▽ 7-2
Another side
なまえのベッドに寝転びながら、振り返ってみると今日は一日どこかだるさが体に付きまとっていたなと改めて思う。
最近色々と立て込んでたせいもあるんだろう。
なまえに言われるまで熱があることには気付かなかったが、いざ自分の体温を見てしまうとより体が重く感じてしまう。
明日の予定がなんだったかを考えながら、枕元に置いていた携帯に手を伸ばす。
幸い急ぎの仕事は今日までで終わっているし、ポアロのバイトも組織の用事もない。何件か電話をしないといけないだろうが、ゆっくりと体を休めることが出来そうだ。
本来なら家で一人で休むべきなんだろうが、なまえが世話を焼いてくれるのが何だか心地よくて彼女の優しさに甘えてしまった自分がいた。
思えば体調を崩すことも久しぶりだが、こうして誰かに世話を焼かれることも久しぶりだなと思う。
昔よく手当てをしてくれていたあの人も、世話焼きな幼なじみも今はもういない。
弱っているせいか懐かしい顔が頭を過り、ちくりと胸の奥が少しだけ痛んだ。
「零くん、お粥できたよ。薬も持ってきたから少しだけでも食べれそう?」
そんな思考を遮るかのように、マスクをしたなまえが両手で盆に乗ったお粥と水を持ってベッドの近くにやってくる。
上半身を起こすと、小さな土鍋に入っているお粥をそっと茶碗によそって手渡してくれる彼女。
温かな湯気のただよう茶碗からは生姜の美味しそうな香りがした。
「食べれるだけでいいからね」
「ありがとう」
ベッドの横に腰を下ろしたなまえは、マスクで口元こそ見えないが優しく目尻を下げてこちらを見ていた。
*
「ごちそうさま。美味かったよ、ありがとう」
「食欲はあるみたいで安心した。ゆっくり休んでね」
なまえの用意してくれたお粥は量もちょうど良くて、残すことなく食べることが出来た。風邪薬も飲み終え、そのままベッドへと軽く肩を押される。
食器を下げるために立ち上がろうとしたなまえ。
けれど思わずその腕を引き止めてしまう。
「どうかしたの?何か欲しいものある?」
まるで子供に尋ねるかのように、目線を合わせてくれる彼女の仕草がどこか気恥しい気もする。
らしくない。自分でもそんなことはわかっていた。
「悪い、なんでもない」
無条件に甘えられるほど子供でもないし、素直にも慣れない俺の口から出たのはそんな強がりな言葉。
体調が悪いせいなのか、はたまた懐かしい顔を思い浮かべたせいなのか。何故か心に小さな寂しさが募る。
そんな俺を見たなまえは、小さく笑うとそのまま食器を近くのサイドボードの上に置きベッドの横に再び腰を下ろした。
そしてそのまま彼女の右手が俺の左手を握った。
「零くんが寝るまでここにいるよ」
空いている左手でぽんぽんと俺の胸を布団の上から軽く叩く彼女。まるで子供をあやす様な仕草だが、それが心地よく感じた。
「私ね、昔から一人で家にいることが多かったの。風邪とか引いても薬だけ飲んで一人で眠ってた」
ぽつりぽつりと語られる彼女の過去。
「体調が悪い時って、何だかどうしようもなく寂しくならない?一人で部屋に残されるのがすごく嫌いだった」
その時のことを思い出しているのか、彼女の瞳が寂しげに揺れる。
その表情に思わず繋がれた左手に少しだけ力が入る。
そんな俺に気付いたなまえは優しく笑った。
「だから今は私が零くんのそばにいたいの。零くんは強い人だけど、しんどい時くらいは誰かがそばにいてもいいんじゃないかなって」
「それに零くんの体調不良なんて貴重だしね」と冗談めかしてなまえは笑った。
「誰かが、じゃない」
「え?」
「俺がそばにいてほしいと思うのは、いつもなまえだよ」
誰でもいいわけじゃない。
こんな風に弱ったところを誰かに見せるなんて、今までなかったことだ。
完璧であることこそ、自分にとって大切なものだった。
体調管理もそのひとつ。部下にも口酸っぱく言ってきたことだ。
けれど彼女の前だとこうして弱さを見せても受け止めてもらえることが、胸を温かくさせた。
ありのままの自分を受け入れてもらえるというのは、こんなにも心が安らぐものなんだろうか。
ぽんぽんと胸を叩くリズムがどこまでも心地よかった。
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