▽ 5-2
Another side
<ひまわり>の事件の後から、なまえの様子が少しおかしい。
何がかと問われるとはっきりと言葉には出来ないが、小さなことですぐ謝罪の言葉を口にすることが多くなったのだ。
そのせいか僅かにだが、彼女との間に溝を感じていた。
俺もあの事件の後から色々と仕事が忙しいこともあって、なかなか彼女とゆっくり話す機会がなかった。
明日からまた色々と立て込みそうだったので、今日は夕方にはバイトが終わる彼女を迎えに行ってゆっくり話そう。
そんな思いから、ポアロを出た俺は、彼女の働く喫茶店へと足を向けた。
*
「・・・・・・・・・っ・・・」
時が止まるとはこのことだろう。
別に今更あの二人に何かあるとは思っていない。
けれど、沖矢昴・・・、いや、赤井に頭を撫でられて微笑むなまえの姿なんて見たいわけが無い。
しかも彼女の表情はここ数日で一番自然な笑顔だった。
・・・・・・っ、なんで・・・。
心の中でぐっと唇を噛む。
分かっている。分かっているんだ。
彼女とあの男には俺より長い付き合いがあって、その中で積み上げてきた信頼関係もある。
きっとあいつにしか相談できないこともあるんだろう。
けれど・・・・・・。
「・・・・・・おっと、これはタイミングが悪いな」
入口で立ったままの俺を見た赤井は、小さく笑いながらなまえの頭から手を離した。
なんのタイミングだ、・・・っクソ。
あいつのなんてことない言葉にも苛立つ自分がいた。
「・・・・・・れ、安室さん!どうしてここに?お仕事は?」
手拭きで濡れた手を拭きながら、なまえがパタパタとこっちにやって来る。
「・・・・・・ポアロでの仕事が早く終わったから迎えに来ただけだ。邪魔して悪かったな」
こんな嫌味な言い方しかできない自分が嫌いだ。
「・・・・・・っ、ごめんなさい・・・。せっかく来てくれたのに・・・。昴さんにはちょっと相談に乗ってもらってて・・・」
だんだんと小さくなるなまえの声。そしてまた紡がれる謝罪の言葉。
まただ。何故謝る。
お前は何も悪いことなんてしていないだろう。
そんな俺達を見かねたのか、赤井が立ち上がりながらなまえに声をかける。
「なまえ、会計置いておくぞ。俺はそろそろ帰るから、ちゃんと二人で話し合え」
財布から取り出したお金をカウンターに置き、こちらにやって来る彼。
そのお金をレジに入れる為、カウンターへと戻る彼女。
入れ違いに目の前にやってきた奴が、俺の顔を見て困ったように眉を下げた。
「そんな顔をするな。別に彼女とは何もない。君が一番わかっているだろう」
「・・・・・・っ、そんな事お前に言われなくても・・・!」
「だったらちゃんとなまえの話を聞いてやってくれよ」
ぽんっと肩を叩いてそのまま店を出ていく奴の後ろ姿を黙って見送る。
あいつが沖矢昴の姿でよかったかもしれない。赤井のままの姿なら、掴みかかっていたかもしれない・・・、それほどの黒い衝動が胸の中をぐるぐると渦巻いた。
話を聞け?
俺はいつだって向き合ってきたつもりだ。
けど何かあった時、一番にあいつに相談するのはなまえの方だろう。
分かっているんだ。
それでも胸の中の黒い衝動は、なかなかおさまってはくれなかった。
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