▽ 2-2
「あぁ、サンキュ。顔の怪我そんなに酷い?」
絆創膏を受け取りながら、頬の傷を触る彼。指の先が傷に触れると、「痛ぇな」と呟いた。
「あんまり触ったらバイ菌入ったらいけないし駄目だよ!ちょっと待ってて」
頬を触っていた彼の手を掴み傷を触るのを止めさせる。そして鞄からハンカチを取りだし近くの水道へと向かう。
蛇口を捻ると勢いよく水が出る。足元に飛び散らないように気をつけながら、ハンカチを濡らしまたベンチへと戻る。
「ちょっと動かないでね」
ハンカチで傷の汚れを拭こうと手を伸ばすと、ばっとその手を掴まれる。
「っ!ハンカチ汚れるしいいよ!これくらいほっといても治るし!」
「ハンカチは汚れるものだし、そんなの気にしなくていいの!絆創膏も貼っちゃうからじっとしてて」
「・・・・・・っ、はい・・・」
私の勢いに負けたのか、掴まれていた手から力が抜ける。
なるべくしみないようにと、そうっと傷を拭いて絆創膏を貼る。
「はい、できた。他にも怪我してるみたいだし、あんまりひどいようなら病院とか・・・」
「ありがと。これくらい大丈夫!お姉さん心配しすぎだよ」
お礼の言葉とともに、ニカッと笑う彼。
そこでふと我に返る私。
さっきまでは彼の怪我が気がかりでそちらに気を取られていたが、目の前にいるのは怪盗キッドなのだ。
それを脳が改めて認識した瞬間、なんともいえない恥ずかしさで視線を逸らしてしまう。
僅かに俯いた私の顔を、覗き込む彼。その距離の近さに思わず体を後ろに引いてしまう。
「・・・ぷっ、さっきまであんなに近付いてきてたのに、俺から近付いたら逃げるんだ」
「っ!それは・・・!」
そんな私の様子を見て彼はクスクスと笑う。
「お姉さん名前なんて言うの?」
「え?」
「だーかーらー、名前!何ちゃんなの?」
彼の人懐っこいこの雰囲気に絆される。さっき会ったばかりなのに、こうもニコニコと話されると警戒心というものが薄れてしまうのだ。
「えっと、みょうじ なまえです」
「なまえちゃんね」
さらりと下の名前を呼ぶ彼。
「俺は、黒羽 快斗!よろしくな」
そう言って差し出された右手。なんのよろしくなのかはわからないが、拒否するのもおかしいので恐る恐る右手を差し出す。掴んだ手をぶんぶんと振る彼。その姿が犬っぽくて思わず笑いがこぼれる。
そのとき、鞄の中の携帯が振動していることに気付く。
「あ、電話?俺のことは気にしないで出ていいよ」
私の視線が鞄に向いたことに気付いたキッドこと黒羽くんが掴んでいた手を離しながらそう言った。
断りを入れつつ携帯を見ると、そこには安室さんの文字。
あ、やばい。
私帰りが遅くなること連絡してなかった気がする。
束縛が激しいわけでもない彼だが、遅くなる時は危ないから連絡しろと何度か注意されていたのだ。
「・・・・・・もしもし」
『まだバイト中なのか?家に来たけどいなかったから、もう終わってるなら迎えに行くけど』
「バイトは終わったんだけど、あのいつもの公園の猫ちゃんの所に寄ってて」
『こんな時間に公園に一人なのか?迎えに行くから明るいところで待ってろ』
「・・・あっ、あのね!」
一人ではないことを伝えようとしたが、耳にあてた携帯から聞こえてくるのは無機質なツーツーという音。
「切れちゃった・・・・・・」
家からここまで歩いて十分程度だ。すぐ迎えに行くということは、本当にすぐだろう。
隣に座る黒羽くんに視線をやると、ぱちりと視線が絡み合う。すぐにニコッと笑う彼。
この状況はあまりよろしくない気がする。
やましい気持ちは一切ないが、降谷さんがこの状況を見ればいい気はしないだろう。
それに黒羽くん的にもキッドとバレる可能性はないにしても、降谷さんとは関わらないにこしたことはない。
「彼氏?迎えに来るの?」
頭の中でそんなことを考えていると、黒羽くんが尋ねてきた。
「あ、うん」
「なら俺もそろそろ帰ろうかな。これありがとね」
立ち上がりながら頬の絆創膏をぽんぽんと指差す。
「久しぶりに誰かに手当してもらった気がするよ!ありがと」
ひらひらと手を振りながら公園の出口へと向かう彼。
「またね、なまえちゃん」
こちらを振り返りまたあのニカッとしか笑顔を見せてくれる。
そこにいたのはただの高校生の姿の彼で、思わずその背中に声をかけてしまう。
「あんまり怪我とかしないようにね!無理しないでね!」
返事はなかった。そのまま手を振りながら公園を出て行った黒羽くんの影。
一人になった公園で、いつの間にか居なくなっていた猫のお皿を片付けながらふと色々なことを考える。
「無理しないでねっておかしかったかな・・・」
ただの高校生にかける言葉としては、些かおかしい言葉の選択だっただろうか。
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