▽ 4-1
side R
ヒロは組織への潜入が決まった日の夜、なまえに別れを告げた。
夜中に突然呼び出された公園。ぼんやりとした街灯の下で、ヒロはぽつんと座っていた。
「なまえと別れたよ」
俺にそう言ったときのヒロの顔は一生忘れることが出来ないだろう。
組織への潜入がどれほど危険を伴うか、それは俺もよく分かっていた。今と同じ交友関係を続ければ、周りの人間にも危害が及ぶ可能性だってある。
なまえのことを誰よりも大切に思っていた彼がそんなことを許すはずがなかった。
「・・・・・・・・・理由は話したのか?」
「話せるわけがないだろ。一方的に別れてくれって言った」
「・・・・・・っ・・・けど・・・っ」
なんと言えばいいのか分からなかった。ヒロの言う通り理由なんて話せるわけがないのだ。
「・・・・・・・・・泣かれたよ。ヒロくん、ヒロくんって。しかもあいつ何も悪くないのに謝るんだ。・・・・・・悪い所があるなら直すって。別れたくないって・・・・・・っ・・・」
言葉を詰まらせた彼は、俯いて顔を両手で覆った。僅かに震えている肩が彼の心の中を物語っていた。
ヒロに泣いて縋るなまえの姿は、容易に想像することができた。
どうして・・・・・・。
たしかに二人は想い合っているのに。ここまでお互いを大切に思っているのに。何故別れなければならなかったんだろう。
“正義”の為。必要な痛みだったのかもしれない。けれどこの瞬間だけは、その言葉を呪った。
「・・・・・・なまえに会いに行ってやってくれないか?」
どれくらいの時間が経っただろう。数分かもしれないし、数時間かもしれない。沈黙を破ったヒロが、俺を見ながらそう言った。
「多分一人で泣いてると思うんだ。オレが行くわけにいかないから・・・・・・、頼む」
本当なら自分が行きたいはずだ。例え相手が俺だとしても、こんなこと頼みたくないだろう。
けれどそう言ったヒロのは先程までとは違い、腹を括った真っ直ぐな瞳をしていた。
なまえのマンションに着くと、いつものように暗証番号を押して部屋へと向かう。
チャイムを鳴らすか悩んだが、そっとドアノブに手をかけると鍵が掛かっておらず扉が開く。
真っ暗な部屋。リビングの扉を開くと、ソファで小さくなって嗚咽をもらすなまえがいた。その姿がさっきまでのヒロと重なり、胸がズキリと痛む。
「・・・・・・っ・・・ヒロくん・・・?!」
扉が開いた音に反応したなまえが、ぱっとこちらを振り向く。
「なまえ・・・・・」
「・・・れ・・・い・・・」
ここまで弱っている彼女を見たのは初めてだった。
結局俺はなまえに謝ることしかできなかった。そっと頭を撫でると、彼女の瞳からはまた涙が溢れる。
子供のように泣きじゃくるなまえ。そしていつの間にか泣き疲れて眠ってしまう。
そっと抱き上げてベッドへと寝かせ、その寝顔を見つめる。
きっと俺は昔からなまえのことが好きだったんだろう。けどその気持ちは、ヒロから彼女を奪いたいというものではなかった。
ヒロの隣で笑うなまえが好きだったし、なまえの隣で笑うヒロが好きだった。三人で過ごす時間が、俺にとって何より大切だったのだ。
ずっと三人で一緒にいたかった。
叶うことのないその願い。
メモを残してしまったのは、俺の弱さと甘さだろう。心のどこかでなまえがこの連絡先に連絡してこないことはわかっていた。
それでもどこかで・・・・・・、彼女と繋がっていたくて・・・・・・。また三人で時間を紡ぐことができるんじゃないか。そんな淡い期待があったんだ。
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