カミサマ、この恋を | ナノ
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▽ 10-7



side R


風見と話をした日から、何度も思い出すのは最後に会ったなまえの顔だった。


俺が望むのはなまえの幸せ。

ずっとそう言ってきた。間違いなくそう願って離れたはずなのに、最後に見た彼女は笑顔とはかけ離れた表情をしていた。



これで最後。

お互いに思っていることを腹を割って話せたら、なんて弱い自分が顔を覗かせる。



仕事を終わらせやっと自分の時間がとれたのは日付をまたぐ少し前。何度通ったか分からない道を車で走る。


近くのコインパーキングに車を停め、なまえと住んでいたマンションに向かって歩いていると少し向こうから人の声がした。



それは聞き間違えるはずのないなまえの声。


思わず角を曲がらずに自販機の影に隠れる。



「なんかこんな風に何か食べたいって思うの久しぶりな気がします」
「いいことだ。虚ろな目の奴と食事をするのは俺も楽しくないからな」


俺に気付くことなく通り過ぎる二つの影。その姿に思わず奥歯をギリっと噛み締める。


楽しげに笑うなまえ。その隣には沖矢昴がいた。


二人の距離はこの前よりも近い。当たり前のようになまえの隣を歩く奴の存在が苛立ちを煽った。


沖矢昴の手がなまえの頭を撫で、それを笑って受け入れる彼女。


いつの間にか握りしめていた拳。手のひらにぐっと爪が食い込む。



「元気になったようで安心した。本当のお前は、そうやって笑うんだな」
「笑ったところ見たら好きになっちゃいました?」
「気の強い女は嫌いじゃないが、鼻水を垂らして泣くような色気のない女は遠慮しておくよ」
「なっ!鼻水なんか垂らしてないですよ!」


深夜の静けさのおかげではっきりと聞こえる二人の会話。

じゃれ合うように並び歩く二人は、傍から見るとただの恋人同士にしか見えなくて胸の奥が締め付けられる。


沖矢昴の隣を歩くなまえは、ここ最近の泣き顔とは違い昔のような笑顔だった。





「・・・・・・ははっ、何でよりによってそいつの隣なんだよ・・・」

乾いた笑い声が誰もいない路地に溶けて消えていく。


たしかに俺はなまえが笑顔でいてくれることを望んだ。


けれど相手があの男なのは・・・・・・、とそこまで考えてはたと気づいた。


あれが沖矢昴でなければ俺は受け入れる事ができていたのか?


いや、違う。


・・・・・・俺が望んでいたのは、自分の隣で笑うなまえの存在だったんだ。



今更気付いても遅い。

ずるずると自動販売機にもたれるようにして座り込む。



なまえの幸せを願う気持ちに嘘はない。


俺の幸せは、なまえが笑っていること。



・・・・・・そんなの綺麗事だ。

ずっと誤魔化し続けていた気持ちが、まるで満杯になったグラスから溢れるように込み上げてくる。



本当はずっと欲しいと思っていた。


好きだと自覚した瞬間から、この気持ちが報われないことは分かっていた。分かっていたから望まないようにしていたのだ。



なまえはずっと景しか見ていなかったから。


それでもあの二人が笑っていてくれるなら、この気持ちが報われなくてもいい。そう言い聞かせ続けてきた。


たとえ報われなくても隣にあいつらがいたから。けれどどんなに望んでももう三人で同じ時間を生きることはできない。


景がいなくなった世界で、望むことなんてたった一つ。



なまえ。


お前がいてくれたら、それだけで俺は幸せだったんだ。







憑き物が取れたように笑うなまえの姿が頭から離れなかった。


ひたすら仕事に打ち込むこと以外、気を紛らわせる方法が分からなかった俺はより一層仕事を詰め込んだ。


公安としての仕事、組織の任務、ポアロでのバイト、毛利さんの助手としての探偵業。



時々、本当の自分が誰か分からなくなる。


“俺”を知る人が誰もいない。




『ゼロ』『零』


頭の中に二人の声が過ぎる。そう呼んでくれる存在が恋しいと思ってしまう自分は、なんて弱いんだろうか。



そんな事を頭の隅で考えながら、その日も変わらずポアロでのバイトをこなしていた。


閉店時間が近くなり、店内のお客さんも疎ら。少し前に帰ったお客さんが座っていたカウンター席を片付けていると、入口のベルか鳴る。



「いらっしゃいませ」

条件反射のように笑顔を作りそちらを振り返る。入口に立つその姿を見た瞬間、笑顔が崩れたことが自分でも分かった。



なまえ。

なんでお前がここにいるんだよ。


なまえが一人でポアロに来るなんて、きっと理由は俺でしかなくて。期待しそうになる。どんな理由であれ、会いに来てくれたことを嬉しいと思ってしまう自分がいた。



けれどここでそれを見せるわけにはいかない。“安室透”として笑顔を作り、彼女を店の端の席へと案内した。

平然とした表情を作ってはいても、心臓は早鐘を打つ。


「ご注文が決まりましたらまたお呼びください」
「っ、話したいことがあるの」


このまま近くにいたらぼろを出してしまいそうな気がして、彼女から離れようとするとなまえが俺の服の裾を掴んだ。


予想していなかった彼女の行動に、どくんと心臓が大きく脈を打った。


真っ直ぐにこちらを見る瞳。

逸らすことなく俺を見るなまえの表情は、まるで何かを決意したかのような強い意志を感じさせるもの。


頭の中にあの日、沖矢昴と笑い合っていたなまえの姿が過ぎる。


あいつと何かあったんだろうか。

聞きたくない気持ちと、気になる気持ち。


俺に会いに来たからといって、その理由が俺と同じ気持ちなはずもない。そんな簡単なことすら気付かなかった自分に嘲笑的な笑みがこぼれそうになった。


けれど俺がなまえを拒めるはずがなくて。



「・・・・・・あと一時間くらいで終わるから隣の駐車場に停めてる車で待っててくれ」
「分かった。急にごめんね」
「もう暗いし車乗って待ってろよ」


机の上にポケットに入れていた車の鍵を置くと、そのままキッチンへと戻り小さく息を吐いた。





店の締め作業を終え、早足で車へと向かう。

運転席のドアを開けようと手を伸ばした。助手席に座るなまえは、携帯の画面をじっと見ていて俺に気付く様子はない。


眉間に小さな皺を寄せて眉を下げ画面を見るなまえ。それは俺の隣でよくなまえが見せていた表情だった。




その画面に映っていたのは、こちらを見て笑う景の姿。


ドアへと伸ばしかけた手でぎゅっと拳を握る。


嫉妬、焦燥感、悲しさ、羨望。

色々な感情が自分の中でぐちゃぐちゃに交わる。


結局のところ、俺は怖かったんだ。


景のいない世界でなまえが弱っていくのを見たくなかった。


それを支えることが出来ない自分を認めたくなかった。


だからそれらしい理由をつけて、二人から逃げたんだ。

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