▽ 1-1
ピピッっと繰り返される電子音。ベッドの中から右手をのばし、ぱんと叩けばその音は止まる。短針は六をさしており、ごくごく普通のOLが起きるには少し早い時間だ。
やや眠たさの残る目を擦りながらベッドから上半身を起こし、両手を上げ背筋をぐーっと伸ばす。
「・・・・・・ふぁ〜、眠い」
欠伸を噛み殺しながら顔を洗って歯を磨いたら、向かうのは隣の部屋。
物音をたてないように、静かにドアノブを捻った。
一人暮らしには広すぎるこの間取り。
所謂2LDKというもので、安月給の私には勿体なすぎる物件だ。しかも立地条件もいいときたら、とてもじゃないが私の月給ではまかないきれない。
そんな私が何故ここに住むことができているかというと、この目の前ですーすーと寝息をたてている彼のおかげでしかない。
そっと枕元に腰をおろし、目にかかった前髪をよけてあげるとまだ少し眠そうな瞳と目が合う。
「おはよ、零」
「・・・ん、おはよなまえ」
男性特有のやや低い掠れた声で名前を呼ばれる。
整った顔立ちの彼に、こんな風に見つめられたら普通の女の子なら卒倒ものだろう。
さすがにもう十数年という短くはない付き合いの私からすれば、それごくごく当たり前の見慣れた姿でしかないのだが・・・。
「もう朝か・・・。流石に二日連続徹夜は体にくるな」
「アラサーだもん。そりゃしんどいよ」
少し乱れた髪を手ぐしで整えながらベッドから起きた彼の後ろを、からかい混じりにそう言いながら追いかける。
洗面所に向かう彼と、キッチンに向かう私。
どんなに朝早くても、私の作ったご飯を二人で食べることが日課になったのは何年前からだっただろうか。
同じ家に住み、生活を共にする。
世間一般から見れば、私達は同棲中の恋人同士といったところだろうか。
ここでひとつ大事な話。
私と彼、降谷 零は恋人同士ではないということ。
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