▽ 1-3
「なるほど、彼の気持ちがわからないということですか」
「はい・・・。そもそもなんであんな素敵な人が私なんかを選んでくれたのか・・・」
聞き上手な沖矢さんにのせられ、私は心のモヤモヤを全て彼に吐き出していた。
「まずなまえさん。その私なんかって言葉はよくないですよ?そうやって自分を卑下する言葉は使って欲しくありません」
沖矢さんが私の顔を見ながらぴしゃりと言う。
「・・・っ、はい。気をつけます・・・」
「それにその彼もなまえさんだから付き合ったんだと思いますよ?」
「そうなんですかね・・・。とても優しい人なんですけど、本音が見えなくて・・・」
ずっと安室さんに憧れて通っていたあのお店。少しずつ話すようになり、距離が縮まって告白されたときは夢なんじゃないかって思った。
でもいざ付き合ってみると、優しすぎる彼に私の不安は増す一方だった。
嫉妬したり怒ったりすることなくいつも穏やかな彼の本音は、いつまで経っても見えないままだ。
「でもそのご友人の言うヤキモチ大作戦はいいかもしれませんよ」
沖矢さんには似合わないワードが彼の口から飛び出し思わず首を傾げる。
「ヤキモチを妬かせるってことですか?無理ですよ、彼が妬くなんてありえないです」
「はぁ・・・、なまえさんはもっと自信を持つべきですよ。彼のそんな姿見てみたくないですか?」
沖矢さんが悪戯な笑みを浮かべる。
「そりゃ見てみたい気はしますけど・・・・「じゃあ交渉成立です。そのままじっとしていてくださいね?」
そんな言葉と共にすっと沖矢さんの手が私の頬に伸びる。
「・・・っ?!沖矢さん?!」
「じっとしていてください。ゴミがついてるのでとるだけですよ」
いやいや、それにしたってこの距離は心臓に悪い。
彼の整った顔を直視できず、思わず目を伏せる。
「なまえさん!!」
次の瞬間、耳に入ってきたのは沖矢さんの声ではなく初めて聞く安室さんの焦った声だった。
「・・・安室・・・さん?」
少し息を切らした彼が私の目の前まで走ってくる。そして私の腕を引き立ち上がらせると、すっと沖矢さんと私の間に立つ。
「噂の彼の登場ですか」
沖矢さんは突然の安室さんの登場にも驚くことなく彼に話しかける。
「なんの噂か知りませんが、気安く人の彼女に触れないでいただけますか?」
私を背にかばいながら、眉を顰める安室さん。いつもの優しげな雰囲気はなく、どこかピリピリとしたオーラを醸し出す彼に驚きを隠せない。
こんな姿初めて見た・・・。
これは気にかけてもらえてるって自惚れてもいいのかな・・・。
「ゴミがついていたので取ってあげただけですよ。ね、なまえ?」
なまえ?!沖矢さんに呼び捨てをされるなんて初めてで思わずぽかんとしてしまう。
もしかしてこれも彼の言うヤキモチ大作戦なんだろうか・・・。
「・・・・・なまえ・・・?」
私が沖矢さんに返事をするより先に、安室さんが私の名前を繰り返す。そして数秒無言が続いた後、私の方へと向き直る。
「・・・なまえさん。彼との話はもう終わったんですか?」
「あ、はい!大丈夫です」
「なら帰りますよ。失礼します」
安室さんは沖矢さんを一瞥すると、私の腕を引きながら公園の出口へと向かう。
「沖矢さん!今日は話を聞いてくれてありがとうございました!」
少しずつ小さくなる沖矢さんにそう伝えると、彼は手を振りながらぱちりとウインクをする。
そんな彼に気を取られていた私は、安室さんを取り巻く空気がより冷たいものになったことには気づくことができなかった。
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