▽ 5-1
週初めの月曜日の昼下がり。
夕方と呼ぶにはまだ少し早く、ランチタイムのピークは過ぎた頃。
お客さんが一人しかいなくなった店内で、私は洗い物をしていた。店長は買い出し中だ。
「何かあったのか?」
目の前に座るその一人のお客さんに声をかけられる。
こちらをじっと見る彼の瞳は、何もかもを見透かしているかのようだ。
「何がですか?」
「・・・・・・ふっ、質問を質問で返すのは何かあったと認めてるようなものだな」
聡い彼には私の心の中なんてお見通しなんだろうか。思わず眉が下がる。
赤井さんこと昴さんは、そんな私の姿を見てふっと笑みをこぼした。
「ボウヤからあの<ひまわり>の騒動を聞いて久しぶりに会いに来たら、そんな暗い顔をしてどうしたんだ?」
「そんなに暗い顔してますかね・・・私」
昴さん以外は誰も気づかないし、何も言われていないのに。
やはり彼のこういう鋭さには敵わない。
「安室君もボウヤも皆無事だったんだろう?」
「無事・・・といえばそうですね」
「君がキッドと知り合いとは俺も驚いたよ」
「・・・・・・っ!コナン君から聞きました?」
私は気を失っていたけれど、キッドとコナン君と零くんはあそこで三人でいたんだ。
零くんは事情を知っているからいいとしても、コナン君は・・・・・・。
「安室君がうまく誤魔化したようだよ、ボウヤが煙に巻かれたとボヤいていたよ」
あぁ、ここでもまた私は迷惑をかけてしまったのか。零くんへの申し訳なさが募る。
「俺はキッドの正体に興味はないが、なまえが暗い顔をしている理由には興味があるな」
「・・・・・・」
「当ててみようか?」
いつも細められている昴さんの瞳がじっとこちらを見つめ、視線が交わる。
「自分のせいでコナン君や安室君、それにキッドもだろう。色んな人を危険な目に合わせた。私なんて・・・・・・、ってところか?」
まるで自分の心の中を全て見透かされているようだ。
彼の言ったことは一字一句違わず、私がずっと思っていた事だった。
「私が無計画にキッドを追いかけたせいで、零くんやコナン君を巻き込んでしまったんです。なんであの時もっと考えて動けなかったんだろうって・・・」
ぽつり、ぽつり、と心の中の黒い部分を吐き出していく。
「零くんに心配かけたいわけじゃないのに・・・・・・っ、重荷になりたくないのに・・・」
そこまで言葉を絞り出した時、カウンター越しにぽんっと頭に昴さんの手が触れた。
零くんとは違う、少しだけ温度の低い手。
今はそれが少しだけ冷静さを取り戻してくれる。
「誰かがそれでお前を責めたのか?」
誰も私を責めることはない。
むしろ責めてくれた方が気持ちが楽だったかもしれない。
快斗くんも心配してくれて嬉しかったと言ってくれた。
コナン君も私に対して文句なんて一言も言わなかった。
・・・・・・・・・零くんだってそうだ。
「なまえが誰かを心配して動く気持ちは悪じゃない。たしかに無鉄砲に何にでも突っ込むのは危険だが、誰かの為にそうやって行動できるのは誰にでもできることじゃないんだ」
「・・・・・・」
「そうやって誰かを思う気持ちに救われている奴はたくさんいる。恥じる必要なんてない」
はっきりとそう言いきった昴さんの言葉に、心の中に渦巻いていた黒いモヤモヤが少しだけ軽くなった気がした。
「なまえは何でも自分のせいでって思いすぎなんだ。もっと周りへの甘え方を覚えた方がいいな」
そう言いながら私の髪を優しく梳く彼。
甘え方か・・・・・・。
昴さんの言葉のおかげで、心が軽くなった気がする。
「・・・・・・ありがとうございます。少しだけ気持ちが楽になりました」
自然と口角が上がる。
「そうやって普通に笑っている方がいい」
昴さんがそう言った瞬間、カランカランと入口の扉が開く音がした。
店長が戻ったのかな?と思い扉に視線を向ける。
「・・・・・・おっと、これはタイミングが悪いな」
昴さんが私の頭から手をどけながら、そちらを見て笑った。
タイミングが悪いなんてもんじゃない。
そこに立っていたのは、零くんだった。
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