▽ 5-3
昴さんが帰った後、私達の間にはなんとも言えない空気が流れたが、店長が戻ってきたこともあり元の賑やかな店に戻った。
「まさかポアロのイケメンさんがなまえちゃんの彼氏だったなんてねぇ、びっくりしちゃったわ!」
カウンターに座っている安室さんの肩を叩きながらケラケラと笑う店長と、それに人当たりのいい笑顔で答える安室さん。
その姿は先程までの彼とは違って、完璧な安室 透だった。
*
店長の配慮で少しだけ早く上がらせてもらった私は、零くんの車へと乗る。
いつもは他愛もない話をする車内だが、今日は無言だ。
「・・・・・・家寄ってもいいか?」
先に口を開いたのは零くんだった。
「・・・っ、うん!大丈夫だよ。仕事忙しいのにごめんね」
私の言葉を聞いた彼の眉間に僅かに皺がよる。
やはり先程のことを怒っているんだろうか。
再び車内が沈黙に包まれる。
マンション近くの駐車場に車を停め、二人でエレベーターに乗り部屋に入る。
少し離れてソファに座り、ただ時間だけが流れる。テレビも着いていない部屋は、ただチクタクと時計の音だけが響く。
零くんとこんな風になるのはいつ以来だろうか・・・・・・。
「・・・・・・さっきはごめんね。昴さんがこの前の<ひまわり>の事件のことをコナン君から聞いて心配して様子見に来てくれたの。それで少し話を聞いてもらっただけで・・・。でも嫌な思いさせてごめん」
沈黙を破って、零くんに小さく頭を下げた。
「・・・・・・」
彼は言葉を発さない。
何かを言おうと口を開きかけるも噤んでしまう。
その表情はどこか辛そうで、悲しそうにも見えた。
「・・・ごめん・・・」
その表情を見ているのが辛くて、再び謝罪の言葉を発した瞬間、思いっきりソファへと押し倒された。
「・・・っ!!!」
ソファの肘掛に背中があたり、その衝撃に顔が歪む。
私はこんなにも彼を怒らせてしまったんだろうか。
「・・・・・・でだよ」
「え?」
「・・・何でだよ!なんで謝る?なんで俺の顔色をうかがうんだ!」
彼がここまで声を荒らげたのは、初めてのことだった。
私の腕を掴む彼の手にぎゅっと力が入る。
「俺が気付いてないと思ってたか?最近のなまえは様子がおかしかった!なんてことないことでもすぐに謝るし、俺や周りに今まで以上に気を遣って顔色をうかがってる!」
「・・・そんなつもりは・・・っ、」
「何かあるなら相談して欲しかった・・・。今日だって話を聞こうと思ってたんだ・・・っ!けどお前が何か相談するのはいつだってあいつだ!・・・・・・・・・そんなに俺はお前にとって頼りないのか・・・?」
最後はまるで消え入りそうな声で紡がれた彼の心の中。
私は無意識のうちに彼をこんなに傷つけていたんだ・・・。
掴まれた腕より、打った背中より、心がキリキリと痛む。
「・・・・・・ごめん・・・なさい・・・っ」
それでも口から零れるのは謝罪の言葉で、どうやっても彼を傷つけてしまう。
「・・・・・・はぁ、ごめん。痛かったよな」
そんな私を見た零くんは、小さくため息をつくと腕から手を離し体を起こしてくれた。
「・・・零くん・・・」
いつもより小さく見える彼の肩に触れようと手を伸ばす。
けれどその手が彼に届くことはなかった。
「悪い。今は俺が冷静に話せそうにない。また落ち着いたら話そう」
そう言って立ち上がった彼。
“また”っていつなんだろう。
そんなこと聞けるわけがなくて、喉になにかがつっかえたかのように言葉がうまく紡げない。
引き止めたいのに、引き止める言葉がでてこないのだ。
「・・・・・・明日からまた色々仕事がバタバタすると思う。また落ち着いたら連絡するから」
零くんはそう言い残して、部屋を出ていった。
静まり返った部屋に一人ぼっちになった私。
零くんを傷つけたかったわけじゃない。
彼に余計な負担をかけたくなくて・・・・・・。
零くんが私の為にとしてくれることが大きくて・・・・・・。
それに対して私が彼にしてあげられる事はあまりにもちっぽけだった。
「・・・・・・っ・・・零・・・くん・・・っ!」
誰もいない部屋に彼の名前を呼ぶ私の声だけが小さく響いた。
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