なんかやっつけてあげるよ!」
精一杯の告白だった。今思えば、両親を亡くして傷ついてる彼にあの時言うべき言葉はもっと他にあったのかもしれない。
「・・・・・・なまえ・・・・・・あり・・・がとう・・・っ」
そう言いながら私の肩にもたれかかったヒロくんの体温は今でも覚えている。
顔は見えなかったけど、震えていた肩。強く握られた手。
あの時たしかに彼は私の隣にいたんだ。
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