▽ 6-8
━━━━・・・・・・夢を見た。
真っ暗な世界。右も左も、上も下も、何も分からない。そんな世界で誰かが私の名前を呼んでいる。
その声はどこか切なさを孕んでいて、聞いているだけで胸がぎゅっと締め付けられる。
貴方は誰?
どうしてそんなに切なげに名前を呼ぶの?
声のする方へいこうと思うのに、足がその場に張り付いたかのように動かないのだ。
・・・・・・っ、どうして・・・!
そこでぷつん、と夢は途絶えた。
チュンチュンと鳴く小鳥たちの声が少し開いた窓から聞こえてくる。いつの間にか朝を迎えたらしい。
肩までかけてあった布団をどけ、上半身を起こす。
「目が覚めましたか?」
一人きりだと思っていた病室。不意に声をかけられ、少し驚きながら声の方を見るとベッドから少し離れた壁際の椅子に腰掛ける男性が心配そうにこちらを見ていた。
サラサラとした金色の髪に、澄んだ青い瞳。その整った容姿は一度見れば忘れないだろうに、やはり私の記憶に彼はいなかった。
彼のことでわかるのは、昨日記憶がないと分かった私を見てとても傷付いた表情をしていたことだけ・・・・・・。彼と私は親しかったんだろうか?悲しい顔をさせたくなくて、必死に記憶を辿ろうとしてみるも、私の中はからっぽで答えは分からない。
「・・・・・無理して思い出そうとしなくて大丈夫ですよ」
そんな私の様子に気づいたのか、彼は立ち上がりベットの横の椅子に腰かけた。
「・・・・・・昨日はごめんなさい。きっと私の言葉で傷付けてしまいましたよね・・・」
そう言った私に、彼は優しく笑った。
「大丈夫ですよ。僕の方こそ取り乱してしまってすいませんでした」
その笑顔は優しい。けれどどこか無理をしているようにも見えて、何故か胸が痛む。
「・・・・・・私と貴方は親しかったんですか?」
気が付けばそんな言葉が口からこぼれていた。
「僕の働いている喫茶店によく来てくださっていたんですよ」
彼から昨日病院にいた人達との関係を簡単に説明してもらう。
どうやら私は彼の働く喫茶店の常連で、あの女の子達とも仲が良かったらしい。ロングヘアの女の子のお父さんと目の前の彼は探偵をやっているそうだ。
何故昨日警察の方いたのか尋ねると、私は事件に巻き込まれその影響で記憶をなくしてしまったらしい。彼は私が目が覚めた時に、一人だと心細いだろうからとここに残ってくれていたそうだ。
「・・・・・・何か覚えてましたか?」
昨日のことを話し終えた彼が、私の表情をうかがう。
「わからないです・・・・・・。ごめんなさい」
せっかく話してくれたのに、なぜ昨日そのホテルにいたかすら全く覚えていない。
私の返事に彼の表情が少しだけ曇った気がした。
「・・・っ、でもすぐに思い出せるように頑張ります!皆さんにご迷惑おかけするわけにはいかないので・・・!」
その時、コンコンっと部屋をノックする音がした。私の返事を待ち開けられる扉。
「みょうじさん、おはようございます。今日はMRIなど一通りの検査をするので一緒に来ていただいてもいいですか?」
看護師さんが病室へと入ってくる。
彼女と入れ違いに、彼が立ち上がった。
「それじゃあ僕は一度失礼しますね。またお見舞いに来ます」
私と看護師さんに軽く頭を下げて部屋を出ていこうとする彼。
「っ、あの!名前!・・・・・・お名前教えて貰ってもいいですか?」
振り返った彼の青い瞳と視線が交わる。
その瞬間、どくんと心臓が音を立てた。
「・・・・・・・・・安室 透です。今日はこれから仕事なのでまた来ますね」
少しの沈黙の後、彼は名前を教えてくれる。
「安室さん、色々教えてくれてありがとうございました。あと夜の間もついててくださってありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、お礼を伝える。
その言葉に何故か少し視線を逸らした安室さん。
顔にかかった前髪が彼の顔を隠してしまっていて、その表情は分からない。
「検査頑張ってくださいね」
けれどそれは一瞬のことで、すぐに笑顔で私の方へと向き直った。
そう言い残した彼は、看護師さんに「よろしくお願いします」と告げると部屋をあとにした。
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