カミサマ、この恋を | ナノ
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▽ 11-1



車の扉が開く音がして携帯を鞄に戻す。


運転席に乗り込んだ零の表情は、車内が暗いせいではっきりとは見えなかった。


「お疲れ様。忙しいのに急にごめんね」
「この後は何もなかったから大丈夫だ。何かあったのか?」


それが本当なのか、私の為の嘘なのか。きっと聞いても本当のことは言わないだろう。それよりも本題は何かと向けられる視線。


いつまでも駐車場に車を停めているわけにもいかないので、零はエンジンをかけアクセルを踏む。


「長くなる話なのか?」
「・・・うん、少しだけ時間欲しいかな」
「なら適当にどこかに車停めるよ」


どこから何を話せばいいのか。考えあぐねていた私に零が尋ねた。

行く宛てもなく走らせていた車は、近くにあった公園の駐車場へと入っていく。


こんな時間だ。駐車場に車はほとんどいなくて、車を停めた零はヘッドライトを消した。


一緒にどこかお店に行くこともせず、ましてやどちらかの家にも行くことはない。それが今の私と零の距離感。分かってはいても、チクリと胸が痛んだ。



「沖矢昴のことか?」


沈黙が続く車内、先に口を開いたのは零だった。



「沖矢さん?」
「あいつとあの後も会ってるんだろ?何かあったのか?」


予想していなかった名前。
私と沖矢さんが会っているのを零が知っていることに驚きはなくて、むしろ知っているだろうとは思っていた。


なんと答えるべきか、考えていたせいで黙った私。零の眉間に僅かに皺がよった。


「・・・・・・何かされたのか?傷付けられるような事があったんなら・・・っ」
「っ、違うよ!何もされてない。ただ相談に乗ってもらっただけ」


あらぬ方へと思考が向かいそうだった零。慌てて彼の言葉を遮り、その腕を掴んだ。


「相談?」
「うん。・・・・・・零は私に、ヒロくんでも零でもない誰かが私のことを幸せにしてくれるって言ったよね?全部忘れて幸せになれって」
「あぁ」


零の腕を掴んでいた手が少しだけ震えた。

あの日の彼を思い出すと今でも胸が締め付けられる。


どこまでも優しく、同じくらい泣きそうな顔で笑っていた零の表情を忘れることはないだろう。



「・・・・・忘れられないよ、全部」

絞り出すようにそう言った私。自分でも泣きそうな声だと思った。目の奥がツンとなり、じんわりと瞳を涙が覆う。


零の青い瞳がゆらゆらと揺れる。


「今の私がいるのは、今までのヒロくんとの思い出があるからなの。忘れられるわけがない。忘れたくない・・・っ・・・」


たとえこの世にヒロくんの存在を感じられなくても、目を閉じれば彼の言葉を、思い出を思い出すことが出来る。


ヒロくんが私にくれた愛情をなかったことになんかしたくない。



「・・・・・・なまえ・・・」
「それに・・・、」


溢れる涙を堪え、ぐっと下唇を噛んだ。


そしてそのままじっと零を見据えた。



「零のことも忘れたくない。ヒロくんとの思い出が大切なのと同じくらい、零との思い出も私にとっては大切なものなの」
「・・・っ、」
「好きになってごめんなんて、言わせてごめん・・・っ・・・」


ずっとずっと想ってくれていた零に、私はなんて残酷な言葉を言わせてしまったんだろうか。

あの日のことは悔やんでも悔やみきれない。



「・・・ずっと怖かったの・・・っ・・・。ヒロくんのいない世界を認めることが。自分だけ前に進むのも・・・。そんな私を見たらヒロくんはどう思うんだろうって・・・っ・・・!」

感情が昂っているせいで言葉に詰まる。嗚咽混じりの私の言葉を零は黙ったまま聞いていた。



「私ね、ずっと幸せだったよ」


そう、私の人生はずっと幸せだった。


ヒロくんに愛され、零に守られていた。


全てを忘れるということは、そんな二人の気持ちを否定するということ。


そんなこと出来るわけがなかったんだ。



「忘れたくない。過去に囚われてるって言われたとしても、忘れたくなんかないの」


零は何も言わずに私を見ていた。


その瞳からは彼が何を考えているかは読めない。



不格好でもいい。下手くそでもいい。
例え纏まりきらない言葉でも、今の気持ちを目の前の彼に伝えたいと思った。








「零の傍にいたい。私の幸せは、零が隣にいてくれることなの」


その瞬間、ずっと黙ったままだった零の瞳から、ぽたりと一筋の涙がこぼれた。


彼の涙を見るのは、ヒロくんが死んだと聞かされたあの日以来初めてのことだった。


たった一粒。けれど込み上げてくる想い。その姿が堪らなく愛おしくて、大切に思えた。




「好きだよ、零。多分もうずっと前から、零の事が好き・・・・・・っ・・・!?」


その言葉を言い終わる前に、私の体は零の腕の中に引き寄せられていた。

背中に回された零の手が少しだけ震えていた。


痛いくらいの強さで抱き締められた私の体。肩口に顔を埋める零。その背中はいつもより小さく見えた。


「・・・っ、馬鹿じゃないのか。人がせっかく逃がしてやろうと思ったのに・・・っ」
「逃げたくないんだもん、仕方ないじゃん」


いつも自信満々な零の声が震えていた。それだけで彼がどれくらい私のことを大切に思ってくれているのかが伝わってくる。


小さく笑いながらそう伝えると、背中に回っていた右手が私の後ろ髪を撫でた。



「・・・・・・不安だったんだ、ずっと」
「不安?」
「景のいない世界でなまえがどうすれば幸せになれるのか、いつも考えてた。けど答えなんかでなかった。止まった時計を動かす方法なんかなくて、傷付いてるお前を見たくなくて・・・・・・っ」


零はいつも私のことを一番に考えてくれていた。


私が泣かないように。私が幸せになれるように。


今になって改めて感じるその優しさ。



「ねぇ、零。零の幸せって何?」
「俺の幸せ・・・?」


抱き締めていた腕の力が緩まり、体が離れる。先程より近い距離で交わる視線。




「・・・・・・俺の幸せは、なまえが隣で笑ってくれてることだよ」



不器用で優しい幼馴染み。

ずっとヒロくんと私を見守ってくれていた。


彼の気持ちに気付かなかった私は、無邪気に彼を傷付けたこともあっただろう。


それでもヒロくんのいない世界で、ずっと私を守ってくれていた零。


私の幸せを願って、自分の気持ちを押し殺して背中を押してくれる人。



愛おしい。


あの日、沖矢さんには言えなかった零への気持ち。


それを素直に認めることができた。





「私の幸せにも零が必要なの。















私が零を幸せにしてあげてもいいよ」


涙を堪えて、にっと笑顔を作る。



忘れることができない二人。


けどそれは悪いことじゃない。



「・・・・・・ははっ、生意気な奴だよなホントに。望むところだ」


張り詰めていた空気が和らぎ、小さく笑った零。そしてこつんと合わさった額。


「俺自身の幸せなんて望んだことがなかった。望むつもりもなかったんだ」


彼はそういう人だから。

自分より周りを優先する優しい人。


「零がいなきゃ、私も幸せになんかなれないの」
「同じ、だな」
「ヒロくんが言ってた。私と零は似たもの同士だって」
「あいつには全部お見通しだったんだろうな」


静かだった車に私達の笑い声が響く。


零と笑い会うのは久しぶりのことで、こうして隣にいるだけで胸が温かくなった。

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