続・もし出会わなければ | ナノ
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▽ 6-9


Another side


寝て起きたら全て思い出しているなんて、そんなうまい展開があるはずもなく、目を覚ましたなまえはやはり何も覚えていなかった。


「目が覚めましたか?」


俺の存在に気付いていなかったなまえは、声をかけると少し驚いた表情を見せた。


俺の顔を見て何かを必死に思い出そうとしているのか、彼女の眉間に僅かにシワが寄る。


空っぽになった記憶を必死に辿ろうとする彼女の心の中が心配で、ベッドの横の椅子に座りながら声をかけた。


「・・・・・無理して思い出そうとしなくて大丈夫ですよ」



思い出して欲しい。


けれど彼女が自分の心を守るために記憶を閉じ込めてしまったのだ。思い出してしまえば、彼女はどれだけ傷ついてしまうのだろうか。

ならば思い出さない方が、彼女のためなんじゃないか・・・・・・。



相反する気持ちが自分の中でせめぎ合う。


「・・・・・・昨日はごめんなさい。きっと私の言葉で傷付けてしまいましたよね・・・」


こんな状態になっても、昨日の自分の発言を悔いて俺のことを心配してくれるなまえの優しさに胸が締め付けられた。


「大丈夫ですよ。僕の方こそ取り乱してしまってすいませんでした」

悪いのはなまえのことを考えずに、取り乱してしまった俺の方だ。


俺は今うまく笑えているんだろうか?


笑顔を貼り付けて心の内を隠すことなんて、簡単にできていたはずなのに・・・・・・。



「・・・・・・私と貴方は親しかったんですか?」


その言葉に、心臓を掴まれたかのような痛みが走る。


彼女の中に俺の存在がないことを、ありありと突きつけられるその質問。


今の彼女に、“降谷 零”として接することが出来るはずがない。俺達の関係だって、一言二言で説明できるほど簡単なものじゃない。


「僕の働いている喫茶店によく来てくださっていたんですよ」


今の彼女に伝えることが出来るのは“安室 透”としての関係だけだった。


昨日の事件の詳細は伏せ、蘭さん達や目暮警部達のことを彼女に簡単に説明した。

頷きながら話を聞いていたなまえだが、やはり誰のことも記憶にないらしい。



「・・・っ、でもすぐに思い出せるように頑張ります!皆さんにご迷惑おかけするわけにはいかないので・・・!」

そう言って無理に笑顔を作る彼女の表情は、痛々しくてとても見ていられなかった。


もともと周りに気を遣いすぎるなまえ。そんな彼女にとって、今のこの状況は、どれほど心に負担をかけているんだろうか。


検査のためにやってきた看護師によって、この会話は終わりを告げた。



「それじゃあ僕は一度失礼しますね。またお見舞いに来ます」

ずっと傍についていてやりたい気持ちはあるが、仕事だって溜まっている。それになまえにとって俺は他人だ。関係を明かせない以上、付きっきりで傍にいるのもおかしいだろう。


「っ、あの!名前!・・・・・・お名前教えて貰ってもいいですか?」

部屋を出ようとしたところを彼女に呼び止められる。


そういえばまだ彼女に名乗っていなかったな・・・。


振り返えると、こちらをじっと見つめるなまえの瞳と視線が交わる。


その真っ直ぐな瞳は、いつものなまえと変わらないものだった。



「・・・・・・・・・安室 透です。今日はこれから仕事なのでまた来ますね」


“降谷 零”として名乗ることができたらどれほどいいんだろうか。

俺との関係を全て話せば、なまえは思い出してくれるんだろうか?


できもしないことばかりが頭をよぎる。


安室 透と付き合っていたと彼女に話せば、少しは思い出してくれるだろうか?


けれど、例えそれが自分自身だったとしても他の男と付き合っているだなんて口にしたくはなかった。



「安室さん、色々教えてくれてありがとうございました。あと夜の間もついててくださってありがとうございます」

純粋な感謝の気持ち。

頭を下げた彼女からは、そんな気持ちがひしひしと伝わってきた。


『安室さん』


二人きりの時以外は、俺の事をそう呼ぶことだって多くあった。

けれどそれは、表向きだけで心の中ではちゃんと“俺”に対してなまえは向き合ってくれていた。


けれど今、彼女の目の前にいるのは“安室 透”だけ。


その事実がどうしようもなく苦しくて、思わず彼女から視線を逸らしてしまう。


馬鹿か、俺は・・・。


そんなことをしたらなまえが傷つくかもしれない。


なにか違和感を感じてしまうかもしれない。



笑え。

笑うんだ。


ちゃんとこの部屋を出るまで、“安室 透”として笑顔でいろ・・・っ。




「検査頑張ってくださいね」

そんな在り来りな言葉だけを残して、俺は病室を出た。



ちゃんと笑えていたよな・・・?


まだ人も疎らな病院の廊下。


そんな自問自答を胸の中で繰り返した。

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